カゴの中のツバサ

九十九光

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#13ー4

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 ストーカーという行為における被害者側の論者は、もっと早く動けばいいものを、と、激しい怒りを交えて主張するものである。しかしアイダは、決定的な証拠や事件がないとこちらも警察も動けない、一女子高生が小学生相手にそんな真似をするとは考えにくいなど、第三者の意見を並べることで、どうにかツバサの母親を落ち着かせようと試みる。ただし実際は、本当に事件性がなかった時に名誉棄損の裁判に発展し、そこでこの女もろとも敗訴して多額の賠償金を請求されることが怖かっただけであった。相手が地元随一のお嬢様学校の生徒であれば、現実味のある話と言えてしまう。おまけに今回の三者面談を事前に学年主任に話をしたところ、「学校はそういうの責任とれないから、裁判になっても知らないぞ。」と、すでに見放されている。
「とにかく早く警察に通報してください! こういうことは何かあってからじゃ遅いんです!」
「何もない時点では我々も警察も動けないんです! 法律的に!」
「何が法律ですか⁉ 法律守って健全な法人運営アピールするほうが一生徒の安全より優先されるんですか⁉」
「そりゃあ私だってツバサ君のことを第一に動きたいですよ! でも一法人でしかない我々ではどうしても限界が生まれてしまうんです!」
 二人の言い争いは、形式的にはツバサの安全と健全を第一優先するような言葉が飛び交う争いになっていた。しかしそうした言葉の真意は、互いの妥協点の探り合いでしかなかった。双方の利益になるように行う自由貿易で、自国の主張だけを押し通そうとする国のトップのように、自分の言い分だけを言い合うだけで、両者ともツバサへ意見や真相を求めるような質問はしなかった。
 二人の会話を横で聞くツバサは、そうした大人の勝手な事情を理解していた。
 どっちも本当は、自分たちの思い通りにいかない僕に苛立ってるだけなんだ。どうにかして僕に、勉強以外何も考えない、カナコお姉ちゃんに出会う前の僕に戻ってもらいたいだけなんだ。
 そんなあまのじゃくな考えが生まれると、ツバサは口を開かずにはいられなかった。
「お母さんも先生も、どうして僕に勉強してほしいと思ってるの?」
 突然口を開いたツバサに、二人が論争をやめてその顔を見下ろした。
「どうせお母さんは、僕にいい学校を出てもらって、いい会社に入ってもらって、それを自分の自慢にしたいか、そうなった僕に世話してほしいだけなんだよね。」
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