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最終決戦
30.愛と試練
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その夜、王都の空が裂けた。
最初は遠雷のような低い振動だった。だが、次第に轟きは近づき、塔の窓を震わせるほどの衝撃へと変わった。見上げた夜空には、無数の黒い影が渦を巻くように現れていた。
――黒幕の刺客たち。
翼を持つ魔獣、黒衣をまとった魔導師、そして人の形をしながら異形の力を宿す者たち。数百の群れとなって、王都の空を覆い尽くした。
「な……何だ、あれは!」
「逃げろ! 魔物が来るぞ!」
王都の人々の叫び声が夜を裂いた。街路には灯火が散らばり、慌ただしく駆ける人影で混乱が広がる。
子どもを抱えて泣き叫ぶ母親、剣を抜く衛兵、だが圧倒的な数と力の前に抵抗は虚しく崩れ去っていく。
塔からもその光景は一望できた。燃え上がる屋根、崩れ落ちる城壁、響き渡る悲鳴。
アリシアは胸を掴まれるような思いで窓にすがりついた。
「……私のせい、なんだわ」
噂はとうに大陸を駆け巡っていた。
〈古代魔法の継承者〉――アリシア・フローレンス。
その存在こそが黒幕の標的であり、王都を襲撃する理由に他ならない。
「もし、私が……ここにいなければ……」
彼女の唇が震える。視界には、逃げ遅れた子どもを守ろうと立ち塞がる父親が、刺客の槍に倒れる瞬間が映っていた。
血が滲む光景。
その一つ一つが胸に突き刺さる。
(私がいるせいで、みんなが巻き込まれている。私が行けば、この惨劇は止まるはず……!)
レオンは塔の最上階で魔術障壁を展開していた。
蒼白な光の壁が塔を覆い、無数の魔法の矢を弾き返す。彼の横顔は氷のように冷徹だったが、その瞳の奥には焦燥の色が隠せなかった。
「数が多すぎる……!」
アリシアの方を振り返ろうとした瞬間、彼女の姿が窓辺にないことに気づいた。
「アリシア?」
慌てて周囲を探すと、螺旋階段を駆け下りる足音が響いている。
胸が冷たく凍りついた。
アリシアは裾を踏みそうになりながらも、必死に階段を駆け下りていた。
向かう先は塔の扉。王都へと出ていくために。
「私が出ていけば……きっと刺客たちは引くはず」
それが愚かな思い込みであることは、頭のどこかでわかっていた。だが、民衆の悲鳴がそれをかき消す。
彼女の心に残るのは、ただ一つ――「誰かが犠牲にならねばならない」という痛ましい確信だけだった。
塔の扉に手をかけた瞬間、背後から鋭い声が響いた。
「――どこへ行く」
振り向くと、そこにはレオンがいた。
魔力を纏った長衣の裾を翻し、憤怒の色を瞳に宿して。
「レオン様……っ」
「君は、まさか一人で行くつもりだったのか」
言葉を返せない。胸が締め付けられる。
「私が……私が出て行けば、みんなが助かる。だから――」
「違う!」
その一喝は、彼女の体を震わせた。
レオンは一歩、彼女へ踏み出した。
「君が犠牲になる? それで終わると思うのか。奴らは君を奪うだけでは済まない。利用し、縛り、君を破壊するまで狙い続ける」
アリシアの喉がつまる。だが、視線を逸らさずに必死に答えた。
「でも……でも、私のせいで王都の人たちが……!」
「君のせいじゃない!」
レオンの声が震えていた。
「これは奴らの暴虐だ。君がいるから起きているんじゃない。君を狙うからこそ奴らが動いたんだ!」
「でも――」
「アリシア!」
レオンは彼女の両肩を強く掴み、まるで心臓を叩きつけるように叫んだ。
「君を失ってまで守る王都になんの意味がある! 俺にとって世界よりも君の方が大事なんだ!」
その言葉に、アリシアの視界が揺らいだ。
涙が頬を伝い、心が引き裂かれる。
(世界より……私を……?)
