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Kapitel 05
制裁の弾丸 02
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久峩城ヶ嵜別邸・虎子私邸。
この邸宅には絨毯が敷かれた広い応接間がある。飴色の太い木枠に囲まれた大きな窓、天井にランプシェードのシャンデリア、壁に身の丈ほどの大時計。少し古めかしい雰囲気がする空間が虎子の好みだった。
応接間の中央に石製のテーブルと椅子のセット。壁際にメードと護衛が整列して立つ。
天尊と虎子は応接間でテーブルを間に挟んで向き合って座した。ふたりの間に会話はなかった。天尊は背凭れに体重を任せて足を組んで座り、虎子は膝を合わせて対面していた。
メードがワゴンを押して紅茶を運んできた。白地に金で図案が描かれたティーカップとソーサーを用意し、熱々のお湯を注いだ。沈黙した空間に、メードが紅茶とお茶菓子を支度する控えめな物音だけが聞こえる。
虎子と天尊の前に紅茶が置かれた。赤みがかった茶色の、澄んだ表面から白い湯気が立ち上る。
虎子はソーサーを持ち上げ、ティーカップの取っ手に指を通した。ゆっくりと紅茶に口を付けた。
天尊はティーカップに手を付けず、虎子の様子をただ黙って見詰めた。白昼襲撃して自らの手で殺そうとした標的を自分の邸宅に招き、何事もなかったかのようにのうのうと紅茶を味わうのだから、やはり大したものだ。お嬢様に似付かわしくない胆力だと感心する。
「お召し上がりになりませんね。紅茶はお嫌いでしたか」
そう虎子から話しかけられた天尊は、肩を竦めて見せた。それから壁際に立っているメードと護衛たちを一瞥した。
「毒入りでないといいんだが。ああ見えて実はメードたちが武装している、という展開になったら少し困るな」
虎子はフフフと笑ったが目は笑っていなかった。天尊もお愛想だとすぐに感じ取った。
「お兄様はあまりご冗談がお上手ではないのですね」
「悪いが、美人で上品な令嬢が、真っ昼間から実弾を撃ちこむ以上に上手い冗談は思いつかんな」
「勿論です。冗談と受け取っていただいては困りますわ」
天尊は前のめりの姿勢になり、拳をテーブルの上に突き出した。虎子の視線が向いたところでその拳を開いた。カァンッと弾頭がテーブルの上に転がった。
それは天尊の腹部命中した弾丸。護衛たちの雰囲気が瞬時にピリッと緊張したが、そのようなものは天尊は意に介さなかった。
「これを喰らわされて冗談とは思わん」
お前が人を撃ったのだという証拠を突きつけられても、虎子は平静に笑みを湛えていた。
「記念としてどうぞお納めくださいな。本日の出来事をお忘れにならない為に」
「こんなもの無くとも、ココを怒らせると容赦なく喰らわせられるということは覚えておく」
天尊は虎子に後悔や自責など期待してはいなかった。そもそも、これで悔いるほど善良ならば初めから人を撃つなどしまい。
天尊はまた椅子の背凭れに背中を預け、はあ、と息を吐いた。
「まあ、今回は正直、ココが責めてくれて少し気が晴れた。事情があったにせよアキラを放っておいたのは事実なのに、アキラは俺を許すからな」
「気が晴れた? ……暢気な人」
カチン、と虎子はティーカップをソーサーに乗せてテーブルの上に置いた。
「白に嫌われるなんて考えていらっしゃらないのね。白なら何をしても許してくれるはずとお考えなのでしょう。白の優しさに横柄に甘えていらっしゃる。白がどれほど傷ついたかお分かりでないから、そのような暢気なことを仰有るのです。そういうところが本当に――――憎たらしくて殺したい」
「そこまでハッキリと殺したいと言われるとはな」
天尊は椅子の背凭れに腕を乗せ、長い足を組んだ。
