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#23:Die schmerzlose Bestie
Great Cygnus flluters 02
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緋色の手勢にとって実質的には敵はたったふたりに過ぎない。ひとりとひとりが合わさってふたりになっただけなのに、その何倍もの敵とぶつかっている気分だった。すでに仲間の半数は地べたに這い蹲っている。
「たったふたりにどんだけ手こずってんだ!」
副総長の男は檄を飛ばした。しかし、手下たちはひとり、またひとりと着実に倒れ、当初の戦意は失われていた。
掻き集めたところで匹夫は匹夫、凡庸は凡庸。そして如何なるときも王は王。数の優位性を覆す圧倒的気魄、それが渋撥と禮にはあった。
大塔は、緋色の手勢を迎撃する渋撥と禮を睨みつけて鼻の頭に皺を寄せた。
「…………。アイツら退かせろ」
副総長は、大塔の言葉を聞いて弾かれたように振り返った。
バサンッ、と大塔は特攻服を翻し、自分のバイクを駐めた方向へと歩き出した。
副総長は慌てて早足で大塔を追った。
「でも大塔さん、近江のヤツをせっかくここまで追い詰めたのに……!」
随一の武闘派暴走集団・赤菟馬にとっても《荒菱館の近江》は強敵だ。数多の強者と数え切れないほどの兵隊を擁す荒菱館高校に絶対的に君臨している。その大敵が多勢に無勢に追いこまれ、深手を負い、不利な情況にも関わらず何故か足手纏いを捨てようともしない。このような好機は滅多にない。この機を逃してしまえば次にいつ巡ってくるか分からない。
「オマエ、近江のクソはバケモンやと思うか?」
「ハイ。勿論です」
「俺もや」
大塔はピタッと足を停めて副総長のほうを振り返った。
「俺はな、とんでもないロクデナシのクソバケモンの近江をぶっ殺したいんや。そんなアイツを圧倒的にボロクソにしたりたいねん」
ソレが奴に与えられるべき相応の罰だ。奴が〝あの人〟に与えた苦痛のすべてを応酬すべきだ。踏み躙ったように踏み躙られて、苦しめたように苦しめられて、殺したように殺されて、罪人として野垂れ死ね。惨めに、惨めに、惨めに――――!
「今はまだこっちも頭数減らすワケにはいかん」
「本当に、いいんですか」
「まだやらなあかんことがある。バケモノ退治はそれが片付いてからや」
大塔は見切りを付けた言い方とは裏腹にギリッと奥歯を噛んだ。副総長は、好機を逃して最も歯痒いのは引くことを決断した大塔自身なのだと察した。
大塔は業腹を抱え、踵を叩きつけるようにして歩いていった。
「退けーーッ‼」
副総長の号令が倉庫内に轟いた。
緋色の手勢は当惑した。一見して仇敵を追い詰めている場面で、よもや撤退命令が出るとは思ってもみなかった。
「ひ、退くのか……?」
「せっかく近江ブチ殺せるチャンスなのに!」
「総長の命令だ。グズグズすんなッ!」
副総長から怒声混じりに急かされた。立っている者は方向転換し、這い蹲っていた者は慌てて立ち上がった。昏倒している者を揺り起こし、ひとりで動けぬ者には肩を貸し、彼らはゾロゾロと大塔の許へと集った。
禮は肩で息をしながら、その光景を訝しげに観察した。まるで引き潮だ。先ほどまで怒濤のように押し寄せていたのに一気に引いてゆく。警戒はまだ解かなかった。油断して反転攻勢を喰らってはたまったものではない。
禮の視界の端で、渋撥が足許からバットを拾い上げた。緋色の手勢の誰かが落としていったものだ。そんなものをどうするのだろう、と不思議に思っていたら、渋撥はブンッとバットを放り投げた。
ヒョンヒョンヒョンッ、とバットは高速で回転しながら空を切った。
ボッゴォッ!
バットはひとりの男の頭部に見事ヒットした。「ゲアッ」と一声上げてその場にバタッと倒れた。
渋撥は闇雲に投擲したのではなかった。狙いどおりにヒットして心なしかスッキリした顔でフンッと鼻息を吐いた。
「覚えとけ言うたやろ。メモリー残ってんで、ボケが」
――意外と執念深いなあ、ハッちゃん。
禮は渋撥の意外な一面を見てポカンと呆けてしまった。
ふーー、と渋撥は深い息を吐いてゆったりと大仰に背筋を伸ばした。首を回してゴキンッゴキンッと豪快な音を鳴らした。改めて気合いを入れ直し、或る一点に目を据えた。視線の先には大塔轍弥がいた。
「大塔ォ」
大塔は渋撥のほうを振り返った。その声に呼ばれて無視するわけにはいかなかった。
仇敵との間の距離など関係ない。一足飛びでは喉元に食いかかることができないとしても憎悪は制御できない。憎悪は永久に不可視であり朽ちない。自分が其処に在ると呪えばいつまでも在り続ける。距離も超越し、物質も透過し、どちらかが消滅するまで敵対し合うしかないのだ。
「ハッキリ言うとくけどなァ、赤菟馬の総長もアイツが遺したモンも俺は一個も要らん」
「要らん、か……」
大塔は無意識にグググッと拳を握り締めた。爪が皮膚に食いこんでも力を緩めず肩が小刻みに震える。
隣にいる副総長が、大塔さん、と小声で急かした。副総長も大塔自身も、一時前に総長として下した判断は正しいと考える。しかし、湧き起こる憎悪を押しこめてその判断に従うには多大なる忍耐を要した。
大塔は、ッハアーー、と大きな息を吐いた。
「その台詞忘れんなよこのクソボケが。オドレが要らんっちゅうモンも大事で大事でしゃあないモンも、オドレブチ殺して全部分捕ったるからなァア」
最も長く大塔に連れ添い、最も信頼されているはずの副総長ですら聞いたことがないくらい鬼気迫る声だった。
大塔を先頭にバイクに跨がった緋色の男たちが倉庫から列を成して姿を現した。
日頃人気のなくなる時間帯に、海際のタイヤ止めに黒塗りの高級車が何台も駐車されているのは珍しいことであり、彼らも不審に思った。黒いスーツを着用した屈強な男たちが居並ぶ光景によって、自分たちは別件の事件が発生しているのではと勘繰った。
何より目を引いたのは赤毛の少年。夜の海、黒い車、黒ずくめの男たち、何もかも暗い景色のなかで、鮮やかな髪色が一際目立った。
「あ、アレ津伍や」と赤菟馬のひとりが気づいた。
お前たちは先に行っていろ、と副総長は手下に指示した。
大塔と副隊長のふたりだけが残り、津伍の前までバイクを移動させた。黒いスーツ姿の屈強な男たちは一糸乱れぬ動きで一斉に大塔のほうへと体の正面を向けた。
大塔は、片膝を抱えて鎮座している津伍を見てハッと笑みを漏らした。
「相変わらずフランス人形みたいにキレエなカオやな」
生まれつきだよ、と津伍はニコッと笑みを返した。
大塔は、彼が此処にこうして座していたということは中で何が起きていたか或る程度推知しているくせに、よく笑顔を見せられるものだと思った。譬え行いを責められたとて詫びるつもりは毛頭ないが。
「いつからここにおった? オマエは何でもスグ嗅ぎつけよるな。金の力は偉大やで」
「真っ赤な特攻服で団体行動は嫌でも目立つで、テツ君」
「しゃあない。これだけは変えるワケにはいかん」
大塔は先ほどまで仇敵と対峙していたときとは別人のような雰囲気だった。津伍に対しては笑み交じりに冗談っぽい話し方をし、津伍も大塔の行いを追及せず愛嬌を振りまいた。
暴走族の総長と財閥の令息。奇妙な取り合わせだが、このふたりにとっては互いは特別な存在だった。
津伍は抱え上げていた足をストンと地面に降ろして「あのね」と切り出した。
「もう退けるとこやから余計なお世話かもやけど、なるだけ早よぅここから離れたほうがええで。もうそろそろツル君が着く頃やから」
お前……、と大塔の表情がやや険しくなった。津伍は眉尻を下げて苦笑した。
