追放されたおっさん、辺境ダンジョンで【家庭菜園】始めたら、伝説の植物が育ちすぎて

帝国妖異対策局

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突撃! 魔神の魔神殿

第58話 貴女様が選んだ道でしょう

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 魔神ウディナ・キキモーラによって語られた信じがたい「真実」に、アランは呆れを通り越して、いまは無心の境地に達していた。
 
 一方、ブリジット・フォン・アストレアの体は、わなわなと震えていた。

 怒りか、屈辱か、それとも、ただの呆れか。もはや自分でも分からない感情の奔流が、彼女の胸の中で渦巻いていた。

 ブリジットは、魔神に敗れたあの日々を思い出す。

 心身ともに打ちのめされ、呪いを受け、絶望し、死に場所を求めて辺境を彷徨った日々を。

 その全ての原因が、いま目の前のだらしなく太った男の、あまりにも身勝手で、愚かで、情けない「一目惚れ」と「裏切り」だったのだ。

「ふ……ふふ……」

 乾いた笑いが、ブリジットの唇から漏れた。
 それは、怒りを超えた、深い、深い幻滅の笑いだった。

「魔神を倒したら、ブリジット。結婚しよう!」 

 魔神討伐出陣前の王の謁見で、国王や大臣、並み居る王侯貴族の前で、堂々と求婚してきた勇者の姿が脳裏に浮かぶ。

 王や皆の祝福の声に包まれたそのとき、人生最高の日だとブリジットは幸せに包まれて、勇者から婚約指輪を受け取った。

 その記憶も今となっては、ただ心を傷つける刃となっている。

 今目の前の変わり果てた勇者を見てブリジットは思った。

 自分がその愛を信じ、そして命を懸けて守ろうとした「勇者」とは、結局、こんな矮小わいしょうで、自己中心的な男でしかなかった。

 その事実に気づいた瞬間、ブリジットの心の中で、何かがプツリと切れた。

 長年彼女を縛り付けていた、勇者への複雑な想い。
 
 婚約者としての義務感、騎士としての忠誠心、そして打ち砕かれた恋心と屈辱感。

 それらが、まるで重いかせが外れたかのように、急速に色褪せ、消えていくのを感じた。

 残ったのは、ただ、空虚さと、そして目の前の男への、憐れみにも似た侮蔑だけ。

 震えは、いつの間にか止まっていた。

 顔から血の気は失せていたが、その表情は奇妙なほどに穏やかだった。まるで、長年の呪縛から解き放たれたかのように。

「ブリジット……?」 
 セシリアが、心配そうに彼女の顔を覗き込む。

 ブリジットは、そんなセシリアに、力なく、しかしはっきりとした笑みを向けた。

「もう、大丈夫です。セシリア様」

「え……?」 

「もう、どうでもいい……。あんな男のことなど」

 ブリジットは、元勇者の方へ視線を向けた。

 そこには、ただ、だらしなく太った、見知らぬ中年男がいるだけだった。

 かつての凛々しさも、カリスマも、見る影もない。

 彼女がかつて焦がれ、そして裏切られた「勇者」は、もうどこにもいなかった。

 その澄んだ青い瞳には、もはや何の未練も、怒りも、悲しみも残っていない。

 だが虚無ではなかった。

 瞳の奥には、静かな決意と、そして自分を救ってくれたアランへの、新たな忠誠心だけが、静かに灯っていたのだった。

 ブリジット・フォン・アストレアは、この瞬間、過去の呪縛から、完全に解き放たれ――覚醒したのだ。

 ブリジットが過去の呪縛から完全に解き放たれ、静かな覚醒を迎えていた、まさにその時。

 玉座の間では、魔神ウディナ・キキモーラの堪忍袋の緒が、ついに切れようとしていた。

「それで? あなたたち、この役立たずを引き取ってくださるのでしょうね!?」 

 ウディナは、忌々しげに元勇者を睨みつけながら、アランたちに要求を突きつける。

 その赤い瞳には、もはや羞恥や気まずさの色はなく、ただ純粋な苛立ちと怒りだけが燃え盛っていた。

 しかし、彼女の期待とは裏腹に、返ってきたのは冷ややかな拒絶だった。

「……お断りします」
 
 きっぱりと言い放ったのは、ブリジットだった。その声には、先ほどまでの弱々しさは微塵もなく、騎士としての、そして一人の女性としての、揺るぎない決意が込められていた。

「ええ。そのような方、たとえ元が何者であったとしても、メジャイ王国にお連れすることはできませんわ」

 セシリアも、静かに、しかしはっきりと付け加える。彼女の翠色の瞳にも、元勇者に対する軽蔑の色が浮かんでいた。

「なっ……!?」 

 二人のあまりにもきっぱりとした拒絶に、ウディナは言葉を失う。

「な、なんですって!? あなたたち、自分が何を言っているか分かっていますの!? この男は元々あなたたちの仲間でしょうが!」 

「いいえ。もう違います」
 ブリジットは冷たく言い放つ。

「この方と、我々の間に、もはや何の繋がりもありません」

「そ、そんな……! で、では、この男をどうしろと!? 私が! この魔神ウディナ・キキモーラが! 未来永劫、こんな怠け者の穀潰しの面倒を見ろとでも!?」 

 ウディナの甲高い声が、玉座の間に響き渡る。

「それは貴女様が選んだ道でしょう」
 ブリジットの言葉は、容赦がなかった。

「ご自分で始末をつけられるべきです」

「き……貴様あああああっ!!!!」 

 魔神ウディナ・キキモーラが逆ギレした。

 絶世の美女の顔が、怒りと屈辱でみるみるうちに歪んでいく。その体から、禍々しい黒いオーラが、まるで噴出するかのように立ち昇り始めた!

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