天尊が抱いていた虎子のイメージは名家の令嬢の典型だった。貞淑で上品で楚々として振る舞い、何があっても本音などは包み隠して果せると思っていた。故に、こうも激情や殺意を在り在りとぶつけられるとは少々予想外だった。命を奪おうとするときですら気品を失いはしなかった点を、流石はご令嬢と評するべきかは置いておいて。
「考えようによっては以前よりはマシかもしれん。以前のココは何を考えているか分からん部分もあったが、少なくとも今は、俺への殺意は確実だ」
国頭が虎子の背後に立ち、何やら耳打ちした。
ほぼ同時に天尊もとある気配に気づき、応接間のドアのほうへ目を遣った。
疋堂のお嬢様が到着なさいました――、とメードが告げて重厚な木製のドアを開いた。
「一体どーゆうこと⁉」
白は応接間に入ってくるや否や開口一番、そう言った。制服姿で肩には通学鞄をかけ、両手に買い物後のビニール袋を提げていた。中身は勿論、今夜の夕食の材料だ。
白は天尊と虎子を隔てるテーブルの上にどさっとビニール袋を置いた。ビニール袋から長ネギが飛び出ており、虎子はやや顔を近づけてそれを物珍しそうに見た。
「学校終わって買い物してから帰ってたら、ガス爆発でマンションに近づけなくなってるし、いきなりココの護衛さんたちが迎えに来て、ティエンも銀太もココの家にいるっていうし」
「ガス爆発」
天尊は復唱して横目で虎子を見た。虎子の計画の一部に違いない。
そういうことにして白をマンションに近づけさせないようにし、その間に部屋を元どおりに修繕する算段だろう。周辺住民をも巻きこんだ大掛かりな隠蔽工作。久峩城ヶ嵜家の力はそのようなことも可能にする。
白は両手を腰に当てて折り曲げ、天尊にズイッと顔を近づけた。
「ティエン。何かした?」
「俺はしていない」
天尊は堂々と言い切った。嘘は言っていないから真っ直ぐに白の目を見た。
その〝ガス爆発〟に関わっているし原因は自分であると言えなくもないが、実際に行動したのは虎子だ。
「おかえりなさい、白。銀太くんは別室で宿題中ですよ」
虎子から声を掛けられ、白は腰を伸ばして彼女へと目を移した。
「あ、ココ。体調大丈夫?」
「はい。もうすっかり」
天尊は、人の腹に弾丸を撃ちこんでおいて体調が悪いなど何の冗談だ、と内心毒突いたが表情には出さなかった。
「ガス爆発とは不運でしたね。皆様が怪我も無く無事だったのは幸いでした。マンションに帰れるようになるまで、こちらに滞在するとよろしいですわ。ここはわたくしの別邸です。家族が訪れることもほとんどありません。気兼ねなさることはありませんわ」
虎子は事前に用意していた台詞をスラスラと口にした。天尊は白々しいと思ったが、これも計画を粛々と実行しているだけなのだと察した。
「えー。でも悪いよ。今日・明日で帰れるようにならないだろうし。何日かかるか分からないもん」
「お友だちなのですから、これくらいは当然のことですわ」
「でも、うち三人もいるし」
「久し振りに白とお泊まりしたかったのですけれど」
虎子には、遠慮がちな白が「悪いよ」と言い出すのも想定内。目を伏せて心から残念そうな表情を作り、押しつけがましくなく控えめに振る舞った。要は、白の人の良さに付けこんだ。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えます……」
白が折れると、虎子はニコッと笑った。
「それでは、夕飯は何にしましょうか。銀太くんは食べられないものがありましたかしら」
「イヤ、ゴハンまでお世話になるのは悪いよ。食費けっこーかかっちゃうと思うし、手間も増やしちゃうし。わたしたちの分はわたしがやるよ。冷蔵庫のスペースとキッチンは貸してもらえると助かるけど」
