【完結】魔族の娘にコロッケをあげたら、居候になった話。

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第1章 出会い

第1話 影を見た?

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「影を見た?」

 男は興奮しながら、己が見た光景を思い浮かべ言葉を紡ぐ。

「ああ間違いない、俺が第3地区の交差点でコロッケを買っているときに偶然見たんだ。大きな角に、背中から生えた一対の翼。そして、ゆらゆらと揺れる尻尾。あれは魔族の娘だった」

 俺は、思いがけない話に苦笑いを零す。ギルドの横の酒場に男二人、しかも真剣な眼差しで見つめあっていたならば、あらぬ疑いをかけられる。話半分で聞きつつ、口を開く。

「お前の話を真に受けるなら、街中に魔族が出たって事になるぞ。騒ぎになってもおかしくない」
「信じてくれよ。最初はもっと高ランクの冒険者に調査の依頼を出した。だが、あいつらは俺に見向きもしねぇ、受付嬢もお前みたいに申し訳なさげに笑う始末だ。本当に見たのにっ、くそっ」

 ムキになって激昂する男。机を強かに叩いた。ギルド内で下手に注目を浴びるとまずい。まあまあ、と宥めながら男が冷静を取り戻すのを待った。

「まあ、お前の気持ちも分からなくはない。冒険者達に鼻で笑われ続け、終いにはFランク冒険者である俺に頼む始末だ、確かに皆冷たいよな」
「ホントだぜ。俺は見たままを言っただけなのに。で、お前は勿論引き受けてくれるんだろうな、グラジオラス!!」

 俺、グラジオラス=ベルリオスはわざとらしく、はあと息を吐いた。
 ここまで熱心に頼み込まれて断るでは冒険者の名折れか。
 依頼者である男の熱に押され、渋々両手をホールドアップさせる。

「そこまで頼み込まれたなら仕方ない。だが、一応俺も冒険者の端くれだ、悪いが金は頂くぜ」
「サンキュー、気になって危うく夜寝れないところだったぜ」

 るんるんと機嫌を直した男は、酒場から立ち去ってしまった。昼間から酒を飲んでいたのは相手だけで今の俺は素面である。

「大変でしたね、グラジオラスさん」



 その時、俺に声をかける女性の姿があった。フリルの付いたメイド服、酒場の店主の気まぐれで決まったという制服を纏っていた。
 年は俺より年上の十七歳、向日葵の如き金色の髪が肩からなびかせていた。

 柔和な笑みに絆されて、幾らか強張った表情が戻る。

「リーリアさん、仕事の方は順調ですか」
「えぇ、客入りのいいし、街は平和そのものですね。冒険者達も日々、魔物討伐に励んでいるようですし、私達も安心して営業できるというものです」

 あくまで売れ行きの良さは、冒険者のおかげと謳うリーリア。看板娘として、冒険者ギルドから流れていく男達を見るに彼女の働きは相当なものだろう。

「グラジオラスさんの実入りは如何ですか?」
「知ってて、言ってるでしょう? 俺は、Fランクの冒険者。依頼は、猫探しや雑草の採集ばっかりで日銭を稼ぐので精いっぱいですよ。今日だって訳の分からない調査依頼の報酬がなければ、満足に夕飯を食べられやしない、ただの雑魚さ」
「またまた、ご謙遜を。グラジオラスさんの働きの街の皆々からいつも聞いています。冒険者だからと言って、住民の些細な依頼も無下にせず、親身に寄り添ってくれる、と。きっと貴方の優しさが、この街の平和を守っているんですよ」

 屈託のない笑みを浮かべる。きっとこれまで、この笑顔に何人もの男が犠牲になった。

「俺は追加注文なんてしませんよ」
「あ、あの別にお世辞ではありませんからね。今のは本心です」
「くっ」

 妙にやりにくい相手だ。本当に嘘ではないからこそ、彼女は危険だ。

「リーリア……花言葉は、純粋、無垢か」
「花言葉?」
「いや気にしなくていいですよ。俺は出ますので。美味かったです」
「はい、またのご来店をお待ちしております」


□■□


 夕方になるまで別件の依頼を片付けていた俺は、男が影を見たという第3地区へと向かった。リーリアが言った通り、この街は平和だ。行きかう人々は皆活気に満ち溢れている。貧しい生活を送っているのは正に今の俺だけと指し示すが如く、絢爛豪華な華奢品が至る所で目に留まる。

