カゴの中のツバサ

九十九光

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#9-2

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 カナコにとっての家族は、事業家として全国に名の知れ渡った両親ではなく、ごく一般的な家庭で、何一つ変わった部分もなく暮らす少年の家だった。
 そんな生活の中で、カナコがことあるごとに少年に言っていた言葉がある。
 あたし、おおきくなったらおにいちゃんのおよめさんになる。
 その言葉を、少年もその両親も、言葉の通りに受け取ることはしなかった。その言葉が出るたびに、かわいい妹ができたと言いたげな表情を見せるだけだった。
 ただしこの時のカナコは、子供心ながらに本気でそう考えていた。この年の子供らしく、大した知識も持たずに思い描いた無根拠な幻想だったが、臆面もなく周囲に触れ回るくらいには、カナコは少年と結ばれることを強く望んでいた。
 ずっとずっと、だいすきなおにいちゃんといっしょにいたい。
 当時のカナコの頭の中は、そんな夢でいっぱいだった。
 しかしその夢は、ある日突然絶たれることになる。
 少年を含めた下校中の小学生の列に、一台のトラックが突っ込んだのだ。酒気帯び運転だった。
少年を含む六人の児童がこの事故で亡くなり、全国的に大きな騒ぎとなった。一際性格もよく、視聴者からの同情を引き出しやすい少年の家には、連日のように記者団が押し寄せることになった。少年の父親も、擁護のしようがない運転をした男が殺人罪で捕まらないのは納得がいかないと涙とともに怒りの声を上げ、交通事故に関するより重い罰則の成立のために、進んで表舞台へと出ていくようになった。
 カナコはこの事故が起きてからというもの、少年の家に行くことはなかった。正確には行かせてもらえなかった。連日のように群れを成してくる取材陣から、少年の母親がカナコを遠ざけたのだった。カナコは誰もいない一軒家の自宅で過ごすようになり、少年の母親が毎日決まった時間に食事と掃除などをしに訪れるだけの生活へと変わってしまった。その少年の母親も、カナコへの必要最低限の世話が終わると、忙しそうに自分の家へと引き上げてしまう。
彼女は広い家の中で一人ぼっちになってしまった。
 カナコが少年の死を実感したのは、ある日何の気なしに自宅のテレビをつけた時だった。
 見覚えのある顔をした女性キャスターが、大好きなおにいちゃんの写真の横で、何か難しい話をしている。場面が変わると、おにいちゃんのパパが顔を真っ赤にして泣きながら、「はんにんがゆるせない」と言っている。また場面が変わると、体操服を着たおにいちゃんが走
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