白はフルフルと首を左右に振った。
食費なんて水臭いことを、と虎子はフフフと笑った。
「何も気になさることはありません。わたくしは久峩城ヶ嵜ですよ」
「強いなーそれ……」
白は苦笑して脱力した。
此國に於いてそう断言されること以上に頼もしいことはそうない。そして、同様に虎子に逆らえる者もそう多くはない。白は虎子の申し出を受け容れることにした。
白はビニール袋を手に取り、傍にいたメードに手渡した。メードは笑顔で受け取った。
「これさっき買い物してきたものです。使えそうだったら使ってください」
「ちなみに白の今日のメニューは何でしたの?」
「寄せ鍋」
虎子は口許に手を当て「まあ、鍋」と零した。
彼女はこの邸でひとりで食事を摂ることが多い。多人数で突き合うことなど長らくしていないなと、ふと思い至った。
「せっかく材料もあることですし、白の手料理をいただきたいですわ」
「えーッ?」と白はやや大きめの声を出した。勿論、否定的な意味合いだ。
白は料理の腕前を至って平均的だと自負する。毎日ルーティンとして料理をするのであり、特別なことをしているつもりはない。邸宅専属の一流シェフが腕を振るう食事を食べつける虎子を、満足させる自信など到底ない。
「切って入れるだけだよ? 材料は全部市販のヤツだよ? 絶対ココんちのシェフさんが作ってくれたゴハンのほうが美味しいよ」
「お手間でしたら無理にとは」
「ひとり分増えるくらいは全然いいんだけど、美味しい自信がない」
「俺もアキラのメシが食べたい。アキラのメシは美味い」
「一流シェフ差し置いてなに言ってんの」
白は期待の眼差しを向けてくる虎子と天尊から離れた。虎子の背後に控える国頭に、背伸びをして耳打ちする。
「ココはああ言ってますけど、大丈夫なんですか?」
「食材のチェックはさせていただきますが、邸のキッチンで白様が作られるものですから」
邸宅の警備が厳重であることは当然ながら、食材の仕入れ業者や食器など口にするものや、じかに手に触れるものもすべてチェックされるはずだ。お嬢様の我が儘でイレギュラーな事態が発生することは、護衛には大変な労力だろう。白はそういった事情に配慮したのだが、意外にも国頭は慌てることなくすんなりと受け容れた。
§ § §
夕飯の時間。虎子私邸・和室客間。
白と虎子、天尊、銀太の四人は炬燵を囲んで鍋を突いた。
白としては特別なことは何もしない鍋だったが、天尊と銀太は無論、虎子も美味しいと言ってくれた。一流シェフよりも美味しいものを作れたとは思わないが、三人が喜んでくれたようでよかった。
白がニンジンを猫型にカットして具材のひとつとして鍋に入れたところ、虎子がそれにいたく感心していたのが意外だった。虎子の反応を見てメードたちも意外そうにしていたので、虎子私邸の食事に今後は猫型の食材が多く登場するかもしれない。
ごちそうさまをして、銀太はテレビゲームをする為に別の部屋へと意気揚々と移動した。自宅からテレビゲームを持ち出すこともできなかったので、使用人が最新のテレビゲームを手当たり次第に準備してくれた。
和室には白と虎子、天尊が残った。メードがテーブルの上に山盛りのミカンを置き、三つの湯呑みに煎茶をいれてくれた。和室にメード服は多少違和感だが、炬燵にミカンは完璧な組み合わせだ。
天尊は銀太が移動して対面の位置が空いたので、後方に両手を突いて足を伸ばした。長い二本の足が炬燵を突き抜けた。
白は炬燵布団を肩まで手繰り寄せて「きもちぃ~~」と背を丸めた。
「ウチにも置くか、コレ」
「ダメだよ。家事も勉強もできなくなっちゃう」
「何故だ?」
「コタツにはそういう魔力があるの」
「魔力?」
天尊は首を傾げた。白の言葉の意味は解らないが、快適であるという点について異論はない。
