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第4章 ラブコメディ。
第32話 告白。
しおりを挟むとんでもない未来を見てしまったのではないか。
あれはなんだ、遠藤くんと麗奈!?
放課後の体育館裏なんて、出来過ぎた展開だ。多少の罪悪感と驚愕が混じり合いながらその日も学校に向かう。未来視の条件に、未来の自分が実際にその情景を目にしている必要があるのかは分からない。例えば女子風呂女子トイレ女子更衣室に入れたら、なんて思うとこの能力は犯罪性を帯びている事になるだろう。
勿論、そんな力を持っていても悪用はしない。
当たり前だ、ぼくを信じてくれ。
と、冗談はさておき、問題は麗奈の件だ。
「おはよう、ゆーくん」
毎度の如く、「偶然」登校時間が重なる麗奈と学校に向かった。麗奈は当然、同じ部活の後輩に今日告白されるという未来を知らない。それを本人に知らせれば、今日ばかりは回避する事も出来るだろう、しかし遠藤君の思いまでは変えられるとは思わない。
麗奈と他愛もない雑談を重ね、教室へと入った。
まずは結愛に相談してみよう。
それで何が変わるという訳でもない。
ただ、ぼくにはどうにもひかかっている事があるのだ。
「聞いて、悠斗」
「聞いてよ、結愛」
なんとも同タイミング。
まるでUFOに乗った宇宙人をその目で見たような嬉々とした眼差しで、結愛は渾身の一大スクープをぼくに向かってひけらかした。
「麗奈が遠藤君に告白されるの!」
「知ってる」
そう。やはり結愛もその未来を見ていた。
「ぼくも実は、今日の夢で……」
と、簡単に事の経緯を説明する。
するとどうだろう。結愛の顔が金剛力士像もびっくりなくらいに暗く、怒った表情になってしまった。まるで親でも殺されたのかと言わんばかりの形相にぼくは戸惑いを隠せない。またしても何か結愛の地雷を踏みぬいてしまったのか。
「どうして悠斗がその未来を」
我慢できないという表情で、いつしか安藤くんに凄んだ様に胸倉を掴んでぼくを問いただした。
「悠斗の未来視は『最悪な未来』を予言するものでしょう。どうして麗奈が遠藤君に告白される事が、悠斗にとって最悪な未来になるの?」
そこなのだ。どうしてぼくはこの夢を見てしまったのか。麗奈が不幸になる災いを受ける訳でもあるまいのに、ぼくがその未来を見たのが少し気がかりだったのだ。
「分からないんだ。そもそもぼくはてっきり、遠藤くんが未来研究部に来ていたのは、結愛が目当てだと思ったから……正直麗奈目当てだとは思わなくて」
「私目当てなら、それこそ止めてくれても」
「何か言った?」
「んー別に」
遠藤くんがわざわざ未来研究部に足を運んだ理由がようやく分かってきた。つまり彼は、クラスメイトであるぼくや結愛の口から、麗奈の交友関係や興味を聞き出し、また麗奈が理想とするデートプランを知ろうとしていたのだ。
今思えば、遠藤くんが必死にノートを取っていたのは、麗奈がちょうど話している時だけだった気がする。まああの話し合いがミジンコ以下の価値しかないのは言うまでもなかったが。
「麗奈はどうするんだろう。告白」
「さあ、日向さんに直接聞いてみれば?」
遠藤くんは実際真面目だし、悪い奴じゃない。それこそショッピングモールで結愛に絡んでいたような有象無象よりは、百万倍ましだろう。常日頃から部活で麗奈の雄姿を見て、それに憧れ好きになったとおいう理由もなんだか青春チックで健全そのものじゃないか。
そして、その告白にぼくらが関与する事は許されない。未来視によってその運命を変える事を何度もしてきたが、そこにかかる責任の重さをぼくと結愛はちゃんと理解している。遠藤くんの告白を受けるかどうかは、結局のところ、麗奈が決める事だ。
だから、わざわざ見に行く必要もないだろう。
ぼくはこうして、彼らの恋愛事情から手を引いた。
放課後、そして夜も近くなった。
結愛とは、麗奈の話を少しはしつつも、久しぶりに二人きりという懐かしさを感じながら、ゆったりと穏やかな時を過ごしていた。
結愛は結愛で本を読むだけ。
ぼくも携帯を弄ったりで、無言の時が続く。
「悠斗は……」
結愛がぼくの目を見ずに呟く。
「私と、日向さん。どっちが好き?」
なんだその質問は。
女の子の「どっちが好き」問題は服にしても何にしても、人類が抱える永遠の命題として存在し続けている。そして、そこにどのような意図があるかなんて、一介の高校生であるぼくに答えられる問題じゃないのは確かだ。
「日向さんの事、気になっているんでしょう?」
それは当てずっぽうか。それとも未来視の結果か?
