45 / 46
第5章 Sleeping Beauty
第45話 父さんとの約束。
しおりを挟む
「天海結愛を復活させる為には、ある重要な決断をしなければならない。機関にとっても、そして君自身にとってもだ」
「重要な、決断……」
「条件は三つある」
男は指を立てる。
「一つ、機密を未来永劫秘密にする事」
「二つ、機関と今後一切関わらない事」
「三つ、彼女を一生幸せにする事」
言葉には重みがあった。
忘れてはいけない、ぼくと彼の約束。
「分かった」
ぼくは深く頷いた。
誓約書でも何でもサインしてやってもいいさ。
不誠実で、不真面目で、いい事がないぼくだけど。
でもやっぱり、ぼくは結愛と一緒にいたい。
その為にここに来た。
他の皆の思いを踏みにじってでも、彼女にいて欲しいと願った。
「そうか」
口数は少なかった。頭を抱えながら背を向ける。
そしてただ一言頷くと、部下にぼくに寄越した。
「娘を、頼んだ」
え?
ぼくは結愛がいるベッドへと向かった。
身体のケアとか筋肉が落ちないようにと看護師が付きっ切りで世話をしていたらしいが、それでも随分と痩せこけてしまった。
手首に繋がれる点滴が痛々しかった。
それにしても……あの言葉。
『娘を、頼んだ』か。
「では、主任に引き続いて私から説明させて頂きます」
先程の男に代わり、今度は少し年若い科学者という風貌の青年がぼくに説明を始めた。白衣を着ていたらもっと似合っていただろうに、残念ながら堅苦しいスーツを着ていた。
「主任が提案した解決案は一つ。天海結愛さんに埋め込まれているチップを摘出するというものです」
「そ、それは……!」
「はい。それを行えば彼女は未来視という特別な能力を持たない普通の人間に戻ります。しかし、脳へと直接リンクしたチップを再度摘出するとなると、その際脳にかかる負荷は計り知れず、記憶混濁か、あるいは最悪の場合、記憶喪失といった症状がみられる可能性があります」
「そんな……でもそれしか方法はない、と」
「恋が引き起こしたオーバーヒートの症状から彼女を解放するには、その原因となった未来視の能力を除去するしか方法はありません」
「でも、記憶を失ったら結愛は……!」
「主任との約束をもう一度思い出してください」
『三つ、彼女を一生幸せにする事』
嗚呼そうだった。
結愛の記憶は無くなっても、ぼくはこの約束を守るしかない。いいや、そんな消極的な決断でぼくは首を縦に振った訳じゃない。
別にいいじゃないか、記憶がなくたって。
結愛との思い出はぼくの頭の中にきっちりとあるのだから。
「分かりました」
これは賭けだ。
結愛を救う方法がそれしかないなら。
犯した罪がそれで償えるのなら。
この苦しみはぼくの胸だけに仕舞っておく。
「では……お願いしま」
「悠斗」
ぼくを呼ぶ声が聞こえた。
その声の主は一人しかいなかった。
ぼくをその名前で呼ぶ人間は、一人しかいないんだ。
「悠斗……」
「ゆ、結愛……!」
「あ、ありえません。既に彼女の脳は疲弊しきっていて、意識を覚醒させるに足る力は既に残されていなかったはず。それがどうして……!」
これはきっと神様からくれたチャンスなんだ。
記憶を残したままの結愛と話せる最後のチャンス。
ぼくは彼女と、最後に話がしたかった。
「結愛と少し話をさせてください」
「……分かりました。ですがきっと彼女が起きていられるのは、奇跡に近い現象です。原因が取り除かれた訳では無いので、これで治った訳では無い事を十分にご理解ください」
「はい。分かっています」
彼は席を外した。結愛と二人きりになる。
ぼくはその前に聞いておきたかった。