さて……、と虎子が改まって口を開いた。
「重要な話をしましょうか」
「泊めてもらう間の費用の話?」
白からの問いに対して虎子は、そのようなことはどうでもよろしくてよ、と返した。
気にしなくてよいと言っているのに、白は本当に律儀な性格だ。父親が不在の間、家を預かっているという責任感かもしれない。
「お兄様は〝何〟なのか、という話です」
白は弾かれるように顔を上げて目を見開いた。
その表情は明らかに動揺していた。何のことだと素知らぬ振りができれば誤魔化すこともできたかもしれないが、そのような芸当は白には不可能だった。如何せん、嘘を吐くことに不慣れだ。親しい人に隠し事をする罪悪感に慣れていない。
白が天尊のほうを見ると、天尊は「悪いな」と片目を瞑った。
――イヤ、軽い。あまりにも軽すぎる。
これは白にとって唯一の嘘、最大級の秘密だというのに。
「ココは俺がニンゲンではないと確信している」
「何でッ?」
天尊と虎子との間に何があったかを知らない白は、動転して思わず声を上げた。
天尊は観念したというよりは肩の荷が下りた心持ちだった。虎子のように大きな力を持つ聡い人物相手に、無理な理屈を押し通すのは労力を要する。
「情報収集と考察と検証を重ねた結果です。ですので、生半可なことでは誤魔化せるとお思いにならないでください」
「思わないよそんなこと、ココ相手に……」
「俺はココに話してもいいと考えている。というより、確信している以上、隠そうとするのは徒労だ」
白は天尊に「いいの?」と尋ねた。天尊はお前がいいならと気軽に承諾した。
天尊は自分が追及される分にはいくらでも構わなかった。しかし、白に無理に嘘を吐かせるのは少々胸が痛む。親友を偽り続けるのは、善良な白には大変な心労だろう。自分の為に白につらい思いを強いるくらいなら、すべてを打ち明けて荷を軽くしてやりたかった。
この邸宅には絨毯が敷かれた広い応接間がある。飴色の太い木枠に囲まれた大きな窓、天井にランプシェードのシャンデリア、壁に身の丈ほどの大時計。少し古めかしい雰囲気がする空間が虎子の好みだった。
応接間の中央に石製のテーブルと椅子のセット。壁際にメードと護衛が整列して立つ。
天尊と虎子は応接間でテーブルを間に挟んで向き合って座した。ふたりの間に会話はなかった。天尊は背凭れに体重を任せて足を組んで座り、虎子は膝を合わせて対面していた。
メードがワゴンを押して紅茶を運んできた。白地に金で図案が描かれたティーカップとソーサーを用意し、熱々のお湯を注いだ。沈黙した空間に、メードが紅茶とお茶菓子を支度する控えめな物音だけが聞こえる。
虎子と天尊の前に紅茶が置かれた。赤みがかった茶色の、澄んだ表面から白い湯気が立ち上る。
虎子はソーサーを持ち上げ、ティーカップの取っ手に指を通した。ゆっくりと紅茶に口を付けた。
天尊はティーカップに手を付けず、虎子の様子をただ黙って見詰めた。白昼襲撃して自らの手で殺そうとした標的を自分の邸宅に招き、何事もなかったかのようにのうのうと紅茶を味わうのだから、やはり大したものだ。お嬢様に似付かわしくない胆力だと感心する。
「お召し上がりになりませんね。紅茶はお嫌いでしたか」
そう虎子から話しかけられた天尊は、肩を竦めて見せた。それから壁際に立っているメードと護衛たちを一瞥した。
「毒入りでないといいんだが。ああ見えて実はメードたちが武装している、という展開になったら少し困るな」
虎子はフフフと笑ったが目は笑っていなかった。天尊もお愛想だとすぐに感じ取った。
「お兄様はあまりご冗談がお上手ではないのですね」
「悪いが、美人で上品な令嬢が、真っ昼間から実弾を撃ちこむ以上に上手い冗談は思いつかんな」
「勿論です。冗談と受け取っていただいては困りますわ」
