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第二十七章 完全なる消失
しおりを挟む最初に、秋頼は連絡先を消した。躊躇は、なかった。指が、迷わず動く。迷わなかったことが、決意の強さだった。
履歴も、写真も、残さない。一つ一つ、確認しながら削除する。
消すという行為は、忘れることではない。戻れなくするための行為。儀式に近い。それを、秋頼はよく分かっていた。
絢聖のいない夜は静かだ。自分しかいない。それが、本来の空間。
秋頼は、一通の手紙を書いた。封筒は、用意しない。出すつもりがないからだ。書くのは、自分のため。渡さない言葉は、最も正直になる。
――絢聖君へ。
書き出して、すぐに止める。呼びかけること自体が、近さを求める行為だから。
その行を、線で消す。代わりに、短く書く。
私は、人の人生に残る資格がない。それだけ。理由も、説明も加えない。紙を折り、引き出しの奥へしまう。存在した証拠を、見えない場所に置く。なくしたわけじゃない、隠した。それが、秋頼なりの誠意だった。
翌日、秋頼は仕事を整理した。引き継ぎを済ませ、必要以上に先回りする。
「念には念を」悠とそっくりな自分に苦笑する。後を濁さない。それが、唯一できる償い。
数週間後、人づてに、海外に行くらしいと噂が立つ。事実かどうかは重要ではない。
ここにいないという情報が共有されればいい。それが、消失の完成形だ。
悠とは、会わなかった。連絡も、取らない。父として何かを言えば、それは介入になる。それを、最後まで避けた。
仕事の引き継ぎが落ち着いた頃、秋頼は一人で酒を飲んだ。量は、多くない。酔うためではなく、思考を鈍らせるため。それでも、考えてしまう。
もし、自分が消えなければ。ここに留まれば。三人は、続けてしまう。それだけは、確信している。
そして、始めに壊れるのは悠だ。感情を表に出さない人間が、一番最初に崩れる。だから、消える。選ばせないため。これ以上、奪わないため。それが、秋頼の選択。
最後に、スマートフォンを手に取る。画面は、真っ黒だ。連絡先は、もう、何も表示しない。
「……これでいい」
声は、静かだった。
震えていない。震えなくなった時点で、もう、戻れない。
秋頼は、電気を消す。部屋が、闇に沈む。存在を消すのに、光は要らない。
その頃、絢聖はそれを知らない。最後、決意が一瞬揺らいだ夜。掛けてしまったワン切り。それに、期待してるのが予想できる。そんなところが、自分にそっくりで、守りたくなる…だから、離れる。
悠も、知らない。勘のいい子だ。だからこそ、安全に執着する。気付きすぎてしまうから、淡白になる。きっと、私の消失の気配を早いうちに感じ取る。
それに知らない振りで生きること。それが、完璧な消失。
秋頼は、誰にも見送られず、完全に二人から去った。
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