とわ骨董店

藤和

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2005年

22:ハロウィンのパイ

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 外を吹く風はすっかり涼しくなり、晴れの日でも過ごしやすくなった頃。とわ骨董店の店主の林檎は、店内をぼんやりと見渡して呟く。
「……当日になってハロウィンらしさが欲しくなってきた……」
 今年は隣のシムヌテイ骨董店がハロウィンらしいレイアウトをしようと努めていたのもあり、今になって自分の店もハロウィンらしさが欲しくなってきたのだ。
 開店から数時間、今からでも近くの花屋さんでおもちゃかぼちゃでも買ってこようかと思っていると、店の扉が開いて元気な声が聞こえてきた。
「トリック・オア・トリート!」
「こんにちはー」
 入ってきたのは、黒いマントを羽織り、とんがり帽子を被った木更と理恵だ。
 まだ日は出ているけれど。と思いながらも、林檎はくすくすと笑ってレジカウンター奥の棚から紙袋を取り出した。
「うふふ、来るのを待ってたのよ。
かぼちゃのパイを用意してあるから、みんなで食べよっか」
「やったー!」
 喜ぶ木更の隣で、理恵がもじもじしながら口を開く。
「あの、できれば真利さんも一緒に……」
 お菓子を欲張ってしまっていると思って恥ずかしがっているのだろう。最後の方は小声になってしまっている理恵に、林檎は紙袋を持ったままにこりと笑う。
「そうね。真利さんもお菓子を用意してるみたいだし、みんなで行きましょうか」
「……はい!」
「やっふー! 真利さんはなに用意してるんだろ」
 お菓子に期待を膨らませ、三人は隣のシムヌテイ骨董店に向かう。林檎がとわ骨董店の扉を閉め、かかっている『商い中』札をひっくり返している間に、木更が元気よくシムヌテイ骨董店の扉を開けて声を掛けていた。
「真利さーん、トリック・オア・トリート!」
「こんにちはー」
 ふたりの声に、店の中から返事が返ってくる。
「おや、木更さんに理恵さん、こんにちは」
 それを聞いて、林檎もひょこっと覗き込む。
「私もいるわよー」
「おやおや、林檎さんもこんにちは。
皆さんどうぞ中へ」
 三人が店内に入ると、真利はレジカウンターの裏から折りたたみ式の椅子を取り出して広げ、それから、バックヤードに入りスツールをふたつ運び出して並べる。
「みなさん、どうぞお掛け下さい」
「それじゃあ失礼して」
 折りたたみ椅子に林檎が腰掛け、スツールに木更と理恵が腰掛ける。
 ふと、真利が林檎の持っている紙袋に目をやった。
「林檎さん、その袋は?」
「ああ、そうそう。みんなで食べようと持ってかぼちゃパイを持ってきたの。
お願いできる?」
「はい、お任せ下さい」
 紙袋を林檎から受け取った真利は、中身を確認して、レジカウンターの奥に有る棚からマシュマロを取り出した。
「僕が用意したのはマシュマロなんですけれど、林檎さんのかぼちゃパイ、結構数があるようなので、いくつかマシュマロを乗せて焼きますか?」
 いたずらっぽく笑う真利の言葉に、木更と理恵が声を上げて喜ぶ。
「やったー! 焼く焼く!」
「焼きマシュマロ食べたいです!」
「それでは、ひとり一個ずつ、焼きマシュマロパイにしますか」
 真利は手際よく、紙袋の中から出したかぼちゃのパイを五枚の白いお皿の上に取り分け、そのうち三枚を林檎達に渡し、一枚をレジカウンターの上に置き、最後の一枚を持ってバックヤードへと入っていった。
「焼きマシュマロのかぼちゃパイって、どうなるのかしらね」
 林檎が楽しみといった風にそう言うと、バックヤードから甘い香りが漂ってきた。
「焼きマシュマロって初めてだな」
「すごく甘くなるって言うよね」
 どうやら、木更と理恵は焼きマシュマロ初体験のようで、じっとバックヤードの方を見ている。
 奥からオーブントースターの鳴る音が聞こえ、甘い香りと共に真利がバックヤードから出て来た。
「できましたよ。
では、これからお茶を淹れますね」
 トングを使って林檎達の持っているお皿にひとつずつ焼きマシュマロの乗ったパイを配り、最後のひとつはレジカウンターの上に乗ったお皿に加えた。
 レジカウンターの奥の棚から茶器を出してお茶の用意をしている真利が、三人に訊ねる。
「どんなお茶が良いか、ご希望はありますか?」
 それを聞いた木更は、焼きマシュマロの匂いを嗅いで言う。
「どんなお茶が合うの?」
 その問いに、真利は斜め上を見て返す。
「そうですね。お茶請けが甘いので、すこし渋味のあるお茶が良いんじゃないでしょうか」
 その言葉に、林檎はこう言う。
「それなら、ウバなんかどう?」
「そうですね。丁度燻製のウバを買ったばかりなので、それにしますか」
 棚から金色の缶を取りだし、林檎達の方を見た真利が、茶葉を白いティーポットに入れながら声を掛ける。
「先に召し上がっていて下さい。焼きマシュマロは、熱いうちの方が美味しいですよ」
 それを聞いて、木更と理恵はいただきます。と言って口を付ける。林檎も、香ばしくなったかぼちゃのパイに齧り付く。
 漂ってくる紅茶の香りと、甘いマシュマロとかぼちゃの味。これから迎える冬に向かっての、あたたかな出来事だった。
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