天尊は前のめりの姿勢になり、拳をテーブルの上に突き出した。虎子の視線が向いたところでその拳を開いた。カァンッと弾頭がテーブルの上に転がった。
それは天尊の腹部命中した弾丸。護衛たちの雰囲気が瞬時にピリッと緊張したが、そのようなものは天尊は意に介さなかった。
「これを喰らわされて冗談とは思わん」
お前が人を撃ったのだという証拠を突きつけられても、虎子は平静に笑みを湛えていた。
「記念としてどうぞお納めくださいな。本日の出来事をお忘れにならない為に」
「こんなもの無くとも、ココを怒らせると容赦なく喰らわせられるということは覚えておく」
天尊は虎子に後悔や自責など期待してはいなかった。そもそも、これで悔いるほど善良ならば初めから人を撃つなどしまい。
天尊はまた椅子の背凭れに背中を預け、はあ、と息を吐いた。
「まあ、今回は正直、ココが責めてくれて少し気が晴れた。事情があったにせよアキラを放っておいたのは事実なのに、アキラは俺を許すからな」
「気が晴れた? ……暢気な人」
カチン、と虎子はティーカップをソーサーに乗せてテーブルの上に置いた。
「白に嫌われるなんて考えていらっしゃらないのね。白なら何をしても許してくれるはずとお考えなのでしょう。白の優しさに横柄に甘えていらっしゃる。白がどれほど傷ついたかお分かりでないから、そのような暢気なことを仰有るのです。そういうところが本当に――――憎たらしくて殺したい」
「そこまでハッキリと殺したいと言われるとはな」
天尊は椅子の背凭れに腕を乗せ、長い足を組んだ。
天尊が抱いていた虎子のイメージは名家の令嬢の典型だった。貞淑で上品で楚々として振る舞い、何があっても本音などは包み隠して果せると思っていた。故に、こうも激情や殺意を在り在りとぶつけられるとは少々予想外だった。命を奪おうとするときですら気品を失いはしなかった点を、流石はご令嬢と評するべきかは置いておいて。
「考えようによっては以前よりはマシかもしれん。以前のココは何を考えているか分からん部分もあったが、少なくとも今は、俺への殺意は確実だ」
国頭が虎子の背後に立ち、何やら耳打ちした。
ほぼ同時に天尊もとある気配に気づき、応接間のドアのほうへ目を遣った。
疋堂のお嬢様が到着なさいました――、とメードが告げて重厚な木製のドアを開いた。
「一体どーゆうこと⁉」
白は応接間に入ってくるや否や開口一番、そう言った。制服姿で肩には通学鞄をかけ、両手に買い物後のビニール袋を提げていた。中身は勿論、今夜の夕食の材料だ。
白は天尊と虎子を隔てるテーブルの上にどさっとビニール袋を置いた。ビニール袋から長ネギが飛び出ており、虎子はやや顔を近づけてそれを物珍しそうに見た。
「学校終わって買い物してから帰ってたら、ガス爆発でマンションに近づけなくなってるし、いきなりココの護衛さんたちが迎えに来て、ティエンも銀太もココの家にいるっていうし」
「ガス爆発」
天尊は復唱して横目で虎子を見た。虎子の計画の一部に違いない。
そういうことにして白をマンションに近づけさせないようにし、その間に部屋を元どおりに修繕する算段だろう。周辺住民をも巻きこんだ大掛かりな隠蔽工作。久峩城ヶ嵜家の力はそのようなことも可能にする。
白は両手を腰に当てて折り曲げ、天尊にズイッと顔を近づけた。
「ティエン。何かした?」
「俺はしていない」
天尊は堂々と言い切った。嘘は言っていないから真っ直ぐに白の目を見た。
その〝ガス爆発〟に関わっているし原因は自分であると言えなくもないが、実際に行動したのは虎子だ。
「おかえりなさい、白。銀太くんは別室で宿題中ですよ」
虎子から声を掛けられ、白は腰を伸ばして彼女へと目を移した。
「あ、ココ。体調大丈夫?」
「はい。もうすっかり」