「オレが教えたんちゃうで。団体行動は目立つで、言うたやろ。ツル君の独自ルートで耳に入ったみたいやで。まだ日のある内からテツ君が大人数で動いてる、ハツ君と連絡とれへん、なんて何か起きてるてピンと来るで。ツル君は異様に勘がええさかい」
津伍は内心大塔に掴みかかられても仕方がないと覚悟した。しかし、大塔は眉間に皺を刻んだだけで、まだ口許では笑みを作っていた。
「……で? オマエはどうするつもりや。俺を引っ捕まえて差し出すんか」
大塔からそう言われ、津伍は黒いスーツの男たちに視線を巡らせた。この手勢ならば成る程、男ふたりを取り押さえる程度のことは難はない。如何に大塔たちがケンカ慣れしているとはいえ所詮は素人、此方は訓練されたプロだ。
「ああ、コレ? コレはテツ君の為に用意したんちゃうよ。オレのボディガード」
「ボディガード言うてもでけへんことないやろ。そんだけ人数おったら簡単なことや」
「そりゃあまあ、やろうと思えば」
「今回ばっかりは近江の味方してもええんやで、津伍」
アハハ、と津伍は大塔の提案を笑い飛ばした。
「そんなこと言うて。オレはハツ君の味方ちゃうよ」
「俺の味方にもならんけどな」
大塔は皮肉っぽく放言した。
それきりふたりの間で会話も、笑みも消失した。
津伍は両手を後方に投げ出してボンネットの上に突いた。いいえ、君の味方になる、とは言うつもりはなかった。譬え、この場で大塔から掴みかかられたり、脅されたり、罵られたとしても、それだけはできない。それだけは決してしないと、とうに心に決めている。
津伍の心の中にも〝あの人〟がいた。大塔が津伍を特別扱いする理由、別世界に住むふたりをつなぐ理由、それがあの人だ。もう二度と取り返せないあの人との想い出を共有している、哀しいシンパシー。
ドッドッドッドッ、という規則的なエンジン音のなか、大塔はしばらく無言で津伍の顔を見詰めた。
「イヤ、それでええねん津伍。オマエは〝あの人〟以外、誰の味方にもなるな」
「……うん。オレはずっとこのまんまやで」
ドルゥウンッ、とエンジン音が鳴った。
大塔はすでに津伍のほうではなく進行方向を見据えていた。
ああ、行ってくれるのだな、と津伍は安堵した。鶴榮の到着するであろう時刻までもう間もない。できれば、これ以上深刻な事態になってほしくない。
どちらの味方もできない、どちらの敵に回ることもできないくせに、独り善がりに平穏を願った。
「たったふたりにどんだけ手こずってんだ!」
副総長の男は檄を飛ばした。しかし、手下たちはひとり、またひとりと着実に倒れ、当初の戦意は失われていた。
掻き集めたところで匹夫は匹夫、凡庸は凡庸。そして如何なるときも王は王。数の優位性を覆す圧倒的気魄、それが渋撥と禮にはあった。
大塔は、緋色の手勢を迎撃する渋撥と禮を睨みつけて鼻の頭に皺を寄せた。
「…………。アイツら退かせろ」
副総長は、大塔の言葉を聞いて弾かれたように振り返った。
バサンッ、と大塔は特攻服を翻し、自分のバイクを駐めた方向へと歩き出した。
副総長は慌てて早足で大塔を追った。
「でも大塔さん、近江のヤツをせっかくここまで追い詰めたのに……!」
随一の武闘派暴走集団・赤菟馬にとっても《荒菱館の近江》は強敵だ。数多の強者と数え切れないほどの兵隊を擁す荒菱館高校に絶対的に君臨している。その大敵が多勢に無勢に追いこまれ、深手を負い、不利な情況にも関わらず何故か足手纏いを捨てようともしない。このような好機は滅多にない。この機を逃してしまえば次にいつ巡ってくるか分からない。
「オマエ、近江のクソはバケモンやと思うか?」
「ハイ。勿論です」
「俺もや」
大塔はピタッと足を停めて副総長のほうを振り返った。
「俺はな、とんでもないロクデナシのクソバケモンの近江をぶっ殺したいんや。そんなアイツを圧倒的にボロクソにしたりたいねん」
ソレが奴に与えられるべき相応の罰だ。奴が〝あの人〟に与えた苦痛のすべてを応酬すべきだ。踏み躙ったように踏み躙られて、苦しめたように苦しめられて、殺したように殺されて、罪人として野垂れ死ね。惨めに、惨めに、惨めに――――!
