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Kapitel 09:懸隔
刺客 01
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白と銀太の登校後。
天尊は耀龍とともに街にいた。その後ろには耀龍の侍従・縁花。
普段であれば白と銀太を送り出したあとは、散歩がてら近所のパーラーにでも顔を出すところだ。珍しく街に繰り出した理由は、耀龍から此国での生活に必要なものの買い出しに付き合ってほしいと申し入れられたからだ。
天尊と耀龍は、二人ともに顔立ちの整った兄弟だ。此国では目立つ毛色である点を差し引いても、連れ立っているだけで人目を引く。さらに、プロレスラーのように屈強な侍従は、黒いスーツにサングラスを掛け、只者ではないオーラを放った。街ゆく人々は彼らをチラチラと見はするが、誰も近づこうとしなかった。
「生活に要るものといってもお前、買ったのは服ばかりじゃないか」
「だって必要でしょ。学校には毎日行かなきゃいけないんだよ」
耀龍はキョトンとして天尊に言い返した。耀龍は手ぶらだが、後ろを歩いている侍従は大きな荷物を抱えている。これは耀龍がすぐに着たいと言ったものであり、これ以上の荷物が後日自宅に配送される手筈だ。
「毎日違う服を着る気か。家とガッコの往復しかないんだから、服なんか不自然でなければ何でもいい」
「天哥々は衣装にもう少し気を配ったほうがいいよ。ふ・し・ぜ・ん」
「どこがだ」
耀龍は天尊と縁花を順番に指差した。
「スーツは仕事着やフォーマルな衣装。普段出歩くときはもっとラフな服装にしなきゃ。天哥々こそ不自然じゃない身形を心懸けたほうがいいんじゃない。長めに滞在するつもりなんでしょー」
天尊は耀龍の顔を見て口を一文字に結んだ。
耀龍にはそれが不機嫌な表情に見え、咄嗟にやや身構えた。いつも軽々しく頭を叩かれるが、当然ながら痛いのは好まない。
「なに。また叩くの」
「流石にミズガルズで修学したいなどと考えるだけあると思っただけだ」
耀龍はホッとして緊張を解いた。
「むしろ、オレはみんな何で興味がわかないのか不思議だよ。オレたちと見た目はほぼ同じなのに、中身がまったく違って、全然違う大地で生きてかなきゃいけなくて、それで絶滅せず生命活動を続ける生き物。しかも言語コミュニケーションが可能だ。彼らがどういう感じ方をして、何を考えて、何を信仰して、活動するのか興味深いよ」
耀龍との買い物の帰り道、天尊は商店街の煙草屋の前を通りかかった。いつも通り戴星が店番をしており、天尊を見つけると窓から顔を出して手を振ってきた。
天尊が店番の青年へと近寄っていき、耀龍と縁花もそのあとに続いた。
「よォ。タイセー」
「今日もピーチっスか」
「いや、今日は買い物に付き合わされている」
戴星は、天尊の後ろにいる二人組を見た。一人は中肉中背の青年だが、もう一人は黒ずくめの厳つい風貌をしており、正直あまりお近づきになりたくないと思った。
「俺の弟だ」
「どっちがスか……?」
俺の弟、という単語が聞こえた耀龍は、天尊の後ろから進み出て隣に並んだ。
色素が薄く軽やかな髪、甘い鼈甲色の瞳、少しの荒れもない肌。戴星には、陽光を受けた耀龍の笑顔がキラキラと輝いて眩しかった。
「初めまして。耀龍です」
(クッ。イケメンの弟はイケメンか! タイプは違うけど明らかにイケメンだッ)
「ど、どうも。馬司商店の戴星です」
耀龍は腰を折ってズイッと戴星に顔を近づけた。戴星が座している商店の中を窓から覗きこんでキョロキョロと観察した。
「キミはここに住んでるの? 小さくて可愛らしいお家だね」
戴星は面喰らった。耀龍の笑顔に不快感はない。悪意のない、純粋な疑問なのだろう。
「イヤ、住んではないだろ。こんな狭い所に」と天尊。
「此国は国土が狭いから、限られたスペースを工夫して如何に快適に過ごすかに重きを置く、狭小空間愛好文化があると聞いてたんだけど」
天尊と耀龍は二人揃って戴星の顔を見た。
そのように期待した眼差しを向けられても困る。自分が悪いわけでもないのに、期待に応えられないことが申し訳なくなってしまう。
「……住んでません」
二人は戴星の答えを聞いて少々ガッカリしたような表情を見せた。
「おかしいなー。オレの部屋も広めの部屋ですよって紹介されたけどかなり狭かったし、天哥々の部屋もクローゼットみたいだったし、狭いところを好むのは本当だと思ったんだけど」
「誰がクローゼットに住んでいるだと。そこに泊めてもらっておいて恩知らずが」
「あ、そうだ。そもそもベッドがもっと大きければ、天哥々も昨日狭い思いせずに済んだよね」
「お前が床で寝ればいいんだよッ」
(お、同じベッドで寝てるのか……。しかも昨日! ホヤホヤのゴシップーーッ!)
