15 / 38
第十五章 一線の手前
しおりを挟む
私は、この夜を最後にするつもりだった。
彼を呼ぶとき、一度だけ躊躇した。
理由はあれど、会いたいと思うこと。もう、それは欲でしかない。
絢聖君が玄関の前に、立っている。戸惑った顔。だが、拒絶はない。
「……どうしたんですか」
声は、穏やかだ。迎え入れる声。それだけで、負けが確定しているようなものだった。
「……話がある」
それだけ言って、中に入れる。自分は座らない。
立ったまま。座れば、ペースを奪われる。それが、分かっている。
「絢聖君」
名前を呼ぶ。この呼び方を、今日は最後にする。
「私は……」
言葉が、詰まる。いまだに心が抵抗している。
「君と、距離を取るべきだ」
やっと、言葉になる。
「これ以上、近づくのは間違っている」
正論だ。だが、正論は人を引き留めないことを経験で知っている。
絢聖君は、何も言わない。否定も、懇願もしない。ただ、少しだけ目を伏せる。その仕草が、胸を抉る。
「……分かってます」
静かな声。
「だから、今日で最後にしますか?」
問いかけ。責めない。選択を渡してくる。
それが、何より残酷だった。私は、答えられない。
——最後にできない。
それをはっきり自覚させられる。離れようとして、失敗したのではない。離れられない自分を、見てしまった。
「……君は」
声が、低くなる。
「君は、揺れている。だが、それを否定されて生きられる子じゃない」
一歩、近づく。近づいてしまった。
「私は、それを知ってしまった。知ってしまった以上、知らないふりはできない」
責任という、言い訳をしている。
絢聖君は、顔を上げる。目が、揺れていない。決意の目。それが、私を壊す。
「……今夜、離れたら」
絢聖が、小さく言う。
「僕、多分戻れません」
脅しじゃない。事実の提示。自分の壊れ方を知っている人間の声。
——ここで離れれば、彼は別の場所へ行く。
——もっと、深く。
——もっと、戻れないところへ。
——そこは、私でも悠でもない。
私が側にいることで、繋ぎ止めていると思いたかった。それが、最大の錯覚だと気付きながら。
「……分かった」
その一言が、すべて。
最後に離れようとして、選んだのは留まることだった。私は、椅子に腰を下ろす。それは、敗北の合図。
一線の手前で崩れ落ちた夜は、あまりにも静かで…冷たく、彼の熱に抗うことなどできなかった。
彼を呼ぶとき、一度だけ躊躇した。
理由はあれど、会いたいと思うこと。もう、それは欲でしかない。
絢聖君が玄関の前に、立っている。戸惑った顔。だが、拒絶はない。
「……どうしたんですか」
声は、穏やかだ。迎え入れる声。それだけで、負けが確定しているようなものだった。
「……話がある」
それだけ言って、中に入れる。自分は座らない。
立ったまま。座れば、ペースを奪われる。それが、分かっている。
「絢聖君」
名前を呼ぶ。この呼び方を、今日は最後にする。
「私は……」
言葉が、詰まる。いまだに心が抵抗している。
「君と、距離を取るべきだ」
やっと、言葉になる。
「これ以上、近づくのは間違っている」
正論だ。だが、正論は人を引き留めないことを経験で知っている。
絢聖君は、何も言わない。否定も、懇願もしない。ただ、少しだけ目を伏せる。その仕草が、胸を抉る。
「……分かってます」
静かな声。
「だから、今日で最後にしますか?」
問いかけ。責めない。選択を渡してくる。
それが、何より残酷だった。私は、答えられない。
——最後にできない。
それをはっきり自覚させられる。離れようとして、失敗したのではない。離れられない自分を、見てしまった。
「……君は」
声が、低くなる。
「君は、揺れている。だが、それを否定されて生きられる子じゃない」
一歩、近づく。近づいてしまった。
「私は、それを知ってしまった。知ってしまった以上、知らないふりはできない」
責任という、言い訳をしている。
絢聖君は、顔を上げる。目が、揺れていない。決意の目。それが、私を壊す。
「……今夜、離れたら」
絢聖が、小さく言う。
「僕、多分戻れません」
脅しじゃない。事実の提示。自分の壊れ方を知っている人間の声。
——ここで離れれば、彼は別の場所へ行く。
——もっと、深く。
——もっと、戻れないところへ。
——そこは、私でも悠でもない。
私が側にいることで、繋ぎ止めていると思いたかった。それが、最大の錯覚だと気付きながら。
「……分かった」
その一言が、すべて。
最後に離れようとして、選んだのは留まることだった。私は、椅子に腰を下ろす。それは、敗北の合図。
一線の手前で崩れ落ちた夜は、あまりにも静かで…冷たく、彼の熱に抗うことなどできなかった。
2
あなたにおすすめの小説
見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
刺されて始まる恋もある
神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。
オレに触らないでくれ
mahiro
BL
見た目は可愛くて綺麗なのに動作が男っぽい、宮永煌成(みやなが こうせい)という男に一目惚れした。
見た目に反して声は低いし、細い手足なのかと思いきや筋肉がしっかりとついていた。
宮永の側には幼なじみだという宗方大雅(むなかた たいが)という男が常におり、第三者が近寄りがたい雰囲気が漂っていた。
高校に入学して環境が変わってもそれは変わらなくて。
『漫画みたいな恋がしたい!』という執筆中の作品の登場人物目線のお話です。所々リンクするところが出てくると思います。
病弱の花
雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。
元アイドルは現役アイドルに愛される
陽
BL
人気アイドルグループのエースだった奏多は事故により脚を怪我し、グループを脱退する。エースの抜けたグループの人気はみるみる下落し、そのまま解散。そのことに責任と罪悪感を感じた奏多は芸能界の表舞台から引退し、正体不明の作曲家Kとして裏で支えることに。
罪悪感からご飯を食べなくなった奏多の肌は痩せこけ、青白くかつての輝きはなくなっていた。
ある日の打ち合わせでかつてのグループメンバーである颯真と再会する。
メガネとマスクをしているがかつてのメンバーのことは騙せない。
『奏多、会いたかった』
『僕、奏多さんのパフォーマンスを見て、人生変わったんです!』
やけに自分に懐いているワンコ系の後輩リオと、かつてのグループのメンバー颯真に受け止めきれない愛を向けられる話。
離したくない、離して欲しくない
mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。
久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。
そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。
テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。
翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。
そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる