ベスティエンⅢ

熒閂

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#22:Here comes a little gangster

Here comes a little gangster 01 ✤

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 とある週末、とあるマンション。外観も建物内も怪しい雰囲気はなく、新築感はないが古びた様子もない、ごく一般的なファミリータイプのマンション。
 レイアンズはそのマンションの一室のドアの前にいた。禮がインターホンを押そうとすると、杏が横からその手を制止した。

「ねえ、ほんまにウチも一緒でええん」

「ええよ。何で?」

「何でて……ココ、近江オーミさんちやで」

 不安そうな表情をしている杏とは対照的に、禮はニコッと微笑んだ。

「ハッちゃんが来ればて言うたんやから何も気にすることあれへんよ」

「イヤ、正確には来ればとは言わはってないし」

「え? 言うてなかった?」

「昨日近江さんが禮を誘わはったときに、もうウチと遊ぶ約束してるから言うたさかい、めちゃめちゃ仕方なさそーな顔で、オマエもええでて言わはっただけ」

「そやったかなー」と禮はやや首を傾げた。

「アンタ頭ええクセにどんな記憶力してんの」

 杏に責められた禮は、昨日の学校での会話をよくよく思い出してみた。一言一句違わず記憶している自信はないが、指摘されてみれば確かに杏が言うような話の流れだった気がする。

「そう言えばそんなかんじやった気もする。アンちゃんが嫌なら別のトコ遊びに行こっか」

「アンタ、何て言うて近江さんに断るつもり?」

「アンちゃんが気まずいから」

「アンタほんまに学年一位? そんな言い方したらウチが近江さん避けてるみたいやんかッ」

 杏は肩を怒らせてガーッと捲し立てた。禮と渋撥シブハツの関係性では何と言うことはないことかもしれないが、杏の立場ではそうはいかない。

「避けたいんかと思うた」

「さ、避けた――……いわけない、やん」

 杏は、禮から真っ直ぐに視線を向けられ、本音を言えずガクッと項垂れた。言えない。言えるはずがない。正直、まだまだ、かなり、荒菱館コーリョーカン高校の暴君が恐いだなんて。
 禮は、俯いた杏の顔を真横から覗きこんだ。

「だいじょぶ?」

「……だいじょぶ。腹くくった」

 ええい、ままよ。禮の親友を名乗るならば、いつまでもその恋人を恐れていられない。
 ピンポーン。
 禮がインターホンを押した。間もなく玄関のドアが開かれた。

「はいはーい。いらっしゃーい」

 その軽快な声質は明らかに渋撥のものではなかった。
 ドアの向こうから姿を現したのは目映い金髪の青年。彼の登場は予想してなかったから、杏は目を見開いた。

ジュンさん⁉」

 杏は予想外の美作の登場に驚いて一時的に固まってしまった。



 美作は禮と杏が入りやすいようにドアを大きく開いて手で押さえた。
 こんにちはー、と禮は杏より先に玄関のなかへ入った。慣れた様子で靴を脱いで室内へ進んでいった。
 取り残された杏は、ドアを開放した状態で固定している美作と目が合ってハッとした。何か話さなければと、慌てて口を開いた。

「純さんも近江さんに家に誘われたんですか」

「残念ながら、近江さんのほうから遊びに誘われたことは入学してこの方、一遍もあれへんねん。今日も俺が勝手に寄らしてもろただけや」

 美作はハハッと笑いを溢し、玄関へ入ってくるよう杏を手招きした。杏が玄関へ急いで駆けこんだあと、すぐに背後でバタンッと扉の閉まる音がした。

(思いがけず、純さんの私服見た✨)

 見慣れない私服姿は、杏を一瞬ドキッとさせた。一般家庭の玄関にふたり、美作との距離がいつもよりも近くて脈拍が早まった気がする。

「アンちゃんは近江さんち来るの初めてか?」

 美作は爪先に引っかけていただけのスニーカーを脱ぎ捨てて上がり框に上がった。

「はっ、はい。モチロン!」

「ほなラッキーやったかもな。いま丁度レアな御方がいてんねん」

「レア?」と杏は首を傾げた。




 杏は美作から、さあさあ中へ、と促され廊下を進んだ。
 廊下の先はリビング。リビングを覗くと、大きなテレビがあり、その前にローテーブルとソファがあった。其処に鶴榮ツルエと、先に室内へ入っていった禮がいた。
 顔の向きを横へスライドすると渋撥がいた。キッチンに面したカウンターのチェアに腰掛け、ひとりの女が背中から両腕を回して抱きついていた。