§ § § § §
夕方。
白と銀太は、二人で帰路のアスファルトを歩いていた。
白は学校帰りに銀太のお迎えに行き、その帰り道に夕飯の買い物を済ませた。教科書や勉強道具が詰まった通学バッグを肩から掛け、両手にスーパーのビニール袋を持った。それでもすべての荷物を持ちきれず、銀太にビニール袋をひとつ持ってもらった。
銀太の荷物は一番軽い。ブンブンと振り回しながら白に先んじて軽やかに歩いた。
「きょうはいっぱいかいものしたな」
「ヤオロンさんと付き人さんもゴハン一緒に食べるからね」
「ヤオロンさんじゃないってゆってただろ、ロンだぞ」
「あ、そっか。急に変えるのって変なカンジ」
銀太は立ち止まってクルッと振り向いた。自分のすぐ後ろを歩く白に向かって手を差し出した。
「オレもう1コもつよ」
「こっちは重たいよ」
「ダイジョーブ。もてる」
銀太から「早く」と催促され、白はフフフと笑った。
一方のビニール袋からもう一方の袋へとできるだけ中身を移し、軽いほうの袋を銀太に渡した。
銀太はふんすふんすと得意気な顔になった。
「力持ちだなー、銀太は」
「オウ。オレ、おとこだから。ティエンよりもちからもちになる」
「ティエンよりも?」
「ティエンよりもおっきくなるぞ」
「じゃー、いっぱい食べていっぱい寝ないとね」
銀太は、増やした荷物が少し重たくて今までのように振り回せなかったが、上機嫌だった。白のお手伝いをしているという自負は、足取りを軽くさせた。
白は、茜色に染まるアスファルトを銀太に続いて歩いた。両手に荷物を持っている銀太が転ばないか気にしつつ、ゆっくりと帰路を辿る。脳内で、このペースだと家に着くのは何時頃になるか計算し、帰宅してからの段取りをした。
ふと、足元に目を落とすと、進行方向からこちらに向かって一直線にアスファルトを這って来る鳥の影。影はヒュンッと高速で二人の頭上を通過した。
ストン。――不意に背後で足音。
白は、後ろから近づいてくる人の気配はなかったと思ったのに何だろうと、フラリと振り向いた。
見慣れない装束を着た男が二人。スタンドカラーで口許を隠した、踝まであるフラップ付きのロングコートのような代物だ。濃緑色のゴーグルで目線を覆っていた。
白は怪訝に思った。偶然お揃いの服を着た通行人とは到底思えない。夕暮れ時に現れて無言で立っているのが、こちらを向いて停止しているのが、不気味だった。
「ヒキドーアキラか」
知らない男の声が姉の名を呼んだ。白より先を歩いていた銀太は、声のほうを振り向いた。二人組の男を見るや否やハッと顔色を変え、一目散に白に駆け寄った。
「だれだ!」
銀太は今にも走り出して二人組に飛びかかりそうな勢いだ。
白はビニール袋からパッと手を離して銀太の腕を捕まえた。
銀太を捕まえたまま二人組の男たちをジッと見詰めた。男たちの正体は分からない。しかし、立ち居振る舞いや雰囲気から察しは付いた。おそらくは天尊と同類、つまり只の人間ではない存在。
「……どちら様ですか」
「質問に答えよ。君はヒキドーアキラか。我々は座標と外見的特徴から君をヒキドーアキラとほぼ断定している。これは人定質問である」
はい、そうです、とは素直に答えたくなかった。
相手の反応は一切無視し、取り付くしまもなく要求だけを押しつけてくる強硬な態度。おまけに無表情で愛想もない。好感を持つのは無理だった。
白が黙りこくって数十秒後、男が爪先にジャリッと力を入れた。
「否定しないのならば肯定とみなす」
抑揚のない低い声を聞いた瞬間、白の両腕をゾワッと鳥肌が覆った。
脳内は銀太を守らなければという思考に支配され、銀太の体を無理矢理グインッと自分のほうへと引き寄せた。男たちが何をしようとしているのか予測も付かないが、身を挺して守ろうとするのは、最早思考ではなく本能だ。