「ごめん、ずっと騙してて……」
「いや、いいさ。もう怒っていない。でも、一つだけ聞いてもいいかな。きみの本当の父親の事について」
「お父さん……会ったのね。そう、あの人は元々科学者だった。そしてそれと同時に未来視の能力を持つ超能力者でもあった」
超能力者、それも未来視を持つ……。
「お父さんの能力は思考する事で仮想の未来を垣間見るというもの。強力な能力であると同時に自身の身体を蝕む不完全な能力」
「それって結愛と同じ……」
「だからお父さんは、自分の娘、私を使って実験を始めた」
『父さんは、この能力を完成させたい。誰もが皆未来を見る事が出来れば、きっと幸せになれるんだ。運命だって覗けるかもしれない。どうだ凄いだろう』
「超能力を植え付けたマイクロチップを、他者の脳に移植し、擬似的に未来視の能力を獲得する。そればかりではなく、お父さんが持っていた未来視に改良を重ねて負荷限界を向上させた」
その結果、日常的な使用には問題が無くなった。
「学校に通い始めてから、私の生活は凄く順調だった。でもある時、私の運命は本当の意味で動き始めた」
「それが、ぼくと出会ったあの瞬間……」
「そう。トラックに轢かれそうになった時、それを助けてくれる男の存在が脳裏に映った。運命を覗いたんだ」
意図しないエラーの連続。
思考が試行を重ねた。
結果、オーバーヒートを起こした。
結愛は意識不明となり、機関に呼び戻された。
それがここまでの経緯。
結愛が眠り姫となった瞬間。
「結愛。今のきみと話が出来るのはこれで最後かもしれない。だから……あの日の続きをしよう」
「あの日、うん。そうだね」
思いを形にしなかった。
これまでずっと後悔してきた。
どこかで思い留まって、臆病になっていた。
本当に好きなのかと自問自答していた。
でも、今ならハッキリと答えられる。
「ぼくは、結愛が好きだ」
「私も……悠斗が好き」
考える必要なんてない。
未来を見る必要も無いんだ。
ただ感情に任せて、唇を寄せる。
その一瞬の出来事は、永遠のように感じられてぼくの人生が鮮やかな色が添えられた。
結愛は力なく横たわる。
意識を失った。最後の力を振り絞ったのだ。
音が無くなったのを悟って、機関の人間が入ってくる。数人の医師を連れていた。
「では、結愛を……お願いします」
きみの父さんは、結愛をどう思っていただろう。
最初は自分の能力を愛娘へ託せた事を誇りに思っていたかもしれない。能力の継承なんて、厨二病じゃなくても心躍る展開だ。
でも自分のせいで傷付いていく姿を見た時。
その時にやっと、本当に自分がした事に気付くんだ。
嗚呼、なんて事をしたのだろうって。
だから、あの人はぼくに全て決断を委ねた。
結愛の将来をぼくに託した。
それが彼なりの責任の取り方だ。
でも彼が幸いだったのが、父さんの話をする時の結愛の顔が、今まで見た中でも特に穏やかな表情をしていたという事だ。
「重要な、決断……」
「条件は三つある」
男は指を立てる。
「一つ、機密を未来永劫秘密にする事」
「二つ、機関と今後一切関わらない事」
「三つ、彼女を一生幸せにする事」
言葉には重みがあった。
忘れてはいけない、ぼくと彼の約束。
「分かった」
ぼくは深く頷いた。
誓約書でも何でもサインしてやってもいいさ。
不誠実で、不真面目で、いい事がないぼくだけど。
でもやっぱり、ぼくは結愛と一緒にいたい。
その為にここに来た。
他の皆の思いを踏みにじってでも、彼女にいて欲しいと願った。
「そうか」
口数は少なかった。頭を抱えながら背を向ける。
そしてただ一言頷くと、部下にぼくに寄越した。
「娘を、頼んだ」
え?