「今日一日だけでええからお願いハッちゃん🩷」

「断る」

「代わりに何でもお願いきいたげるから」

「オマエ何もでけへんやろ」

(女がおる! 浮気現場ッ‼)

 白い腕を回してべたべたと密着し、猫撫で声を出しておねだりをする。杏には情婦のそれにしか見えなかった。

「近江さんやっぱり禮の他に女おったんですか! 禮がいてるのにあんな堂々とッ」

 杏は目くじらを立て、渋撥を指差して美作に訴えた。
 美作はアハッと噴き出した。

「あれは近江さんのおかんや」

「えええええッ! あんな美人が⁉」

 杏は正直な感想を大声で発表してしまった。
 渋撥の実母・撥香ハツカは我が子に腕を回したまま顔を上げ、声を上げた杏をジーッと見詰めた。
 杏も口を半開きにして撥香を不躾に凝視してしまった。無意識に親子である共通点を探そうとしたが、どのパーツも似ていなかった。それ以上に、高校生の息子がいるとは思えない若々しさと美しさに目を瞠った。
 撥香は美人と賞賛されたことに気をよくしてニコッと微笑みかけた。

「あらあ、初めて見る子やわ。純ちゃんのカノジョ?」

「ちゃっ、ちゃいます!」

 杏は咄嗟に大声で否定した。その言葉はナイフのように美作の胸にグサッと突き刺さった。

「そんなハッキリ言わんでも……。俺なんかのカノジョ思われたらやっぱイヤか……」

「えっ⁉ イヤ、そういうことじゃなくてッ……焦ってしもてつい!」

 美作は胸を押さえて杏から顔を背けた。杏は慌ててフォローするが、与えてしまったダメージをゼロにすることはできなかった。男子高校生は傷つきやすいのです。特に異性に関しては。

「ハッちゃん。ハッカちゃんのおねがいきいてあげればええのに」

 禮が鶴榮に対して零した一言を撥香は聞き逃さなかった。渋撥から離れ、禮を正面からハグして頬擦りした。

「はーー、禮ちゃんはほんま素直でカワイイわー。ハッちゃんには勿体ない」

「オイッ。要らんこと言うな」

 渋撥は自分の脇にある手の平に収まるサイズの球体をぺしんっと叩いた。

「用事があるんやろ。コレ連れてさっさと行け」

「せ~や~か~ら、ハッちゃんが預かってくれへんさかい出て行かれへんやん」
〝コレ〟――――渋撥が軽々しく叩いて見せた球体は、子どもの頭だった。

 神流 嵐士[カンナ アラシ]――――
 渋撥の父方の従兄弟に当たる小学生男児。歳は離れているが互いにたったひとりの従兄弟同士だからか、渋撥にとても懐いている。
 背丈は標準的な小学生サイズ。全体的な印象は幼子らしい愛らしさがあるが、目付きは鋭く、面差しが何処となく渋撥に似ている。

 渋撥の父親・渋粋はとても兄弟仲がよかった。予期せず子どもを授かり未熟な点も多い若夫婦を、愚か者と一蹴せずに味方でいてくれた。若夫婦のおしどり振りや生まれてきた赤ん坊の成長を喜んでくれた。
 渋粋の逝去後も、渋粋の兄と撥香との交流は続いている。女手ひとつでやんちゃな男の子を育てるのは大変だろうと様々な手助けをしてくれた。
 今日は、撥香と渋粋の兄夫婦という親同士で、嵐士を渋撥に預けてたまには羽を伸ばそうという計画。撥香は嵐士を迎えに行って自宅に連れてきた。しかし、肝心の渋撥が首を縦に振らないので説得中というわけだ。
 カウンターチェアに腰掛けている渋撥の影から少年が出てきた。周囲を威嚇しているつもりか、前髪をピンピンに立てて尖らせている。
 しかし、身の丈の小さな少年が如何に胸を張っても、女子高生たちの目には可愛らしいとしか映らなかった。禮と杏は嵐士を取り囲んでしゃがみこんだ。

「やーカワイイー🩷」

「禮。ちょっとコレ見てえな。めっちゃ前髪ツンツンしてる」

「ピンピン立ってる~♪ カワイイ~~」

 可愛いと判断したものに群がるのは乙女の生態。禮と杏は間近で嵐士の顔を覗きこんだり、尖った髪の毛の先端に指で触れたりした。
 同じ男であるのに小さいというだけで女の子のほうから寄ってくるのだから子どもは得だな、と美作は内心少し羨ましかった。

