17 / 69
#05:Sign of Recurrence
A last mighty blow 02 ✤
しおりを挟む
渋撥は禮を抱えて保健室へ直行した。
ふたりの戦いを観戦していた大勢は教師も生徒も一様に、禮の外見からはまったく想定できない実力にも決着にも唖然とするばかりだった。誰ひとりとして渋撥を引き留めようとはしなかった。
美作だけが渋撥のあとを追った。
保健室へ行くと、ロングの黒髪をひとつ結びにした若い女性の養護教諭がいた。事情を説明すると養護教諭は禮をベッドに腰かけさせ、カーテンを閉め切った。
渋撥と美作は長椅子の端と端に座り、禮の手当が終わるのを待った。その最中、美作は何か言いたげな表情で渋撥にひっきりなしにチラチラと視線を送る。或る程度無視していた渋撥だったがいい加減煩わしくなり、美作のほうへ顔を向けた。
「何か言いたいことでもあるんか」
「いっ、いや~、言いたいことっちゅうか……始まる前は禮ちゃんとは本気でやり合わんみたいな感じやったのにいざ始まったら案外ガチやなあと。禮ちゃんも本気で近江さんの腕ぶっ壊そうとしとったでしょ。まさか恋人同士であそこまでガチで殴り合いになるとは予想外ーアハハ……」
「好きでやっとると思うか」
渋撥は前のめりの体勢になり、両腿の上に肘を突いて深い溜息を吐いた。
「あんな死ぬほどカワイイ生き物を本気で殴るなんざ二度とゴメンや。有り得へんやろ……っ」
美作は、深刻そうな表情をしてズーンッと沈みこんでしまった渋撥を見て、アハハとその場しのぎの愛想笑いを作った。
「何で禮ちゃんもこんなことするんですかねえ」
渋撥は「知るか」と不機嫌そうに放言し、美作は「ですよねぇ」と気まずそうに苦笑した。
「オマエのほうが解るやろ。入学したてンときのオマエも似たよなことしとったやろ」
美作は自分を指差して「俺ですかあ?」と聞き返した。
「オマエも、俺とケンカしたい言うたやろ。入学したての小生意気なジャリが俺に勝てると思うて」
美作は「あちゃー」という顔で額を押さえた。脳裏に描かれるのは、こっ恥ずかしいブレイブストーリー。自分は勇者だと信じる向こう見ずな少年が、自分が負けるはずはないと絶対的で圧倒的な強さを誇る魔王に挑んだ。
「え~とアレはぁ、あの頃は俺も若かったさかい~、自分の力を過信しとったっちゅうか何でもでけるて思てたっちゅうか……」
「ええ迷惑や」
シャッ、と勢いよくカーテンが開いた。
養護教諭はひとりで中から出てきてすぐにカーテンを閉じた。カツ、カツ、と踵を鳴らして長椅子に座っている渋撥と美作のほうへ近づいてきた。
香春 閏子[カワラ ウルウコ]――――
ほぼ男子校状態の荒菱館高校ではただでさえ貴重な女性であり、更には20代でスレンダー美人という好条件が揃えば、言うまでもなく全校生徒の憧れの的。
白衣姿の閏子は渋撥の前に立ち、腰を折ってズイッと顔を近づけた。その体勢になると胸の谷間がちらつくから、美作は内心「わお」と胸を躍らせた。
「近江く~ん」
「具合は」
渋撥は簡潔に尋ねた。一千人以上の男たちが憧れる閏子を、渋撥は苦手としていた。この妙に鼻先に引っかかる声がどうしても好きになれず、生理的に受けつけないといってもいい。
「いくらうちのガッコの名物行事だからってね、女の子相手なんだから手加減しなくちゃダメでしょ」
「具合は」
渋撥はお説教など聞く耳持たずという態度。当たり前の説教など言われなくても解っているのだ。
香春は腰に手を当てて「はあ」と溜息を吐いた。
「背中全体に内出血。腕はあちこち打撲だらけよ。動くと痛みがあるだろうし、しばらくは青痣が目立つでしょうね。それと一番ひどいのが脇腹ね。骨は折れてないみたいだけど――」
「そうか」
「そうかじゃないわよ」
香春はムッとして素早く言い返した。渋撥の声に感情はなく無表情で、真剣に話を聞いているようには見えなかった。
「キミ、自分が何したか分かっているの。女の子を殴るなんてどうかしてるわ」
香春は渋撥の肩をビシッと指で押さえた。そこまでしてようやく渋撥の目はゆっくりと香春のほうに向いた。
渋撥には香春の言うことが大体予想ができる。何度も同じことを言われてきた。
どうせ同じことの繰り返し。どうせ皆が口を揃えて同じことを言う。モンスターはモンスターらしく遠慮して生きろって。理解し合うことや共存することなんてできやしないんだから。