二人組の片割れがゴーグルに手を添えた。
「対象と接触。これより対象を確保します」
もう一方の男が地面を蹴り、白と銀太のほうへ猛スピードで突進した。
男は白の肩を押さえこみ、銀太の背中をむんずと掴んで引っ張り、力尽くで二人を引き離した。女子どもでは到底逆らえない腕力だった。
男は銀太の体を片手で軽々と持ち上げた。
白は、高く持ち上がった銀太に懸命に手を伸ばしたが、肩を押さえつけられて何度も宙を掻いた。
「銀太!」
もうひとりの男が白の背後に立ち、両手を捕まえて背中へと回した。白は腕から肩まで締め上げられ、うっ、と細い苦痛を漏らした。
「アキラ! アキラ! アキラにいたいことすんな! アキラをはなせッ!」
完全に宙に浮いている銀太は、手足をがむしゃらに動かして暴れた。
「子どもには何もしないでください!」
白の口からは自身を顧みることよりも先に銀太を庇う懇願が突いて出た。
男たちは最初に白を名指しした。その目的は白の捕獲だ。白を手中に収めた男は、銀太を吊り上げている相棒へ顎で合図を送った。
「捨てろ。対象以外は不要だ」
男は大声で騒ぐ幼子を宙で離した。幼子は腹這いの体勢でアスファルトに叩きつけられた。
銀太は全身を強かに打ちつけたが、泣きもせず立ち上がって白のほうへ駆け出した。男から首根っこを捕まえられて後方へと放り投げられた。アスファルトの上に転げたが、またすぐに顔を上げた。
「銀太! もういいから! ケガするからもうやめてッ」
「イヤだ! どっかいっちゃイヤだアキラ! アキラとべつべつなんかイヤだッ!」
銀太は何度も挑んだ。駆け出しては男の手に阻まれて突き飛ばされた。汚れも忘れてまた駆け出した。痛みも忘れて何度も果敢に飛びかかった。拳を握り締めて涙を堪えてひたすらに追い求めた。
「アキラをかえせーッ!」
男は繰り返される行為に辟易した。幼子を今までで一番強く突き飛ばした。
銀太の小さな体には大きすぎる衝撃により足が地面から離れた。背中から地面に落ちてゴロゴロゴロッとアスファルトの上を転がった。
挑んでも挑んでも届かず、駆けても駆けても前に進めず、地べたに這い蹲って拳を握るしかできない無力感。ようよう自我が目覚めたかという短い生涯、こんなにも強烈に無力感を思い知ったのは初めてだった。
――届かない。離される。遠くなる。アキラはすぐそこにいるのに。
「アキラぁああーーッ‼」
劈くような悲鳴に、白の胸は押し潰されそうだった。
白は自分を捕らえている男に必死に訴えかける。
「まだ子どもですよ! 乱暴しないでくださいッ」
「任務の障害は如何なるものも排除することが許可されている」
またしても無感情な抑揚の無い声での、無感情な言い草。従順温厚な白も頭にカッと血が上った。
「許可されてるとかされてないとかじゃなくてッ……子どもに乱暴するな!」
白は男の足を力任せに踏みつけた。
天尊は耀龍とともに街にいた。その後ろには耀龍の侍従・縁花。
普段であれば白と銀太を送り出したあとは、散歩がてら近所のパーラーにでも顔を出すところだ。珍しく街に繰り出した理由は、耀龍から此国での生活に必要なものの買い出しに付き合ってほしいと申し入れられたからだ。
天尊と耀龍は、二人ともに顔立ちの整った兄弟だ。此国では目立つ毛色である点を差し引いても、連れ立っているだけで人目を引く。さらに、プロレスラーのように屈強な侍従は、黒いスーツにサングラスを掛け、只者ではないオーラを放った。街ゆく人々は彼らをチラチラと見はするが、誰も近づこうとしなかった。
「生活に要るものといってもお前、買ったのは服ばかりじゃないか」
「だって必要でしょ。学校には毎日行かなきゃいけないんだよ」