「オマエらどっちや」

 嵐士はふたりに向かって乱暴に放言した。
 ふたりは子どもの使う言葉にいちいち気分を害すことはなかった。

「どっちてどーゆー意味?」

「オマエらのどっちが撥兄ハツにいのオンナや」

 バシンッ!
 いつの間にか近くに来ていた鶴榮が、嵐士の頭を叩いた。
 鶴榮と渋撥は物心ついた頃には一緒にいた幼馴染み。渋撥の従兄弟である嵐士は、最早鶴榮の親戚のような感覚だ。鶴榮は容赦なく手を出し、嵐士もそれを赤の他人のくせにとは思わず、正真正銘の血縁である渋撥も撥香も受け容れていた。

鶴兄ツルにいイテエ!」と嵐士は頭を押さえて顔を上げた。

「オマエは何ちゅう口の利き方や。カワイイ姉ちゃんとは仲ようせえ言うてるやろ」

「オレは女なんかと仲ようせんでええねん、鶴兄ツルにい

 嵐士は渋撥の顔を見上げた。

「なー、撥兄ハツにいどっち? 黒いほう、金のほう?」

「色で区別すんな嵐士。アホがバレるで」

「禮」と渋撥は、嵐の前にしゃがみこんでいる黒い毛並みにぽんっと手を置いた。
 嵐士は眉間に皺を寄せ、真贋でも見極めるかのようにジーッと禮の顔を凝視した。禮は少し気恥ずかしそうにエヘヘとはにかんだ。

「ウソや。この女ヒンソーやから」

 嵐士の直接的な表現は、禮の眉間を撃ち抜いた。

「オマエ、意味分かって使ってるか?」と鶴榮からの問いかけに、嵐士は頷いた。渋撥の部屋のドアを指差して自信満々に胸を張った。

撥兄ハツにいのタイプは胸のデカイ姉ちゃんや。撥兄ハツにいの部屋にあったエロ本の姉ちゃんはみんな乳デカかった!」

「俺の部屋に勝手に入るな嵐士」

 渋撥は嵐士の耳を抓んで捻った。
 ギャァァアアアーッ、と嵐士は悲鳴を上げて暴れるが渋撥の力は緩まなかった。
 撥香がポンッと渋撥の肩に手を添えた。

「男の六割はおっぱい星人いうさかい、別に巨乳好きは恥ずかしいことちゃうんちゃう?」

「誰が巨乳好きやねん。エロ本に載っとる女なんか大体胸デカイわ」

 撥香は爽やかな笑顔。流石は見かけは尋常ではなく若くても男子高校生の母だ。

「オマエが隠さんとその辺に置いとくからや。何でも莫迦みたいに堂々としくさって」

曜至ヨージが勝手に押しつけてきたモン後生大事だいじにしまっとくか」

 鶴榮は何度も渋撥の私室を訪れている。その類いのものもドアを開ければすぐに目に付くところに放置していることは事実だ。渋撥が積極的に欲したのではなく曜至が押しつけたというのも事実だろう。彼は何故だかは知らないが紙媒体を好む。しかし、それを放置しておくのは愚かだ。
 撥香は壁掛け時計に目を遣り「あ」と声を漏らした。キッチンカウンターの上にある自分のスマートフォンを手に取り、同じく置いていたハンドバッグのなかに押しこんだ。チェアに掛けていた上着を掴み取った。

「そろそろ出なあかん時間やわ。ほな、あっちゃんのことお願いね~ハッちゃん」

「何がお願いや。俺は断ってるやろ」

「みんなで遊ぶんやから小さい子ひとりぐらい増えてもええやないの」

「何でジャリ連れて女と遊ばなあかんねんッ」

「せやけどあっちゃんはノリノリやで」

 嵐士は渋撥のシャツを両手で握り締めた。何が何でも引き剥がされないぞという強い意志を感じる。

「オレは撥兄ハツにいがええ~!」

「このジャリ💢」

 撥香は素早くリビングから玄関へ続く廊下へと出た。そこから体半分だけを出してヒラヒラと手を振った。

「くれぐれも、酒とタバコはまだ覚えささんといてね🩷」

「知るかッ」

 渋撥は怒鳴ったが撥香には何も効かなかった。アハハハハ、と陽気な高い笑い声が玄関へと移動してゆく。その声に神経を逆撫でされ、渋撥の両肩がわなわなと打ち震えた。
 美作は何とも言えない表情で天井を見遣った。
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