とわ骨董店

藤和

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2009年

65:連休のあたたかさ

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 連休に入り、爽やかな日が続いている頃。折角だから気分を変えようと、とわ骨董店では長いこと仏像の首が置かれていた棚に、小さな竹筒に生けたアネモネの花を飾っていた。
 それだけで、随分と印象が変わったように見える。慣れ親しんだ品物が無くなってしまって心なしか寂しさは有るけれども、ずっと望んでいた人の手の元に行ったのだ。何も悪いことはないだろう。
 いつもの籐の椅子に座った林檎がアネモネの花を眺めていると、店の入り口がそっとひらき、そこから声が飛んできた。
「林檎さん、友利と愛さんが差し入れを持ってきてくださったんですけれど、良かったらうちで一緒にいただきませんか?」
 覗き込んできているのは隣のシムヌテイ骨董店の店主の真利で、その声かけに林檎は立ち上がって軽い足取りで入り口に歩み寄る。
「あら、そうなのね。それじゃあお邪魔しようかしら」
「それでは、どうぞお越し下さい」
 店から出て、『商い中』と書かれた入り口の札をひっくり返し、真利についてシムヌテイ骨董店の中に入る。するとそこでは既に、友利と愛が椅子に座って待っていた。
「林檎さんお久しぶりです」
「どうも、お久しぶりです」
 友利と愛の挨拶に、林檎も軽く頭を下げて返す。
「おふたりともお久しぶりです。近頃はどうですか?」
 そのやりとりをしている間に真利がスツールを用意して勧めてくれたので、林檎はスツールに腰掛ける。
「連休はしっかり休めているので、助かってますね。
友利さんも、連休はお休みで」
「うん。有休も使って強引に長い休みにしたよ」
 それを聞いて、そう言えば。と林檎は思う。
「ところで、友利さんと愛さん、ご結婚は……?」
 その話を真利からも聞いていなかったので訊ねると、お茶を淹れていた真利が慌てて口を開いた。
「あっ、林檎さんにご報告していませんでしたね。日本に帰ってきてからこのふたり、結婚したんですよ」
「あ、そうなのね」
 林檎としては、友利が突然台湾に飛んだくらいなのだから、台湾にいるうちに結婚しているのでは無いかと思っていたので、日本に帰ってきてからと言うのは意外だった。
 真利の言葉を聞いてか、友利はにっこりと笑って言う。
「まぁ、あと何回か挙式しても良いですけど」
 その言葉に、動揺した様子の愛がおろおろしながら口を開く。
「何回かって、僕以外に結婚したい人がいるんですか?」
「ちゃうねん。愛君と何回か披露宴やっても良いかなって」
「ああ、なるほど、そう言う事ですか」
 友利は相変わらず不思議な発言が多いなと思いながら聞いていると、真利がくすくすと笑いながらお茶をカップに注いでいる。
 お茶の注がれたカップがそれぞれの手に渡り、お茶請けのお菓子も手に渡った。
「今日のお茶請けは、愛さんが持ってきてくださった緑豆パイです」
「あらおいしそう。ありがとうございます」
 林檎がそう愛と友利にお礼を言うと、ふたりとも軽く頭を下げて返す。
 真利もいつもの椅子に座った所で、友利の仕事の話になった。
「友利さん、かなり忙しい仕事らしくて、心配なんですよ」
「そうなんですか? 専業主婦じゃ無いんですね」
 林檎が意外と言った様子で返すと、友利はぼんやりとした表情で口を開く。
「まぁ、仕事は忙しいけど、専業主婦よりは気が楽かなぁ。
愛君も家事とか手伝ってくれるし、共働きだったらいつか子供が出来たときのために貯蓄もしやすいし」
 友利の話をなるほどと思いながら林檎は聞く。真利もこの話に納得したような顔だ。
「友利も愛さんも仕事が大変だと思うけど、今日はゆっくりしていって下さいね」
「はーい」
「はい、ありがとうございます」
 忙しい仕事であるなら、こう言う休みの日くらいゆっくりして欲しい。そう思っていると、真利が思い出したようにこう言った。
「そう言えば、ふたりの結婚式に行って驚いたんですよ」
「え? 何かあったの?」
 何か驚くような演出でも有ったのだろうかと林檎が訊ねると、真利が言うにはこう言う事だった。
「結婚式って、友人とか呼ぶじゃないですか。それで、友人一同の席に緑さんと恵さんと、何故か蜜柑君がいて」
「えっ、あっ、確かに驚くそれは」
「蜜柑君が来たのは私も驚いた」
 やって来た面子に驚いている林檎と、自分も驚いたという友利。その様子を見て、愛がくすくすと笑って林檎に説明した。
「緑君と恵君は、高校の時の友人なんです。
それで、蜜柑君は大学のサークルの後輩で」
「あ、そうなんですね」
 まさかそんな繋がりがあるとは思っていなかった林檎は驚きながらも納得する。愛も、しみじみと思い出しているのか、こんな事を言った。
「でも、僕もまさか真利さんが緑君と恵君の事を知ってるとは思わなくて」
「ふふっ。まぁ、思わないですよね」
 お互い、不思議なこともあったものだと笑いあう。
 小さな繋がりは、思いの外大きい繋がりになるのだなと、お茶とお茶請けを食べながら妙に身に染みたのだった。
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