耀龍はキョトンとして天尊に言い返した。耀龍は手ぶらだが、後ろを歩いている侍従は大きな荷物を抱えている。これは耀龍がすぐに着たいと言ったものであり、これ以上の荷物が後日自宅に配送される手筈だ。
「毎日違う服を着る気か。家とガッコの往復しかないんだから、服なんか不自然でなければ何でもいい」
「天哥々は衣装にもう少し気を配ったほうがいいよ。ふ・し・ぜ・ん」
「どこがだ」
耀龍は天尊と縁花を順番に指差した。
「スーツは仕事着やフォーマルな衣装。普段出歩くときはもっとラフな服装にしなきゃ。天哥々こそ不自然じゃない身形を心懸けたほうがいいんじゃない。長めに滞在するつもりなんでしょー」
天尊は耀龍の顔を見て口を一文字に結んだ。
耀龍にはそれが不機嫌な表情に見え、咄嗟にやや身構えた。いつも軽々しく頭を叩かれるが、当然ながら痛いのは好まない。
「なに。また叩くの」
「流石にミズガルズで修学したいなどと考えるだけあると思っただけだ」
耀龍はホッとして緊張を解いた。
「むしろ、オレはみんな何で興味がわかないのか不思議だよ。オレたちと見た目はほぼ同じなのに、中身がまったく違って、全然違う大地で生きてかなきゃいけなくて、それで絶滅せず生命活動を続ける生き物。しかも言語コミュニケーションが可能だ。彼らがどういう感じ方をして、何を考えて、何を信仰して、活動するのか興味深いよ」
耀龍との買い物の帰り道、天尊は商店街の煙草屋の前を通りかかった。いつも通り戴星が店番をしており、天尊を見つけると窓から顔を出して手を振ってきた。
天尊が店番の青年へと近寄っていき、耀龍と縁花もそのあとに続いた。
「よォ。タイセー」
「今日もピーチっスか」
「いや、今日は買い物に付き合わされている」
戴星は、天尊の後ろにいる二人組を見た。一人は中肉中背の青年だが、もう一人は黒ずくめの厳つい風貌をしており、正直あまりお近づきになりたくないと思った。
「俺の弟だ」
「どっちがスか……?」
俺の弟、という単語が聞こえた耀龍は、天尊の後ろから進み出て隣に並んだ。
色素が薄く軽やかな髪、甘い鼈甲色の瞳、少しの荒れもない肌。戴星には、陽光を受けた耀龍の笑顔がキラキラと輝いて眩しかった。
「初めまして。耀龍です」
(クッ。イケメンの弟はイケメンか! タイプは違うけど明らかにイケメンだッ)
「ど、どうも。馬司商店の戴星です」
耀龍は腰を折ってズイッと戴星に顔を近づけた。戴星が座している商店の中を窓から覗きこんでキョロキョロと観察した。
「キミはここに住んでるの? 小さくて可愛らしいお家だね」
戴星は面喰らった。耀龍の笑顔に不快感はない。悪意のない、純粋な疑問なのだろう。
「イヤ、住んではないだろ。こんな狭い所に」と天尊。
「此国は国土が狭いから、限られたスペースを工夫して如何に快適に過ごすかに重きを置く、狭小空間愛好文化があると聞いてたんだけど」
天尊と耀龍は二人揃って戴星の顔を見た。
そのように期待した眼差しを向けられても困る。自分が悪いわけでもないのに、期待に応えられないことが申し訳なくなってしまう。
「……住んでません」
二人は戴星の答えを聞いて少々ガッカリしたような表情を見せた。
「おかしいなー。オレの部屋も広めの部屋ですよって紹介されたけどかなり狭かったし、天哥々の部屋もクローゼットみたいだったし、狭いところを好むのは本当だと思ったんだけど」
「誰がクローゼットに住んでいるだと。そこに泊めてもらっておいて恩知らずが」
「あ、そうだ。そもそもベッドがもっと大きければ、天哥々も昨日狭い思いせずに済んだよね」
「お前が床で寝ればいいんだよッ」
(お、同じベッドで寝てるのか……。しかも昨日! ホヤホヤのゴシップーーッ!)
