カゴの中のツバサ

九十九光

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#15ー3

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ごすんだから。」
 カナコの表情は、とてもワクワクしている明るいものだった。ホームシックを知らない子供が、初めて学校行事で旅行に出かけた時のような、そんなテンションに近かった。
 ツバサはそれに対して、自分もハイテンションになって楽しく会話をしようと言う気にはなれなかった。コップの中を覗き込み、白い液体の水面に浮かび上がる自分の顔としか視線が合わなかった。
 それを見てカナコは何かを察したようにその場を離れた。キッチンのIHコンロ前に戻ると、引き出しからフライ返しを探しながら落ち着いた口調で話をつづけた。
「もうここには、ツバサ君のことを大切に思わない人なんてどこにもいない。あたしはツバサ君をこんなところに連れてきた以上、絶対にツバサ君を幸せにしてみせる。ツバサ君が望むことならなんだってしてあげる。」
 ツバサは返事をしない。
「もしかして、悪いことしてるって考えてるの? お母さんに黙って家出しちゃったこと。全然いいんだよ。社会のルールなんて、全部大人が自分たちの都合だけ考えて勝手に作ったものなんだから。あたしやツバサ君が、そのルールに自分が合わないって思ったら、思い切ってルール破っちゃえばいいんだよ。同じ制服でも、人によって大きさが違うのと同じ理屈だよ。」
 ツバサは返事をしない。
「あたしは嬉しいよ。ツバサ君がうちに来てくれて。こんな広い家でずっと一人なんて、精米アパートで独り暮らしするよりさみしさ倍三だよ? それがこれからは、あたしが恋した男の子と二十四時間ずっと一緒。誰にも邪魔されずにあたしたちだけの世界で楽しく暮らせる。之からそんな毎日が始まるんだよ?」
 ツバサは返事をしない。
 ツバサはカナコが怖かった。家出を決行してから、ずっとカナコのペースになっていると感じる。まるで、自分がカナコと出会う前の内気で自分の意見をほとんど言えない頃に戻ってしまったような気分だった。
 すぐに話を変えたいと思った。コップの中のカルピスを一気に流し込み、空になったコップを持ってカナコのもとに行く。
「そういえば、今日の晩ご飯って一体どんな」
 その次の瞬間だった。
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