天尊は、人の腹に弾丸を撃ちこんでおいて体調が悪いなど何の冗談だ、と内心毒突いたが表情には出さなかった。
「ガス爆発とは不運でしたね。皆様が怪我も無く無事だったのは幸いでした。マンションに帰れるようになるまで、こちらに滞在するとよろしいですわ。ここはわたくしの別邸です。家族が訪れることもほとんどありません。気兼ねなさることはありませんわ」
虎子は事前に用意していた台詞をスラスラと口にした。天尊は白々しいと思ったが、これも計画を粛々と実行しているだけなのだと察した。
「えー。でも悪いよ。今日・明日で帰れるようにならないだろうし。何日かかるか分からないもん」
「お友だちなのですから、これくらいは当然のことですわ」
「でも、うち三人もいるし」
「久し振りに白とお泊まりしたかったのですけれど」
虎子には、遠慮がちな白が「悪いよ」と言い出すのも想定内。目を伏せて心から残念そうな表情を作り、押しつけがましくなく控えめに振る舞った。要は、白の人の良さに付けこんだ。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えます……」
白が折れると、虎子はニコッと笑った。
「それでは、夕飯は何にしましょうか。銀太くんは食べられないものがありましたかしら」
「イヤ、ゴハンまでお世話になるのは悪いよ。食費けっこーかかっちゃうと思うし、手間も増やしちゃうし。わたしたちの分はわたしがやるよ。冷蔵庫のスペースとキッチンは貸してもらえると助かるけど」
白はフルフルと首を左右に振った。
食費なんて水臭いことを、と虎子はフフフと笑った。
「何も気になさることはありません。わたくしは久峩城ヶ嵜ですよ」
「強いなーそれ……」
白は苦笑して脱力した。
此國に於いてそう断言されること以上に頼もしいことはそうない。そして、同様に虎子に逆らえる者もそう多くはない。白は虎子の申し出を受け容れることにした。
白はビニール袋を手に取り、傍にいたメードに手渡した。メードは笑顔で受け取った。
「これさっき買い物してきたものです。使えそうだったら使ってください」
「ちなみに白の今日のメニューは何でしたの?」
「寄せ鍋」
虎子は口許に手を当て「まあ、鍋」と零した。
彼女はこの邸でひとりで食事を摂ることが多い。多人数で突き合うことなど長らくしていないなと、ふと思い至った。
「せっかく材料もあることですし、白の手料理をいただきたいですわ」
「えーッ?」と白はやや大きめの声を出した。勿論、否定的な意味合いだ。
白は料理の腕前を至って平均的だと自負する。毎日ルーティンとして料理をするのであり、特別なことをしているつもりはない。邸宅専属の一流シェフが腕を振るう食事を食べつける虎子を、満足させる自信など到底ない。
「切って入れるだけだよ? 材料は全部市販のヤツだよ? 絶対ココんちのシェフさんが作ってくれたゴハンのほうが美味しいよ」
「お手間でしたら無理にとは」
「ひとり分増えるくらいは全然いいんだけど、美味しい自信がない」
「俺もアキラのメシが食べたい。アキラのメシは美味い」
「一流シェフ差し置いてなに言ってんの」
白は期待の眼差しを向けてくる虎子と天尊から離れた。虎子の背後に控える国頭に、背伸びをして耳打ちする。
「ココはああ言ってますけど、大丈夫なんですか?」
「食材のチェックはさせていただきますが、邸のキッチンで白様が作られるものですから」
邸宅の警備が厳重であることは当然ながら、食材の仕入れ業者や食器など口にするものや、じかに手に触れるものもすべてチェックされるはずだ。お嬢様の我が儘でイレギュラーな事態が発生することは、護衛には大変な労力だろう。白はそういった事情に配慮したのだが、意外にも国頭は慌てることなくすんなりと受け容れた。
§ § §
