キモヲタ男爵奮戦記 ~ 天使にもらったチートなスキルで成り上がる……はずだったでござるよトホホ ~

帝国妖異対策局

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第27話 ボクは、もしかしたら誤解していたかもしれない

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 魔族捕虜収容所からカリヤットまでの道中、キモヲタも犬耳少女も口を開くことはなく、ずっと流れていく景色を眺めるだけでした。

 犬耳少女は、キモヲタに対する憎悪や怒りがすっかりと無くなっていることに気がつきました。

 どうして自分にそんな心境の変化が起こったのだろうかと、犬耳少女は馬車の中で、ずっと考えていたのでした。

 昨日、魔族捕虜収容所の檻の中でキモヲタの姿を見たときには、犬耳少女は全身の血が逆流するほどの激しい怒りにとらわれました。

 手足に繋がれた鎖を断ち切らんばかりに、全力で檻の外にいるキモヲタに飛び掛かろうとしたのです。

 そのときの怒りを思い出して、ふと犬耳少女は気がつきました。

 あの時、キモヲタの喉を噛み切ろうとしたその怒りの源泉は、キモヲタ個人というより人間族に対する怒りだったのだと。

 少女の村を焼き討ちして、両親や村人を殺したのは、セイジュウ神聖帝国の魔族軍でした。その後、一人になった少女は、人間の冒険者パーティと出会い、彼らの魔族狩りに協力することになりました。

 そのパーティーは亜人である少女を仲間としてではなく、奴隷のようにあつかいました。しかし、魔族への復讐に燃える少女は、彼らの差別的な扱いに目をつむってきました。

 しかし、その冒険者パーティは、恐ろしい妖異ヒトデピエロとの戦闘で少女をおとりとにして、自分たちだけ逃げてしまったのです。

 その後、命からがらヒトデピエロから逃げ延びた犬耳少女は、川辺でキモヲタに出会いました。その時のことは、これまで思い出すだけでも屈辱で身体が震えるほどでしたが、今、犬耳少女は俯瞰した視点で自分を見つめなおすことができました。

(キモヲタと出会ったとき、私はお腹がすいて死にそうだった。それにヒトデピエロから酷い傷を負わされていた。いま思えば、あれは致命傷だったかもしれない)

 キモヲタの魔法のせいでお尻が痒くなり、そこから過ごした恥辱の時間を少女は思い出しました。

(でも、そのときはもうボクの身体は全然痛くなかった。お尻は痒かったけど……)

 お尻の痒さから解放された少女はキモヲタを追うのを諦め、川からあまり離れないようにして森を進んでいきました。そこで運悪く、通りかかった人類軍のモリトール隊に見つかって捕まってしまいます。

(そこから先のことは……思い出したくもない)
 
 犬耳族の少女が自分の頭に手を当てると、そこには確かに自分の耳がありました。

(あの狂人たちに、ボクは耳と尻尾を奪われた)

 モリトール隊は、少女を魔族捕虜収容所に引き渡す前に、獣人の村と亜人の村を襲って焼き討ちしました。そこで繰り広げられた光景は、セイジュー神聖帝国軍が少女の村に行ったことと同じでした。

 実際は、それ以上に残虐でした。

 セイジュー神聖帝国軍では、自分たちに恭順の意志を示す者は殺さずに、兵士や労働力として徴用することもありました。実際、犬耳少女の村でも、魔族軍は自分たちに降るよう何度も警告していたのです。

 犬耳少女の村は人間との共存関係が深くて長いこともあって、誰も魔族軍に降ることはありませんでした。それが大虐殺へとつながったのです。個人の感情を横に置けば、戦争という状況下で起こり得る悲劇であることは、少女にも理解することができました。

(だが奴らは違う。あいつらには戦争なんて関係ない。非人間族を殺して遊んでた!)

 モリトール隊のことを思い出した少女は無意識のうちに歯ぎしりをしていました。彼らはただただ殺戮を楽しむために、魔族や亜人・獣人たちを虐殺していました。

 拷問を受けて耳と尻尾を失っていた少女は、意識が朦朧とする中、目の前で数多くの非人間族が殺されていくのを見ていました。

 モリトール隊の騎士たちは、誰かを残酷に殺すときに、わざと少女の目の前で行なってみせたのです。

 奴隷として高く売れそうなものは、生きたまま捕まえて魔族捕虜収容所に連れて行かれました。犬耳少女が生きていられたのは、ひとえに彼女が人間の目から見ても美少女だったからです。

 通常、奴隷として売られる者は、傷を付けられることはありません。しかし、少女は反抗的で暴れることを止めなかったために、拷問によって耳と尻尾を切り取られてしまったのでした。

 そのときに受けた苦痛が脳裏をよぎり、犬耳少女は頭の耳を押さえます。

「どうしたでござる? 大丈夫でござるか?」

 ずっと景色を眺めていたキモヲタが、少女に声を掛けてきました。

「なんでもない……」

「そうでござるか……」

 会話はそれだけで、すぐに少女もキモヲタもそれぞれの物思いに戻っていきました。景色を眺めるキモヲタの横顔にチラッと視線を向けながら、少女は考えました。

(コイツには色々と酷いこともされた気がするけど、それでもこの男がボクの耳と尻尾を治してくれたことは間違いない。もうコイツの奴隷になっちゃったし、せめて耳と尻尾の恩を返すまでは、付き合ってやってもいいかな。ま、まぁ、もしまたエッチなことをしようとしたら蹴飛ばすけど……)

 それから少し考えてから犬耳少女は小さい声でつぶやきました。

「キーラ」

 その声に気がついたキモヲタが、キーラに向き直りました。

「えっ? えっ? なんでござるか?」

「ボクの名前だよ! キーラ!」

 そう言って顔を少し赤らめるキーラをポカンと見ていたキモヲタ。

 ここで軽くキモヲタが自分の名を名乗って、再び景色を眺める作業に戻っていれば、それなりにカッコイイ場面で終わっていたところでした。

 が、そこはやはりキモヲタ。突然、アワアワしながら立ち上がると――

「わ、我輩はキモヲタと申します。ケチな転移者でございますれば、どうか以後お見知りおきを! よろしくオナシャシャスでございまする!」

 と、頭を下げながら片手をキーラに差し出すのでした。

 当然、馬車に同乗していた全員が「何事が起ったのか」と、キモヲタとキーラに視線を向けます。

「知ってる! 知ってるから座って、座ってキモヲタ!」
 
 自分たちに視線が集まっているのを見たキーラが、慌ててキモヲタを席に座らせました。

「ハッ!? ややっ、これは皆さま、大変失礼したでござる。デュフコポー」

 荒く息をして汗を拭うキモヲタを見て――

 これから先が不安になるキーラでした。


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