「今はまだこっちも頭数減らすワケにはいかん」
「本当に、いいんですか」
「まだやらなあかんことがある。バケモノ退治はそれが片付いてからや」
大塔は見切りを付けた言い方とは裏腹にギリッと奥歯を噛んだ。副総長は、好機を逃して最も歯痒いのは引くことを決断した大塔自身なのだと察した。
大塔は業腹を抱え、踵を叩きつけるようにして歩いていった。
「退けーーッ‼」
副総長の号令が倉庫内に轟いた。
緋色の手勢は当惑した。一見して仇敵を追い詰めている場面で、よもや撤退命令が出るとは思ってもみなかった。
「ひ、退くのか……?」
「せっかく近江ブチ殺せるチャンスなのに!」
「総長の命令だ。グズグズすんなッ!」
副総長から怒声混じりに急かされた。立っている者は方向転換し、這い蹲っていた者は慌てて立ち上がった。昏倒している者を揺り起こし、ひとりで動けぬ者には肩を貸し、彼らはゾロゾロと大塔の許へと集った。
禮は肩で息をしながら、その光景を訝しげに観察した。まるで引き潮だ。先ほどまで怒濤のように押し寄せていたのに一気に引いてゆく。警戒はまだ解かなかった。油断して反転攻勢を喰らってはたまったものではない。
禮の視界の端で、渋撥が足許からバットを拾い上げた。緋色の手勢の誰かが落としていったものだ。そんなものをどうするのだろう、と不思議に思っていたら、渋撥はブンッとバットを放り投げた。
ヒョンヒョンヒョンッ、とバットは高速で回転しながら空を切った。
ボッゴォッ!
バットはひとりの男の頭部に見事ヒットした。「ゲアッ」と一声上げてその場にバタッと倒れた。
渋撥は闇雲に投擲したのではなかった。狙いどおりにヒットして心なしかスッキリした顔でフンッと鼻息を吐いた。
「覚えとけ言うたやろ。メモリー残ってんで、ボケが」
――意外と執念深いなあ、ハッちゃん。
禮は渋撥の意外な一面を見てポカンと呆けてしまった。
ふーー、と渋撥は深い息を吐いてゆったりと大仰に背筋を伸ばした。首を回してゴキンッゴキンッと豪快な音を鳴らした。改めて気合いを入れ直し、或る一点に目を据えた。視線の先には大塔轍弥がいた。
「大塔ォ」
大塔は渋撥のほうを振り返った。その声に呼ばれて無視するわけにはいかなかった。
仇敵との間の距離など関係ない。一足飛びでは喉元に食いかかることができないとしても憎悪は制御できない。憎悪は永久に不可視であり朽ちない。自分が其処に在ると呪えばいつまでも在り続ける。距離も超越し、物質も透過し、どちらかが消滅するまで敵対し合うしかないのだ。
「ハッキリ言うとくけどなァ、赤菟馬の総長もアイツが遺したモンも俺は一個も要らん」
「要らん、か……」
大塔は無意識にグググッと拳を握り締めた。爪が皮膚に食いこんでも力を緩めず肩が小刻みに震える。
隣にいる副総長が、大塔さん、と小声で急かした。副総長も大塔自身も、一時前に総長として下した判断は正しいと考える。しかし、湧き起こる憎悪を押しこめてその判断に従うには多大なる忍耐を要した。
大塔は、ッハアーー、と大きな息を吐いた。
「その台詞忘れんなよこのクソボケが。オドレが要らんっちゅうモンも大事で大事でしゃあないモンも、オドレブチ殺して全部分捕ったるからなァア」
最も長く大塔に連れ添い、最も信頼されているはずの副総長ですら聞いたことがないくらい鬼気迫る声だった。
大塔を先頭にバイクに跨がった緋色の男たちが倉庫から列を成して姿を現した。
日頃人気のなくなる時間帯に、海際のタイヤ止めに黒塗りの高級車が何台も駐車されているのは珍しいことであり、彼らも不審に思った。黒いスーツを着用した屈強な男たちが居並ぶ光景によって、自分たちは別件の事件が発生しているのではと勘繰った。
何より目を引いたのは赤毛の少年。夜の海、黒い車、黒ずくめの男たち、何もかも暗い景色のなかで、鮮やかな髪色が一際目立った。
「あ、アレ津伍や」と赤菟馬のひとりが気づいた。
