【完結】計画的ラブコメ未遂の結愛さん。

TGI:yuzu

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第2章 いじめ問題。

第14話 Re:復讐劇。

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 ダメだ、間に合わない───。

 それはまるで一陣の風だった。恐ろしく速い挙動。ぼくじゃなくても見逃しちゃうね。

「戦いなさい!」

 結愛が安藤くんの胸ぐらを掴んで吠えた。
 あの天海結愛が、だ。清流を泳ぐ光メダカが突然人喰いピラニアに変貌したかのような驚愕的な形相で襲いかかる。

 柵から強引にこちら側に引き摺り落とし、瞬く間に乾いた空気に平手打ちの音が響いた。

 うわぁ、痛そう。

「戦ってから死になさいよっ」

 こらこら結愛さん。死ねなんて、はしたない言葉を使っちゃいけません事よ。

 ほら、今の安藤くんの顔を見たまえよ。新種の化け物にでも遭遇したかのような表情をしているじゃないか。

「悠斗が、貧弱者!? 目付いてんの、その悠斗がなんで今ここにいるか分かってるの!?」

 ゆ、結愛……。

「悠斗は今戦っているんだ、何度も殴られて傷付けられた相手に、それでも立ち塞がっているんだ! それを今から死ぬ貴方に、貧弱者呼ばわりされる筋合いは無いっ!」

 泣いていた。
 目を充血させて、あらん限りの声で叫んでいた。
 結愛の心の叫びだ。青春の光に包まれていた結愛が、薄汚れた現実を見て悲痛の叫びを漏らしていた。

「父親に良いようにされて、母親の敵も取れずに死ぬ!? 結局貴方も逃げているだけじゃない!」

 安藤くんが僅かに目を剥く。
 確かに彼の心に響いていた。

「ならせめて、父親を刑務所送りにしてから死ねッ、そうじゃなきゃ……貴方の母親が、あまりにも報われない……ッ」

 結愛は泣いて、それから怒っていた。
 胸ぐらを揺さぶって、ボタンが弾け飛んだ。
 柵の下をコロコロと転がって、川に落ちていった。


 ふんっと、息を吐いて結愛が去っていく。


「もし、戦う気があるなら……明日の放課後、旧校舎の音楽準備室まで来なさい」


 安藤くんは唖然としながらも、座り込んでしまった。
 怒涛の勢いに押されて、せっかくの覚悟が水の泡になったという様子だ。ごめんね、とぼくは後ろを一瞥してから結愛の背中を追った。

 □■□

「ありがとう、結愛。ぼくを……その」
「別に。ムカついたから怒っただけ」
「結愛って怒るんだね。それも凄く怖い」
「私も人間よ。怒る事くらいあるって」
「大和撫子の典型例みたいだったから、トイレも行かないし暴言も吐かないものかと」
「昔のアイドルみたいな事言ってないでさっさと帰るよ。もう私クタクタ、早くお風呂に入りたい」

 スマホをポチポチしながら乗換案内を検索。
 するとどうだろう、到着時刻には、ありありと、午前五時四十分という数字が書かれているではないか!

「終電、過ぎちゃった」

 おう。その言葉、酒で酔い潰れた時に言ってくくればベストだった。が、きっちりと脳裏に刻み込んでおきましたぜい!

 夜空の上でぼくに向かってサムズアップするラブコメ大明神様がこれでもない位にぼくを褒め称える様を幻視した。

 父さん、母さん。ぼく、大人の階段を!



