百々五十六の小問集合

百々 五十六

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鯖雲を見る君を見る (未完)

第一話 これが私の趣味

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私は最近趣味を見つけた。

それは、彼を観察すること。

色々な場所で空を眺めている彼を観察すること。

あるときは、学校の屋上で、またあるときは、駅前の椅子で。彼はどこで立って空を見上げていた。

私が知っているだけで、それだけの場所で空を見上げていた。

私の知らないだけで、もっとたくさんの場所で彼は空を見上げているのだろう。

そもそも、私が彼を観察しだしたのは今月にはいってからだ。

だから、まだ半月程度しか経っていないのだ。

もとから何度か空を見上げている彼を見かけたことはあったが、じっくりと観察などはしていなかった。

不思議な人もいるなぁ。程度にしか思っていなかった。

しかし実際に観察してみると、彼の一挙手一投足が面白い。

私はまだ、彼が空を見上げているところしか見たことがない。

名前も知らない彼のことを眺めている時間が、最近の一番のお気に入りだ。

空を集中してみているときの彼は、どこか人を寄せ付けないオーラを出している。

空をボーッと見ているときの彼は、寝ているのか分からなくて声をかけづらい。

だから、私は未だに彼の声を聞いたことがない。もちろん、会話をしたこともない。

ただ、うちの学校の屋上で空を見上げていたことがあったので、うちの学校の生徒なんだろう。ネクタイの色から多分先輩だと思う。

何回も観察を重ねてきているのに、私がもっている彼の情報はこれくらいしか無い。

私は別に人間観察が好きな訳では無い。

そもそも、最近まで趣味の一つもなかった。

そもそも、物事に対して好きという感情も嫌いという感情も抱いたことがなかった。

私は、彼の一挙手一投足が面白くて観察をしているだけなのだ。

こんな感情は初めてだった。




今日も今日とて、彼を観察している。

今日は、彼は公園のベンチに寝転んで、空を見上げていた。

たまたま覗いた公園に彼が居たのだ。ラッキー。

私は、彼のストーカーではないので、彼がどのようなルートでどこに行っているのかを把握していない。

だから、彼と出会えるかは、完全な運次第なのだ。

私は、彼が空を見上げているところが面白いから観察しているだけであって、彼の私生活には全く興味がない。

彼は今も薄いカバンを頭の下に引き、寝ているのかもしれないというほど微動だにせず空を見上げている。

私はそんな彼の様子を、公園の茂みから覗いていた。

公園の入り口付近にある茂みに私が居て、公園の奥のベンチに彼がいる。

最初に公園を覗いた時に、彼を見かけて固まってしまった時に、正直バレたかと思った。

その後なんとか持ち直して、サッと茂みの中に隠れることに成功した。

我ながらよくできたと思う。音もだずに素早く茂みに隠れるなんてそうそうできることじゃないでしょ。

まぁ、うまく行ったのは、彼が空を見上げている時にあまり注意を周りに向けていないお陰だと思う。

観察対象が彼じゃなかったら失敗してたかも。

まぁ、そんな話はおいておいて、本題の今のことについてに戻ろう。

私と彼の距離は20mもない。

彼に気づかれないように、彼の邪魔にならないように息を潜めて彼を観察する。

彼はどんな景色を見ているのだろう?

彼が見ている空は、今日はどうなっているのだろう?

気になって空を見上げてみた。

空は、鯖雲が浮かんだだけの、普通の空だった。

青い空に、鱗のように浮かんだ鯖雲。

理科の教科書にも乗っていそうな、極めて一般的な天気。

鯖雲ってことは、この後雨でもふるのかな?

それにしてもこの景色って、体を全く動かさずに真剣に見るようなものじゃないのではないだろう?もしかして、なにかの観察実験でもしているのだろうか?