お前たちは先に行っていろ、と副総長は手下に指示した。
大塔と副隊長のふたりだけが残り、津伍の前までバイクを移動させた。黒いスーツ姿の屈強な男たちは一糸乱れぬ動きで一斉に大塔のほうへと体の正面を向けた。
大塔は、片膝を抱えて鎮座している津伍を見てハッと笑みを漏らした。
「相変わらずフランス人形みたいにキレエなカオやな」
生まれつきだよ、と津伍はニコッと笑みを返した。
大塔は、彼が此処にこうして座していたということは中で何が起きていたか或る程度推知しているくせに、よく笑顔を見せられるものだと思った。譬え行いを責められたとて詫びるつもりは毛頭ないが。
「いつからここにおった? オマエは何でもスグ嗅ぎつけよるな。金の力は偉大やで」
「真っ赤な特攻服で団体行動は嫌でも目立つで、テツ君」
「しゃあない。これだけは変えるワケにはいかん」
大塔は先ほどまで仇敵と対峙していたときとは別人のような雰囲気だった。津伍に対しては笑み交じりに冗談っぽい話し方をし、津伍も大塔の行いを追及せず愛嬌を振りまいた。
暴走族の総長と財閥の令息。奇妙な取り合わせだが、このふたりにとっては互いは特別な存在だった。
津伍は抱え上げていた足をストンと地面に降ろして「あのね」と切り出した。
「もう退けるとこやから余計なお世話かもやけど、なるだけ早よぅここから離れたほうがええで。もうそろそろツル君が着く頃やから」
お前……、と大塔の表情がやや険しくなった。津伍は眉尻を下げて苦笑した。
「オレが教えたんちゃうで。団体行動は目立つで、言うたやろ。ツル君の独自ルートで耳に入ったみたいやで。まだ日のある内からテツ君が大人数で動いてる、ハツ君と連絡とれへん、なんて何か起きてるてピンと来るで。ツル君は異様に勘がええさかい」
津伍は内心大塔に掴みかかられても仕方がないと覚悟した。しかし、大塔は眉間に皺を刻んだだけで、まだ口許では笑みを作っていた。
「……で? オマエはどうするつもりや。俺を引っ捕まえて差し出すんか」
大塔からそう言われ、津伍は黒いスーツの男たちに視線を巡らせた。この手勢ならば成る程、男ふたりを取り押さえる程度のことは難はない。如何に大塔たちがケンカ慣れしているとはいえ所詮は素人、此方は訓練されたプロだ。
「ああ、コレ? コレはテツ君の為に用意したんちゃうよ。オレのボディガード」
「ボディガード言うてもでけへんことないやろ。そんだけ人数おったら簡単なことや」
「そりゃあまあ、やろうと思えば」
「今回ばっかりは近江の味方してもええんやで、津伍」
アハハ、と津伍は大塔の提案を笑い飛ばした。
「そんなこと言うて。オレはハツ君の味方ちゃうよ」
「俺の味方にもならんけどな」
大塔は皮肉っぽく放言した。
それきりふたりの間で会話も、笑みも消失した。
津伍は両手を後方に投げ出してボンネットの上に突いた。いいえ、君の味方になる、とは言うつもりはなかった。譬え、この場で大塔から掴みかかられたり、脅されたり、罵られたとしても、それだけはできない。それだけは決してしないと、とうに心に決めている。
津伍の心の中にも〝あの人〟がいた。大塔が津伍を特別扱いする理由、別世界に住むふたりをつなぐ理由、それがあの人だ。もう二度と取り返せないあの人との想い出を共有している、哀しいシンパシー。
ドッドッドッドッ、という規則的なエンジン音のなか、大塔はしばらく無言で津伍の顔を見詰めた。
「イヤ、それでええねん津伍。オマエは〝あの人〟以外、誰の味方にもなるな」
「……うん。オレはずっとこのまんまやで」
ドルゥウンッ、とエンジン音が鳴った。
大塔はすでに津伍のほうではなく進行方向を見据えていた。
ああ、行ってくれるのだな、と津伍は安堵した。鶴榮の到着するであろう時刻までもう間もない。できれば、これ以上深刻な事態になってほしくない。
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