夕飯の時間。虎子私邸・和室客間。
白と虎子、天尊、銀太の四人は炬燵を囲んで鍋を突いた。
白としては特別なことは何もしない鍋だったが、天尊と銀太は無論、虎子も美味しいと言ってくれた。一流シェフよりも美味しいものを作れたとは思わないが、三人が喜んでくれたようでよかった。
白がニンジンを猫型にカットして具材のひとつとして鍋に入れたところ、虎子がそれにいたく感心していたのが意外だった。虎子の反応を見てメードたちも意外そうにしていたので、虎子私邸の食事に今後は猫型の食材が多く登場するかもしれない。
ごちそうさまをして、銀太はテレビゲームをする為に別の部屋へと意気揚々と移動した。自宅からテレビゲームを持ち出すこともできなかったので、使用人が最新のテレビゲームを手当たり次第に準備してくれた。
和室には白と虎子、天尊が残った。メードがテーブルの上に山盛りのミカンを置き、三つの湯呑みに煎茶をいれてくれた。和室にメード服は多少違和感だが、炬燵にミカンは完璧な組み合わせだ。
天尊は銀太が移動して対面の位置が空いたので、後方に両手を突いて足を伸ばした。長い二本の足が炬燵を突き抜けた。
白は炬燵布団を肩まで手繰り寄せて「きもちぃ~~」と背を丸めた。
「ウチにも置くか、コレ」
「ダメだよ。家事も勉強もできなくなっちゃう」
「何故だ?」
「コタツにはそういう魔力があるの」
「魔力?」
天尊は首を傾げた。白の言葉の意味は解らないが、快適であるという点について異論はない。
さて……、と虎子が改まって口を開いた。
「重要な話をしましょうか」
「泊めてもらう間の費用の話?」
白からの問いに対して虎子は、そのようなことはどうでもよろしくてよ、と返した。
気にしなくてよいと言っているのに、白は本当に律儀な性格だ。父親が不在の間、家を預かっているという責任感かもしれない。
「お兄様は〝何〟なのか、という話です」
白は弾かれるように顔を上げて目を見開いた。
その表情は明らかに動揺していた。何のことだと素知らぬ振りができれば誤魔化すこともできたかもしれないが、そのような芸当は白には不可能だった。如何せん、嘘を吐くことに不慣れだ。親しい人に隠し事をする罪悪感に慣れていない。
白が天尊のほうを見ると、天尊は「悪いな」と片目を瞑った。
――イヤ、軽い。あまりにも軽すぎる。
これは白にとって唯一の嘘、最大級の秘密だというのに。
「ココは俺がニンゲンではないと確信している」
「何でッ?」
天尊と虎子との間に何があったかを知らない白は、動転して思わず声を上げた。
天尊は観念したというよりは肩の荷が下りた心持ちだった。虎子のように大きな力を持つ聡い人物相手に、無理な理屈を押し通すのは労力を要する。
「情報収集と考察と検証を重ねた結果です。ですので、生半可なことでは誤魔化せるとお思いにならないでください」
「思わないよそんなこと、ココ相手に……」
「俺はココに話してもいいと考えている。というより、確信している以上、隠そうとするのは徒労だ」
白は天尊に「いいの?」と尋ねた。天尊はお前がいいならと気軽に承諾した。
天尊は自分が追及される分にはいくらでも構わなかった。しかし、白に無理に嘘を吐かせるのは少々胸が痛む。親友を偽り続けるのは、善良な白には大変な心労だろう。自分の為に白につらい思いを強いるくらいなら、すべてを打ち明けて荷を軽くしてやりたかった。
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言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
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