「これまでも何度か言ってきたけど、キミは自分の力を自覚しなさい。筋力も身体能力も通常の高校生のレベルではないの。ハッキリ言って、全力で殴ったりすれば子どものケンカで済まされるものじゃないのよ」
渋撥に向けられる閏子の視線は厳しかった。緊迫感に耐えかねた美作は、苦笑しながら「まあまあ」と割って入った。
「今日はそういう学校行事やし~、近江さんも仕方なかったちゅうことで」
「仕方なければ女の子に手を上げてもいいと? あの子の肋骨、もう少しで――」
「誰が好き好んで自分のオンナと殴り合いすんねん」
渋撥は眉間に皺を寄せて苦々しい表情で「はあーっ」と深い溜息を吐いた。
「したいて言うたのは禮や。禮がしたいて言うことを、どうしたら俺が嫌やて言えんねん」
渋撥は不覚にも愚痴るように言ってしまった。この男が学校行事だからといって素直に言うことなど聞くものか。禮が望んだから、その一点に尽きる。ならば如何ともしがたいこの苦悩は、禮に望まれれば振り払うことのできない自業自得による。
「ゴメンねぇハッちゃん」
禮の声がして、渋撥と美作は其方を振り返った。禮がカーテンを数センチだけ開けて顔を覗かせていた。
「禮ちゃん大丈夫か?」
「昔はようケガしたもん。これくらい何てことあれへんよ」
心配そうな美作に向かって、禮はニコッと微笑んで見せた。美作は内心ホッと安堵した。そこまで考えが及ばなかったとは言え、自分が渋撥を嗾けた所為で禮が大怪我をしたのでは罪悪感が。
椅子から立ち上がって禮に近づこうとした美作の隣を、渋撥が通過した。美作を追い抜いて禮の目の前に立った。
「何ともあれへんか」
「うん」
カーテンの隙間から見える渋撥の表情には憂虞と悔恨があった。だから禮は意識的に明るく笑うよう努めた。
「腹もか?」
渋撥は禮のジャージを掴んでぺろっと捲り上げた。
「~~……っ、ハッちゃん!」
禮は顔を赤くして慌ててジャージを引き下げた。
渋撥は言葉を失った。禮の白い肌の上に大きな青味。それは紛れもなく己の拳によるものだった。閏子は骨に異常は無いと大事ないように言っていたが、その青痣を見ただけで血の気が引いた。
絶句している渋撥を見て、禮はプッと笑った。
「変な顔」
お前が笑うとそれだけで罪が赦されたような気になって、少しだけ胸が軽くなった。俺を最悪の気分に突き落とすのも、そこから引き上げてくれるのも、きっと世界にお前だけなのだ。
渋撥は禮の頭を掴んで乱暴にガジガジと撫でた。
「ハッちゃん……ウチ、変わったよね?」
渋撥は唐突に何を言い出すのかと、禮の頭を撫でる手を停めて「あァ?」と聞き返した。
「最初にハッちゃんと会うたときとは変われた、よね?」
渋撥が手を退かすと、禮は大きな黒い瞳の中に渋撥を映しこんでいた。言ってほしい台詞は分かるが、何となくはぐらかしたい気もした。
「…………。サイズはあんま変わってへんで」
「そーやなくて。昔のウチ、ほんま性格最悪やったから」
禮は冗談みたいに笑いながら伏し目がちになった。
罪悪を知らず無邪気に残忍で、〝強さ〟という武器を振り回して陶酔していた。他人の痛みに鈍感で、誰彼構わず傷つけて悦に入る、まさに悪魔の化身。最悪で大嫌いなんだよ、あの頃の自分も今の自分も。
悪魔にトドメを刺せない自分が一番嫌い。
「禮が何にこだわってんのか知らんけど、俺には同じや。あん時も今も俺には同じ、禮や」
渋撥は一歩距離を詰め、禮を抱き締めた。禮が痛がらないようにできる限り加減をした。腕の中に囲った禮は、小さく柔らかく、何故かいい匂いがした。禮がどれほど自身を卑下しても、渋撥にとっては悪魔などとは決して思えなかった。初めて出逢った夕暮れも、鎬を削り合った直後でも、変わらず愛らしい。
そうだ、半年前のあの時から、目を奪われていたのだ。
シャーッ、と勢いよくカーテンが大きく開いた。
閏子が腰に手を当てて立っていた。
「ちょっと~~、保健室でイチャつかない。やるなら先生が見てないところでやんなさい」
禮はカーッと顔を赤くして慌てて「ごめんなさい」と言った。渋撥は腕の中から禮を離さず、忌々しそうに閏子を見る。
「オイ、手当が終わったら禮に近寄るな。禮がオマエみたいになったらどうすんねん」
「どーゆー意味かしら💢」
閏子は渋撥から好意的に思われていない自覚がある。三年以上もこの調子なのだから今更ショックなど受けない。渋撥の言葉など意にも介さず、禮のほうへ目を向けた。