 ───登りませんでした。

 激安カプセルホテルって、意外に郊外だと空いてるもんだね。たまたま行き着く先がラブホテルでしたという、ラブコメお得意のありガチな展開をあっさりと否定されたぼくは、若干惨めな気持ちになりながら、財布の中をすり減らした。

 これが都会だと一泊四千円くらい吹っ飛ぶのだから、まだ財布に優しかったと思おうじゃないか。激安と言えど防音は完璧で、気分はすこぶる快調だった。

 そんなこんなで外泊を済ませたぼくらは、その足で再び学校へと向かった。秘密の体験を共有出来たという事でここは納得しておこう。高い授業料だった。

 □■□

 放課後、ボロボロに窶れた様子の安藤くんが部室に姿を現した。しかしその双眸は、昨日見た時の諦めの表情はまるで無くて、寧ろ好戦的な光がその瞳にしっかりと宿っていた。

「いい目ね」
「折角なら、最後まで足掻いてみようと思ったんだ。ここで死ぬのはちともったいねぇ、傷跡ぐらい残して見せるさ」
「その意気だよ安藤くん。大丈夫、ここは未来研究部。訪れた人の未来を見て、幸せに導く。それがこの部活の真髄だからね」

 これが最初の依頼人だ。やってみようじゃないか。

 その日からぼくは安藤くんに襲われなくなった事で、最大の障害が取り除かれ、その能力を最大限活かす事に成功した。当時の証拠を、この前と同様の操作で集めていき、探偵の真似事をしながら、徐々に追い詰める材料を得ていった。

 あとは弁護士でも雇って裁判を起こせばいい。

「お金はあるの?」
「母さんが遺言に、俺に全額を渡すって書いてあったらしい。使う気にもなれなくて置いてあったがな」
「え、全額。凄いじゃん」
「悠斗。この国には遺留分って制度があるの。もし愛人に全額あげる~なんて言って死んだら家族が大変でしょ。だから、最低でも配偶者……つまりは父親に四分の一は行ってるはず。まあ四分の三でも貰えたらいい方だけど」

 資金は十分にある。材料も揃った。
 なら、あとは訴えて吊し上げるだけだ。

「ここから一人で戦いなさい」
「え、結愛。それはさすがに……」
「いいんだ。ここから先は俺の戦いでもある。お前らを付き合わせたのも、本当は抵抗もあった。だがまぁ、未来が見えるって話を聞いた時には疑っちまったが、こうもサクサクと父さんあの男の闇を暴いたとなると流石に信じた方が良さそうだ」

 いつしか見た顔より随分生気がある。
 もう、大丈夫そうだ。

「存分に戦いなさい。それでも死にたくなったら、もう私は止めない。悠斗も止めない」
「ああ、それで構わない。じゃあな、小山、天海」

 行ってしまった。
 長かったこの事件もこれで一件落着か。

「お疲れ様。結愛」
「うん。お疲れ。本当に疲れた~、あのヤンキーは」

 自分が手を差し伸べておいてそのセリフか。

「少し寝るっ」
「帰って寝れなくなっても知らないぞ~」

 不貞腐れて突っ伏した結愛。
 ここ最近で、随分結愛の人間らしいところを見てきた気がする。特にあの安藤くんに、死ねって言い放った時は圧巻だった。ぼくもいつかはああなれるのだろうか。

 いや、ならなくていいな。うん。
 争いがないのが一番だ。

「そうそう、悠斗」
「ん?」

 寝ていたんじゃなかったのか。
 おでこが少し赤くなっているのが何とも可愛かった。

「私、悠斗に少し嘘ついてた」
「嘘、どんな?」

 なんだよ、いつ嘘ついたんだ。
 怖いな、やっぱり聞くのやめていい!?

「"最高の未来を見れる"っていう話。あれは嘘」
「えっ、じゃあ未来視の話自体デマって事?」
「ううん。正確には、思考した瞬間に、その先に待ち受ける未来を仮想的に体感出来るというもの」
「え。ちょっとした決断に迫られる度に、未来視を発動できる……? それってめちゃくちゃチートなんじゃ」
「まあ、その分副作用もあって辛い部分もあるけど───」
「テストを満点取り放題じゃないか!」
「私ずっとズルしてると思われてたんだ。サイテー」
「い、いやいやいや。結愛様がそんなズルをしているはずありませんとも。よっ、さすが結愛様!」
「ふふんっ、もっと言ってもいいよ?」


 まだまだ、未来研究部の活動は続く。
 結愛とぼく。二人の未来視が結ぶ未来は、きっと幸せの形をしているはずだ。少なくともぼくはそう願う事にした。
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