§ § § § §
夕方。
白と銀太は、二人で帰路のアスファルトを歩いていた。
白は学校帰りに銀太のお迎えに行き、その帰り道に夕飯の買い物を済ませた。教科書や勉強道具が詰まった通学バッグを肩から掛け、両手にスーパーのビニール袋を持った。それでもすべての荷物を持ちきれず、銀太にビニール袋をひとつ持ってもらった。
銀太の荷物は一番軽い。ブンブンと振り回しながら白に先んじて軽やかに歩いた。
「きょうはいっぱいかいものしたな」
「ヤオロンさんと付き人さんもゴハン一緒に食べるからね」
「ヤオロンさんじゃないってゆってただろ、ロンだぞ」
「あ、そっか。急に変えるのって変なカンジ」
銀太は立ち止まってクルッと振り向いた。自分のすぐ後ろを歩く白に向かって手を差し出した。
「オレもう1コもつよ」
「こっちは重たいよ」
「ダイジョーブ。もてる」
銀太から「早く」と催促され、白はフフフと笑った。
一方のビニール袋からもう一方の袋へとできるだけ中身を移し、軽いほうの袋を銀太に渡した。
銀太はふんすふんすと得意気な顔になった。
「力持ちだなー、銀太は」
「オウ。オレ、おとこだから。ティエンよりもちからもちになる」
「ティエンよりも?」
「ティエンよりもおっきくなるぞ」
「じゃー、いっぱい食べていっぱい寝ないとね」
銀太は、増やした荷物が少し重たくて今までのように振り回せなかったが、上機嫌だった。白のお手伝いをしているという自負は、足取りを軽くさせた。
白は、茜色に染まるアスファルトを銀太に続いて歩いた。両手に荷物を持っている銀太が転ばないか気にしつつ、ゆっくりと帰路を辿る。脳内で、このペースだと家に着くのは何時頃になるか計算し、帰宅してからの段取りをした。
ふと、足元に目を落とすと、進行方向からこちらに向かって一直線にアスファルトを這って来る鳥の影。影はヒュンッと高速で二人の頭上を通過した。
ストン。――不意に背後で足音。
白は、後ろから近づいてくる人の気配はなかったと思ったのに何だろうと、フラリと振り向いた。
見慣れない装束を着た男が二人。スタンドカラーで口許を隠した、踝まであるフラップ付きのロングコートのような代物だ。濃緑色のゴーグルで目線を覆っていた。
白は怪訝に思った。偶然お揃いの服を着た通行人とは到底思えない。夕暮れ時に現れて無言で立っているのが、こちらを向いて停止しているのが、不気味だった。
「ヒキドーアキラか」
知らない男の声が姉の名を呼んだ。白より先を歩いていた銀太は、声のほうを振り向いた。二人組の男を見るや否やハッと顔色を変え、一目散に白に駆け寄った。
「だれだ!」
銀太は今にも走り出して二人組に飛びかかりそうな勢いだ。
白はビニール袋からパッと手を離して銀太の腕を捕まえた。
銀太を捕まえたまま二人組の男たちをジッと見詰めた。男たちの正体は分からない。しかし、立ち居振る舞いや雰囲気から察しは付いた。おそらくは天尊と同類、つまり只の人間ではない存在。
「……どちら様ですか」
「質問に答えよ。君はヒキドーアキラか。我々は座標と外見的特徴から君をヒキドーアキラとほぼ断定している。これは人定質問である」
はい、そうです、とは素直に答えたくなかった。
相手の反応は一切無視し、取り付くしまもなく要求だけを押しつけてくる強硬な態度。おまけに無表情で愛想もない。好感を持つのは無理だった。