 舗装された道路沿い、馬車が行きかう車道の両面には商人が出店を出し、武器や食料を売っていた。
 冒険者ギルドが近くにある為、大方のターゲットは冒険者だ。しかし、俺にわざわざ声をかける者はいない。貧相な麻のシャツ一枚の俺に、大きな買い物は期待できないからだ。
 商人は目が命、俺は道端の石ころの様に、ターゲット層から除外されている。

「あら、グラスちゃん。久々だねぇ?」

 グラス、というのは俺の愛称だ。その名で呼ぶのは決まって、街の熟年層。

「ああ、コロッケを売ってると聞いてピンと来ましたよ。確か第5地区で本店を構えてた……」
「別に名前なんて覚えなくていいのよぉ、どうせあたしなんてモブなんだからさぁ」
「急にメタいなこの人……ここでもコロッケを売り始めたという訳ですね」
「ええ、グラスちゃんがバイトしてくれて以降、街で人気が沸騰してねぇ?」

 バイト、というのは俺が冒険者として仕事を始めた前の話だ。

「たった2年で第3地区に支店ですか。大したものです」
「いやねぇ、本当に褒めるのが上手ったら。特別にサービスしちゃうっ、酒場にいるリーリアちゃんのも含めて、二つね、はいっ!」

 揚げたてのコロッケに豪快に竹串を刺し、ぶんぶんと振って俺に手渡す。

「どうしてそこで、リーリアさんが出てくるのか分かりませんが……ありがたくいただきます。これで食費が浮きますよ」
「……まだそんな変な生活してるのかい? 冒険者になったなら、魔物を倒してさっさとランクアップしたらいいじゃないか」

 俺が思わず漏らしたばっかりに、怪訝な顔をされた。

「あ、いや……これは」
「はあ、働きに来た二年前から気になってたんだよ。いや、ひょっとするともっと前からかもねぇ、街でグラスちゃんを見かけた時いっつも暗い顔をしてたもんだから」
「そんなひどい顔してますか、俺」
「だからじゃないのかい? リーリアちゃんが気にかけているのは。いつかお礼を言ってやりなよ、愚痴をこぼす場所があるだけで正気を保っていられるもんだからね」
「そう、ですね。いつか……えぇ、いつか」

 歯切れの悪い回答に、おばちゃんは大きくため息をついた。

「さっ、後ろも並び始めたし行った行った。今日も頑張ってくるんだよ」
「そうですね、頑張ります。今日を、生き抜くために」


□■□


「影、影……影か」

 男の言い分では、買ったのは日が暮れる少し前。
 街が宵闇に包まれようかという黄昏時だったと聞いている。

 影が出来るのは西日によって影が映る場所、特に壁と太陽の間に障害物がある所だ。
 俺が検討をつけているのは、何らかの条件が組み合わさった結果、複数の影が重なり合って魔族のように見えたというもの。

 だが少し気になったのは、男が明確に『魔族の娘』と表現した事だ。
 娘というからには、女。女というからには、特徴的なシルエットが映し出されていたのだ。

 例えば豊満な胸とか……いかんいかん、俺は何を考えているのだ。


「まあ、あの男もいい加減だよな。なにせ、昼から酒瓶一本飲み干すくらいだったし。証言自体が虚偽の可能性もある。出来れば適当な話をでっち上げて、依頼達成を呑ませるしかないか」

 全て真実である必要はない、冒険者の依頼は正当に依頼を行ったかではなく、依頼者がそれに満足したかが重要となる。真っ当な話であれば、一時の悩み程度、男は素直に納得するに違いない。

「あとは、それらしい物なんだが……ん、なんだあれ?」

 街の路地裏、角の死角になった場所で何やら奇妙な物が動いていた。漆黒のひも状の何かが不規則に動いている。思わず俺はごくんっ、と唾を飲んだ。

『……そして、ゆらゆらと揺れる尻尾』

 男の言葉が俺の脳内を反芻する。まさか、と思いつつ心臓が早鐘を打つ。

「何か、いる……のか?」

 そして俺はその正体を、目に焼き付けた。


「女の子……?」
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