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第1章 始動。

第2話 青春の闇。

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「わーお、こんな所にいたんだな。小山」

 しまった。安藤くんに見つかってしまった。
 昼休み、何処にでもいる不良の典型みたいな、赤髪のモヒカンかつ大柄な男が、ぼくの眼前に不気味な影を作った。

 彼は隣のクラスの安藤元治。学校一のワルだ。

 そこから音もなくぬっと現れる取り巻きが数人。
 誰だっけ、顔も覚えてないや。

「今日も逃げたんだな、お前」
「逃げる? なんの事かな」
「いつも俺達を避けるみたいに席を外して一人で飯食ってんじゃねぇかよ。寂しいぜ、俺達友達だろ?」

 誰と誰が。広辞苑で一度、「友達」という文字の意味くらい調べ直すといいだろう。そんな険しい顔で凄む友達を日本中、いや世界、あるいは宇宙のどこを探してもいないだろうさ。

 もし、無理な顔してでも友達って言い張る奴がいたら、そいつの背中には無数の青アザが出来ている事だろう。

 結局こいつらは、ぼくを虐めたいだけなんだ。

「わり。今日金なくてさ、貸してくんね?」
「なんで。他の人に借りたらいいじゃん」
「いや、それがさ。皆もここのところ金を使い込んでるらしくて、なぁちょっとでいいから貸してくれよ~」

 ここで問題だ。これはお願い? それとも脅迫?
 答えは言わずとも分かるよな。

「ぐほっ!?」

 お腹に表現出来ない圧力と痛みが加わる。
 今食べたご飯を全て吐き出しそうな鋭い痛みだ。

「ぁぁ……っ」
「なあ、どうすんの。貸すの、貸さないの?」

 前髪を強く引っ張られた。
 痛い、そう叫んでもここには誰も来ない。
 当たり前だ、ぼくがわざわざ人目のつかない場所を選んで、一人でご飯を食べていたんだ。

 ここは階段の踊り場。それも、施錠された屋上へと繋がる道だ。屋上が開いていないのに、ここまで足を運ぶ馬鹿はいない。なにか後ろめたい事がある時に、秘密裏にここを利用するのだ。

 そう、例えば安藤くんからどうにか逃げたくて避難してきた今のぼくのように。でも一度見つかってしまえば、袋のねずみだよな。助けは入らない。散々おもちゃにされる。

 周りのヤツらは、誰も見ていないのをいい事に、服の上からぼくを蹴りつける。アザが表立って見えないように、蹴る場所をいちいち選んでいるのだ。こういう奴らはいかにも巧妙に、いじめている事実を隠蔽するのだ。

 なんなら、事件が露呈した後も「いじめと思っていなかった」等としらばっくれるつもりだろう。

 くそ。くそったれ。

 まるでヒーローみたいだね。
 朝、誰かに言われた言葉を思い出す。

 何がヒーローだよ。
 蓋を開けてみればこれだ。男子に寄って集っていじめられて、精神をすり減らして。毎日が嫌になる月曜日を、他の誰よりもウザがって憂鬱になるんだ。

 これもぼくが悪いんだ。
 安藤くんと昼休みに出会う事を、予見していればこうはなっていなかった。ぼくがいけないんだ。

「ちっ、最初から出しとけよ」

 ぼくの財布からなけなしのお金が出て行く。
 ボロ雑巾みたいによれた財布が地面に虚しく落ちた。安藤くんの上靴で捻じるように踏みつけられる。

 彼らは去っていった。

 お弁当の中身もめちゃくちゃだ。
 床に散乱してしまった。後片付かしなくちゃ。

 ぼくは一介のモブに過ぎない。
 こうしたいじめを受けるのも、学校という規模で見たら、単なる青春の一ページに過ぎないんだ。

 天海結愛が青春の光なら、ぼくはその反対の闇。
 どこにでもありふれた、憂鬱な月曜日の昼休みだ。
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