白が黙りこくって数十秒後、男が爪先にジャリッと力を入れた。
「否定しないのならば肯定とみなす」
抑揚のない低い声を聞いた瞬間、白の両腕をゾワッと鳥肌が覆った。
脳内は銀太を守らなければという思考に支配され、銀太の体を無理矢理グインッと自分のほうへと引き寄せた。男たちが何をしようとしているのか予測も付かないが、身を挺して守ろうとするのは、最早思考ではなく本能だ。
二人組の片割れがゴーグルに手を添えた。
「対象と接触。これより対象を確保します」
もう一方の男が地面を蹴り、白と銀太のほうへ猛スピードで突進した。
男は白の肩を押さえこみ、銀太の背中をむんずと掴んで引っ張り、力尽くで二人を引き離した。女子どもでは到底逆らえない腕力だった。
男は銀太の体を片手で軽々と持ち上げた。
白は、高く持ち上がった銀太に懸命に手を伸ばしたが、肩を押さえつけられて何度も宙を掻いた。
「銀太!」
もうひとりの男が白の背後に立ち、両手を捕まえて背中へと回した。白は腕から肩まで締め上げられ、うっ、と細い苦痛を漏らした。
「アキラ! アキラ! アキラにいたいことすんな! アキラをはなせッ!」
完全に宙に浮いている銀太は、手足をがむしゃらに動かして暴れた。
「子どもには何もしないでください!」
白の口からは自身を顧みることよりも先に銀太を庇う懇願が突いて出た。
男たちは最初に白を名指しした。その目的は白の捕獲だ。白を手中に収めた男は、銀太を吊り上げている相棒へ顎で合図を送った。
「捨てろ。対象以外は不要だ」
男は大声で騒ぐ幼子を宙で離した。幼子は腹這いの体勢でアスファルトに叩きつけられた。
銀太は全身を強かに打ちつけたが、泣きもせず立ち上がって白のほうへ駆け出した。男から首根っこを捕まえられて後方へと放り投げられた。アスファルトの上に転げたが、またすぐに顔を上げた。
「銀太! もういいから! ケガするからもうやめてッ」
「イヤだ! どっかいっちゃイヤだアキラ! アキラとべつべつなんかイヤだッ!」
銀太は何度も挑んだ。駆け出しては男の手に阻まれて突き飛ばされた。汚れも忘れてまた駆け出した。痛みも忘れて何度も果敢に飛びかかった。拳を握り締めて涙を堪えてひたすらに追い求めた。
「アキラをかえせーッ!」
男は繰り返される行為に辟易した。幼子を今までで一番強く突き飛ばした。
銀太の小さな体には大きすぎる衝撃により足が地面から離れた。背中から地面に落ちてゴロゴロゴロッとアスファルトの上を転がった。
挑んでも挑んでも届かず、駆けても駆けても前に進めず、地べたに這い蹲って拳を握るしかできない無力感。ようよう自我が目覚めたかという短い生涯、こんなにも強烈に無力感を思い知ったのは初めてだった。
――届かない。離される。遠くなる。アキラはすぐそこにいるのに。
「アキラぁああーーッ‼」
劈くような悲鳴に、白の胸は押し潰されそうだった。
白は自分を捕らえている男に必死に訴えかける。
「まだ子どもですよ! 乱暴しないでくださいッ」
「任務の障害は如何なるものも排除することが許可されている」
またしても無感情な抑揚の無い声での、無感情な言い草。従順温厚な白も頭にカッと血が上った。
「許可されてるとかされてないとかじゃなくてッ……子どもに乱暴するな!」
白は男の足を力任せに踏みつけた。
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