分からないが、ぼくは確信をもって答えられる事がある。
「あまり意地悪な聞き方をしないで欲しい」
「だって……」
本当に困った奴だ。
「結愛は、自覚がないかもしれないけれど、ぼくにとってはかけがえのない存在で、ヒーローみたいに格好が良くて、凄く感謝もしてるんだ。ぼくの人生を変えてくれた恩人が嫌いな訳ないし、それにちょっとずつだけど……になってきている、と思う」
結愛の手から本がずるりと滑り落ちた。
結愛の透明な瞳がぼくを見つめる。
日が暮れ、闇が空を支配する夜の刻。
部活のかけ声もなり止み、今だけは心地よい静寂がこの部室をも包み込んでいた。お互いの鼓動が直接聞こえてしまうのではないかと思える程に静かで、だけどこれまで紡いできた時間の大半は、きっとこんな感じだったのだろうとも考えていた。
「私……も」
どこぞのエイリアンのような片言の日本語だったが、それでもお互いに伝えたい事がはっきりと分かる。テレパシーという新たな異能を獲得したのかと錯覚する程に、熟れた林檎のような紅潮した頬の結愛の感情が直接伝わってくるみたいだった。
「助けてくれた時。この人がいて良かったって本気でそう思った。トラックに轢かれそうになった時、通り魔から庇ってくれた時。大事にしてくれているのが分かって、それがとても嬉しかった」
仕込んだラブコメの糸が、両手両足を手繰り寄せて、道化師のようにぼくの身体を動かした。自分では制御できない、感情の渦に呑まれていく感覚。
全身が火照り、直視出来ない羞恥の感情に苛まれる。
「この感情に、言葉を付けるのだとしたら」
ここまで生き延びた人類が手にした叡智。
この感情の名前を結愛は知っている。
「」
唇を閉じて俯く。
「……かもしれない」
「そこはもっと自信を持って欲しかった」
ああさっきから心臓が煩い。これは本当に現実なのか、頬を引っ張って確かめたいくらいだった。この時間を永遠に続ける魔法があるなら、きっとぼくは習得してすぐにでも使うだろう。
それで、これはどうすれば正解なんだ。
ぼくと結愛の中で芽生えつつあるこの感情。それが共通の認識であったという事は、こうして白日の下に晒された訳だがここからの一歩を案外ラブコメは教えてくれないのだ。
背景がライトアップされて、主人公とヒロインが劇的なキスをして終了、なんていう展開は親の顔より見て来た自信があった。だからこそ、アフターストーリーを熱望するのは、全人類共通の要望である事に間違いない。
甘酸っぱい、だからこそ落ち着かない現状を、どう対処したらいいのか分からない。手をつなぐか、キスをするか。いやいや、まだそれは早いだろう。
とりあえず、ぼくは頭を掻きながら、
「帰ろうか」
「うん」
もう日も遅い。
明日からも時間はたくさんある。
そこから言葉を重ねていけばいいではないか。
大事な時、ずっと傍にいてくれた天下の結愛様。
彼女をぼくだけのものにしたいと思うのは───。
どうだろう。間違っているだろうか?
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