ぼくは結愛がいるベッドへと向かった。
身体のケアとか筋肉が落ちないようにと看護師が付きっ切りで世話をしていたらしいが、それでも随分と痩せこけてしまった。
手首に繋がれる点滴が痛々しかった。
それにしても……あの言葉。
『娘を、頼んだ』か。
「では、主任に引き続いて私から説明させて頂きます」
先程の男に代わり、今度は少し年若い科学者という風貌の青年がぼくに説明を始めた。白衣を着ていたらもっと似合っていただろうに、残念ながら堅苦しいスーツを着ていた。
「主任が提案した解決案は一つ。天海結愛さんに埋め込まれているチップを摘出するというものです」
「そ、それは……!」
「はい。それを行えば彼女は未来視という特別な能力を持たない普通の人間に戻ります。しかし、脳へと直接リンクしたチップを再度摘出するとなると、その際脳にかかる負荷は計り知れず、記憶混濁か、あるいは最悪の場合、記憶喪失といった症状がみられる可能性があります」
「そんな……でもそれしか方法はない、と」
「恋が引き起こしたオーバーヒートの症状から彼女を解放するには、その原因となった未来視の能力を除去するしか方法はありません」
「でも、記憶を失ったら結愛は……!」
「主任との約束をもう一度思い出してください」
『三つ、彼女を一生幸せにする事』
嗚呼そうだった。
結愛の記憶は無くなっても、ぼくはこの約束を守るしかない。いいや、そんな消極的な決断でぼくは首を縦に振った訳じゃない。
別にいいじゃないか、記憶がなくたって。
結愛との思い出はぼくの頭の中にきっちりとあるのだから。
「分かりました」
これは賭けだ。
結愛を救う方法がそれしかないなら。
犯した罪がそれで償えるのなら。
この苦しみはぼくの胸だけに仕舞っておく。
「では……お願いしま」
「悠斗」
ぼくを呼ぶ声が聞こえた。
その声の主は一人しかいなかった。
ぼくをその名前で呼ぶ人間は、一人しかいないんだ。
「悠斗……」
「ゆ、結愛……!」
「あ、ありえません。既に彼女の脳は疲弊しきっていて、意識を覚醒させるに足る力は既に残されていなかったはず。それがどうして……!」
これはきっと神様からくれたチャンスなんだ。
記憶を残したままの結愛と話せる最後のチャンス。
ぼくは彼女と、最後に話がしたかった。
「結愛と少し話をさせてください」
「……分かりました。ですがきっと彼女が起きていられるのは、奇跡に近い現象です。原因が取り除かれた訳では無いので、これで治った訳では無い事を十分にご理解ください」
「はい。分かっています」
彼は席を外した。結愛と二人きりになる。
ぼくはその前に聞いておきたかった。
「ごめん、ずっと騙してて……」
「いや、いいさ。もう怒っていない。でも、一つだけ聞いてもいいかな。きみの本当の父親の事について」
「お父さん……会ったのね。そう、あの人は元々科学者だった。そしてそれと同時に未来視の能力を持つ超能力者でもあった」
超能力者、それも未来視を持つ……。
「お父さんの能力は思考する事で仮想の未来を垣間見るというもの。強力な能力であると同時に自身の身体を蝕む不完全な能力」
「それって結愛と同じ……」
「だからお父さんは、自分の娘、私を使って実験を始めた」
『父さんは、この能力を完成させたい。誰もが皆未来を見る事が出来れば、きっと幸せになれるんだ。運命だって覗けるかもしれない。どうだ凄いだろう』
「超能力を植え付けたマイクロチップを、他者の脳に移植し、擬似的に未来視の能力を獲得する。そればかりではなく、お父さんが持っていた未来視に改良を重ねて負荷限界を向上させた」
その結果、日常的な使用には問題が無くなった。
「学校に通い始めてから、私の生活は凄く順調だった。でもある時、私の運命は本当の意味で動き始めた」
「それが、ぼくと出会ったあの瞬間……」
「そう。トラックに轢かれそうになった時、それを助けてくれる男の存在が脳裏に映った。運命を覗いたんだ」
意図しないエラーの連続。
思考が試行を重ねた。
結果、オーバーヒートを起こした。
結愛は意識不明となり、機関に呼び戻された。
それがここまでの経緯。
結愛が眠り姫となった瞬間。
「結愛。今のきみと話が出来るのはこれで最後かもしれない。だから……あの日の続きをしよう」
「あの日、うん。そうだね」
思いを形にしなかった。
これまでずっと後悔してきた。
どこかで思い留まって、臆病になっていた。
本当に好きなのかと自問自答していた。
でも、今ならハッキリと答えられる。
「ぼくは、結愛が好きだ」
「私も……悠斗が好き」
考える必要なんてない。
未来を見る必要も無いんだ。
ただ感情に任せて、唇を寄せる。
その一瞬の出来事は、永遠のように感じられてぼくの人生が鮮やかな色が添えられた。
結愛は力なく横たわる。
意識を失った。最後の力を振り絞ったのだ。
音が無くなったのを悟って、機関の人間が入ってくる。数人の医師を連れていた。
「では、結愛を……お願いします」
きみの父さんは、結愛をどう思っていただろう。
最初は自分の能力を愛娘へ託せた事を誇りに思っていたかもしれない。能力の継承なんて、厨二病じゃなくても心躍る展開だ。
でも自分のせいで傷付いていく姿を見た時。
その時にやっと、本当に自分がした事に気付くんだ。
嗚呼、なんて事をしたのだろうって。
だから、あの人はぼくに全て決断を委ねた。
結愛の将来をぼくに託した。
それが彼なりの責任の取り方だ。
でも彼が幸いだったのが、父さんの話をする時の結愛の顔が、今まで見た中でも特に穏やかな表情をしていたという事だ。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる