【完結】計画的ラブコメ未遂の結愛さん。

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第5章 Sleeping Beauty

第45話 父さんとの約束。

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「天海結愛を復活させる為には、ある重要な決断をしなければならない。機関にとっても、そして君自身にとってもだ」
「重要な、決断……」
「条件は三つある」

 男は指を立てる。

「一つ、機密を未来永劫秘密にする事」

「二つ、機関と今後一切関わらない事」

「三つ、彼女を一生幸せにする事」

 言葉には重みがあった。
 忘れてはいけない、ぼくと彼の約束。

「分かった」

 ぼくは深く頷いた。
 誓約書でも何でもサインしてやってもいいさ。

 不誠実で、不真面目で、いい事がないぼくだけど。
 でもやっぱり、ぼくは結愛と一緒にいたい。

 その為にここに来た。
 他の皆の思いを踏みにじってでも、彼女にいて欲しいと願った。

「そうか」

 口数は少なかった。頭を抱えながら背を向ける。
 そしてただ一言頷くと、部下にぼくに寄越した。





 え?


 ぼくは結愛がいるベッドへと向かった。
 身体のケアとか筋肉が落ちないようにと看護師が付きっ切りで世話をしていたらしいが、それでも随分と痩せこけてしまった。

 手首に繋がれる点滴が痛々しかった。
 それにしても……あの言葉。

』か。


「では、主任に引き続いて私から説明させて頂きます」

 先程の男に代わり、今度は少し年若い科学者という風貌の青年がぼくに説明を始めた。白衣を着ていたらもっと似合っていただろうに、残念ながら堅苦しいスーツを着ていた。

「主任が提案した解決案は一つ。天海結愛さんに埋め込まれているチップを摘出するというものです」
「そ、それは……!」
「はい。それを行えば彼女は未来視という特別な能力を持たない普通の人間に戻ります。しかし、脳へと直接リンクしたチップを再度摘出するとなると、その際脳にかかる負荷は計り知れず、記憶混濁か、あるいは最悪の場合、記憶喪失といった症状がみられる可能性があります」
「そんな……でもそれしか方法はない、と」
「恋が引き起こしたオーバーヒートの症状から彼女を解放するには、その原因となった未来視の能力を除去するしか方法はありません」
「でも、記憶を失ったら結愛は……!」
「主任との約束をもう一度思い出してください」

『三つ、彼女を一生幸せにする事』

 嗚呼そうだった。
 結愛の記憶は無くなっても、ぼくはこの約束を守るしかない。いいや、そんな消極的な決断でぼくは首を縦に振った訳じゃない。

 別にいいじゃないか、記憶がなくたって。
 結愛との思い出はぼくの頭の中にきっちりとあるのだから。

「分かりました」

 これは賭けだ。
 結愛を救う方法がそれしかないなら。
 犯した罪がそれで償えるのなら。

 この苦しみはぼくの胸だけに仕舞っておく。

「では……お願いしま」
「悠斗」

 ぼくを呼ぶ声が聞こえた。
 その声の主は一人しかいなかった。

 ぼくをその名前で呼ぶ人間は、一人しかいないんだ。

「悠斗……」
「ゆ、結愛……!」
「あ、ありえません。既に彼女の脳は疲弊しきっていて、意識を覚醒させるに足る力は既に残されていなかったはず。それがどうして……!」

 これはきっと神様からくれたチャンスなんだ。
 記憶を残したままの結愛と話せる最後のチャンス。

 ぼくは彼女と、最後に話がしたかった。

「結愛と少し話をさせてください」
「……分かりました。ですがきっと彼女が起きていられるのは、奇跡に近い現象です。原因が取り除かれた訳では無いので、これで治った訳では無い事を十分にご理解ください」
「はい。分かっています」

 彼は席を外した。結愛と二人きりになる。
 ぼくはその前に聞いておきたかった。

「ごめん、ずっと騙してて……」
「いや、いいさ。もう怒っていない。でも、一つだけ聞いてもいいかな。きみの本当の父親の事について」
「お父さん……会ったのね。そう、あの人は元々科学者だった。そしてそれと同時に未来視の能力を持つ超能力者でもあった」

 超能力者、それも未来視を持つ……。

「お父さんの能力は思考する事で仮想の未来を垣間見るというもの。強力な能力であると同時に自身の身体を蝕む不完全な能力」
「それって結愛と同じ……」
「だからお父さんは、自分の娘、私を使って実験を始めた」


『父さんは、この能力を完成させたい。誰もが皆未来を見る事が出来れば、きっと幸せになれるんだ。。どうだ凄いだろう』


「超能力を植え付けたマイクロチップを、他者の脳に移植し、擬似的に未来視の能力を獲得する。そればかりではなく、お父さんが持っていた未来視に改良を重ねて負荷限界を向上させた」

 その結果、日常的な使用には問題が無くなった。

「学校に通い始めてから、私の生活は凄く順調だった。でもある時、私の運命は本当の意味で動き始めた」

「それが、ぼくと出会ったあの瞬間……」

「そう。トラックに轢かれそうになった時、それを助けてくれる男の存在が脳裏に映った。

 意図しないエラーの連続。
 思考が試行を重ねた。
 結果、オーバーヒートを起こした。

 結愛は意識不明となり、機関に呼び戻された。

 それがここまでの経緯。
 結愛が眠り姫となった瞬間。

「結愛。今のきみと話が出来るのはこれで最後かもしれない。だから……あの日の続きをしよう」
「あの日、うん。そうだね」

 思いを形にしなかった。
 これまでずっと後悔してきた。

 どこかで思い留まって、臆病になっていた。
 本当に好きなのかと自問自答していた。

 でも、今ならハッキリと答えられる。

「ぼくは、結愛がだ」
「私も……悠斗が

 考える必要なんてない。
 未来を見る必要も無いんだ。

 ただ感情に任せて、唇を寄せる。
 その一瞬の出来事は、永遠のように感じられてぼくの人生が鮮やかな色が添えられた。

 結愛は力なく横たわる。
 意識を失った。最後の力を振り絞ったのだ。

 音が無くなったのを悟って、機関の人間が入ってくる。数人の医師を連れていた。

「では、結愛を……お願いします」


 きみの父さんは、結愛をどう思っていただろう。
 最初は自分の能力を愛娘へ託せた事を誇りに思っていたかもしれない。能力の継承なんて、厨二病じゃなくても心躍る展開だ。

 でも自分のせいで傷付いていく姿を見た時。
 その時にやっと、本当に自分がした事に気付くんだ。

 嗚呼、なんて事をしたのだろうって。

 だから、あの人はぼくに全て決断を委ねた。
 結愛の将来をぼくに託した。

 それが彼なりの責任の取り方だ。
 でも彼が幸いだったのが、父さんの話をする時の結愛の顔が、今まで見た中でも特に穏やかな表情をしていたという事だ。

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