わからない。私には彼が何をしたいのかがわからない。

かれこれ、もう7,8回彼の空を見上げている姿を観察しているけれど、なぜ空を見上げているのか検討もつかない。

気になる。凄く気になる。

彼には一体何が見えているのだろう?この空がどう見えているのだろう?

何を思ってこの空を眺めているのだろう?何のためにこの空を眺めているのだろう?

わからないことがありすぎて、知りたいことがありすぎて、もう、頭がいっぱいいっぱいだ。

あぁ、一度でいいから彼と話してみた。

彼の小心の内を聞いてスッキリしたい。

何のために空を見上げているのか?

何を思って空を見上げているのか?

とても気になる。

でも彼の邪魔をしたくない。

まるで映画のワンシーンのように絵になる、彼の空を見上げているところを邪魔するのは違う気がする。

持ち前の臆病さと好奇心が頭の中でせめぎ合っている。

いつまで経ってもどっちにも踏ん切りがつかない。

もやもやしていると、ふと、右頬に冷たい感触があった。

体がビクッと震えた。

サササッ

その時に茂みが揺れてしまい、小動物が通ったかのような音がなってしまった。

震えを治そうと、体に力を入れる。足に力を入れ、踏ん張ってみた。

柔らかい土の感触の中に、何か棒のようなものを踏んだ感触があった。

ポキッ

すると、足元の小枝を踏んでしまい、小気味の良い音がなった。

やばい、やばい、やばい。

彼にこの茂みに人がいることがバレる。どうしよう。

思わず頭を抱えた。

それと、集中を阻害しまって申し訳ない。

罪悪感が後から追いついてきた。

私は、彼を見るために茂みから半分出ていた頭をとっさに茂みの中に隠した。

危機感と申し訳無さで心臓がバクバクとなる。

この音は聞こえてないよね?

草木の間から彼の様子が薄っすらと見えた。

彼は、こちらをちらりと見た後、何事もなかったかのようにまた空を見上げた。

これ以上やったらバレるかもしれないから、今日はこのくらいにしておこう。

私はこの場から退散するために一歩ずつ確実に後退りをしていく。

今度は、小枝などを分で音を出さないように、時間をかけてでも確実に進んだ。




公園の入り口付近まで来た所で、ふと思った。

そういえば、さっき私の右頬で感じた冷たい感触は何だったんだろう?

葉っぱだったのかな?

それとも、何か鳥の尿とかだったのかな?それだったら最悪だな。

あまり考えたくもないな。とりあえず、忘れよう。

そんな事を考えていると、段々と空が暗くなってきた。

雨が来るんだ。

直感的にそう思った。

それも、土砂降りになるような強い雨が来る気がした。

私の予想通りの展開が待っていた。

風が少しずつ強くなっていく。

段々と暗くどんよりとしてくる。

私は、とっさに公園の前にあった店の軒下に避難した。

それから間もなく、雨が降り始めた。

気づいたら土砂降りになっていた。

あぁ、もう、雨なんて最悪。

それに土砂降りじゃん。これ、軒下に居ても濡れるんじゃないの?

そんな愚痴をこぼしながらも、私は公園の前の店から色々な店の軒下を通ってなんとか帰宅しようとした。

その途中、一度だけ公園の方を振り返った。

するとそこには、雨に濡れながらも、雨からカバンや身を守るのではなく、まったく微動だにせず空を見上げ続ける彼の姿があった。

彼は本当に、何のために空を見ているのだろう?

風邪を引かないかを心配する前にそんな疑問が頭の中をよぎった。

帰宅の途中は、ずっとそのことだけを考えていた。

そんなに熱中できるものがあるなんて少し羨ましいな。

土砂降りの中でも微動だにしないのに、私がやらかしたときは、少しだけ視線をこっちにやったのは、どういう判断基準なんだろう?

もしかして私ってすごいのかな?

彼の注意を引くことに関して。



今日は、彼への興味がよりいっそう強くなった日だった。

もっと彼を知りたい。

だから、これからも彼が空を見上げているところを観察していこうと思う。


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