彼の声には偽りがなかった。
怒りも焦りもすべて、彼女を想う心から生じていた。
外では刺客たちの咆哮がこだまし、王都の炎が夜を赤く染めている。
その混乱のただ中で、アリシアは膝を震わせながらも小さく頷いた。
「……でも、私……怖いの。みんなが傷つくのを見るのが……」
レオンは彼女を抱きしめた。
「俺がいる。君を一人で背負わせはしない」
その腕の力が、張り裂けそうな心を支える。
アリシアは唇を噛み、涙を流しながら心の奥底で揺れていた決意を形にしようとしていた。
だが――その瞬間。
塔を覆う障壁にひびが走り、轟音が響いた。
「……突破される!」
レオンが顔を上げる。アリシアも振り返った。
夜空を切り裂き、仮面をかぶった刺客の首領が現れた。
その冷たい声が、塔の中にまで響いた。
「アリシア・フローレンス……主の御意志により、その身をいただく」
最初は遠雷のような低い振動だった。だが、次第に轟きは近づき、塔の窓を震わせるほどの衝撃へと変わった。見上げた夜空には、無数の黒い影が渦を巻くように現れていた。
――黒幕の刺客たち。
翼を持つ魔獣、黒衣をまとった魔導師、そして人の形をしながら異形の力を宿す者たち。数百の群れとなって、王都の空を覆い尽くした。
「な……何だ、あれは!」
「逃げろ! 魔物が来るぞ!」
王都の人々の叫び声が夜を裂いた。街路には灯火が散らばり、慌ただしく駆ける人影で混乱が広がる。
子どもを抱えて泣き叫ぶ母親、剣を抜く衛兵、だが圧倒的な数と力の前に抵抗は虚しく崩れ去っていく。
塔からもその光景は一望できた。燃え上がる屋根、崩れ落ちる城壁、響き渡る悲鳴。
アリシアは胸を掴まれるような思いで窓にすがりついた。
「……私のせい、なんだわ」
噂はとうに大陸を駆け巡っていた。
〈古代魔法の継承者〉――アリシア・フローレンス。
その存在こそが黒幕の標的であり、王都を襲撃する理由に他ならない。
「もし、私が……ここにいなければ……」
彼女の唇が震える。視界には、逃げ遅れた子どもを守ろうと立ち塞がる父親が、刺客の槍に倒れる瞬間が映っていた。
血が滲む光景。
その一つ一つが胸に突き刺さる。
(私がいるせいで、みんなが巻き込まれている。私が行けば、この惨劇は止まるはず……!)
レオンは塔の最上階で魔術障壁を展開していた。
蒼白な光の壁が塔を覆い、無数の魔法の矢を弾き返す。彼の横顔は氷のように冷徹だったが、その瞳の奥には焦燥の色が隠せなかった。
「数が多すぎる……!」
アリシアの方を振り返ろうとした瞬間、彼女の姿が窓辺にないことに気づいた。
「アリシア?」
慌てて周囲を探すと、螺旋階段を駆け下りる足音が響いている。
胸が冷たく凍りついた。
アリシアは裾を踏みそうになりながらも、必死に階段を駆け下りていた。
向かう先は塔の扉。王都へと出ていくために。
「私が出ていけば……きっと刺客たちは引くはず」
それが愚かな思い込みであることは、頭のどこかでわかっていた。だが、民衆の悲鳴がそれをかき消す。
彼女の心に残るのは、ただ一つ――「誰かが犠牲にならねばならない」という痛ましい確信だけだった。
塔の扉に手をかけた瞬間、背後から鋭い声が響いた。
「――どこへ行く」
振り向くと、そこにはレオンがいた。
魔力を纏った長衣の裾を翻し、憤怒の色を瞳に宿して。
「レオン様……っ」
「君は、まさか一人で行くつもりだったのか」
言葉を返せない。胸が締め付けられる。
「私が……私が出て行けば、みんなが助かる。だから――」
「違う!」
その一喝は、彼女の体を震わせた。
レオンは一歩、彼女へ踏み出した。
「君が犠牲になる? それで終わると思うのか。奴らは君を奪うだけでは済まない。利用し、縛り、君を破壊するまで狙い続ける」
アリシアの喉がつまる。だが、視線を逸らさずに必死に答えた。
「でも……でも、私のせいで王都の人たちが……!」
「君のせいじゃない!」
レオンの声が震えていた。
「これは奴らの暴虐だ。君がいるから起きているんじゃない。君を狙うからこそ奴らが動いたんだ!」
「でも――」
「アリシア!」
レオンは彼女の両肩を強く掴み、まるで心臓を叩きつけるように叫んだ。
「君を失ってまで守る王都になんの意味がある! 俺にとって世界よりも君の方が大事なんだ!」
その言葉に、アリシアの視界が揺らいだ。
涙が頬を伝い、心が引き裂かれる。
(世界より……私を……?)
彼の声には偽りがなかった。
怒りも焦りもすべて、彼女を想う心から生じていた。
外では刺客たちの咆哮がこだまし、王都の炎が夜を赤く染めている。
その混乱のただ中で、アリシアは膝を震わせながらも小さく頷いた。
「……でも、私……怖いの。みんなが傷つくのを見るのが……」
レオンは彼女を抱きしめた。
「俺がいる。君を一人で背負わせはしない」
その腕の力が、張り裂けそうな心を支える。
アリシアは唇を噛み、涙を流しながら心の奥底で揺れていた決意を形にしようとしていた。
だが――その瞬間。
塔を覆う障壁にひびが走り、轟音が響いた。
「……突破される!」
レオンが顔を上げる。アリシアも振り返った。
夜空を切り裂き、仮面をかぶった刺客の首領が現れた。
その冷たい声が、塔の中にまで響いた。
「アリシア・フローレンス……主の御意志により、その身をいただく」
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