「まさかキミのカノジョがこういう子とはね~」
「俺のオンナが禮やったら何か文句あるか」
「そうねえ。こんな見るからに純真無垢な女子生徒がケダモノな近江君のカノジョっていうのは、先生としてはよからぬ想像をしちゃうのよ。脅迫じゃないかしら、合意かしら、とかね」
閏子は頬に手を添えて禮に顔を近づけた。禮は大きな目をパチクリさせる。
「近江君からちゃんと優しくしてもらっているかしら。一年B組相模さん」
「は、はい。ハッちゃん優しいデス」
「へえ~。あの近江君が女の子に優しくできるとはね~」
「放っとけ」
閏子はフフッと笑い、禮の頬を指先でちょんと突いた。
「心配には違いないけど、幸せならまあいっか🩷」
ふたりの戦いを観戦していた大勢は教師も生徒も一様に、禮の外見からはまったく想定できない実力にも決着にも唖然とするばかりだった。誰ひとりとして渋撥を引き留めようとはしなかった。
美作だけが渋撥のあとを追った。
保健室へ行くと、ロングの黒髪をひとつ結びにした若い女性の養護教諭がいた。事情を説明すると養護教諭は禮をベッドに腰かけさせ、カーテンを閉め切った。
渋撥と美作は長椅子の端と端に座り、禮の手当が終わるのを待った。その最中、美作は何か言いたげな表情で渋撥にひっきりなしにチラチラと視線を送る。或る程度無視していた渋撥だったがいい加減煩わしくなり、美作のほうへ顔を向けた。
「何か言いたいことでもあるんか」
「いっ、いや~、言いたいことっちゅうか……始まる前は禮ちゃんとは本気でやり合わんみたいな感じやったのにいざ始まったら案外ガチやなあと。禮ちゃんも本気で近江さんの腕ぶっ壊そうとしとったでしょ。まさか恋人同士であそこまでガチで殴り合いになるとは予想外ーアハハ……」
「好きでやっとると思うか」
渋撥は前のめりの体勢になり、両腿の上に肘を突いて深い溜息を吐いた。
「あんな死ぬほどカワイイ生き物を本気で殴るなんざ二度とゴメンや。有り得へんやろ……っ」
美作は、深刻そうな表情をしてズーンッと沈みこんでしまった渋撥を見て、アハハとその場しのぎの愛想笑いを作った。
「何で禮ちゃんもこんなことするんですかねえ」
渋撥は「知るか」と不機嫌そうに放言し、美作は「ですよねぇ」と気まずそうに苦笑した。
「オマエのほうが解るやろ。入学したてンときのオマエも似たよなことしとったやろ」
美作は自分を指差して「俺ですかあ?」と聞き返した。
「オマエも、俺とケンカしたい言うたやろ。入学したての小生意気なジャリが俺に勝てると思うて」
美作は「あちゃー」という顔で額を押さえた。脳裏に描かれるのは、こっ恥ずかしいブレイブストーリー。自分は勇者だと信じる向こう見ずな少年が、自分が負けるはずはないと絶対的で圧倒的な強さを誇る魔王に挑んだ。
「え~とアレはぁ、あの頃は俺も若かったさかい~、自分の力を過信しとったっちゅうか何でもでけるて思てたっちゅうか……」
「ええ迷惑や」
シャッ、と勢いよくカーテンが開いた。
養護教諭はひとりで中から出てきてすぐにカーテンを閉じた。カツ、カツ、と踵を鳴らして長椅子に座っている渋撥と美作のほうへ近づいてきた。
香春 閏子[カワラ ウルウコ]――――
ほぼ男子校状態の荒菱館高校ではただでさえ貴重な女性であり、更には20代でスレンダー美人という好条件が揃えば、言うまでもなく全校生徒の憧れの的。
白衣姿の閏子は渋撥の前に立ち、腰を折ってズイッと顔を近づけた。その体勢になると胸の谷間がちらつくから、美作は内心「わお」と胸を躍らせた。
「近江く~ん」
「具合は」
渋撥は簡潔に尋ねた。一千人以上の男たちが憧れる閏子を、渋撥は苦手としていた。この妙に鼻先に引っかかる声がどうしても好きになれず、生理的に受けつけないといってもいい。
「いくらうちのガッコの名物行事だからってね、女の子相手なんだから手加減しなくちゃダメでしょ」
「具合は」
渋撥はお説教など聞く耳持たずという態度。当たり前の説教など言われなくても解っているのだ。
香春は腰に手を当てて「はあ」と溜息を吐いた。
「背中全体に内出血。腕はあちこち打撲だらけよ。動くと痛みがあるだろうし、しばらくは青痣が目立つでしょうね。それと一番ひどいのが脇腹ね。骨は折れてないみたいだけど――」
「そうか」
「そうかじゃないわよ」
香春はムッとして素早く言い返した。渋撥の声に感情はなく無表情で、真剣に話を聞いているようには見えなかった。
「キミ、自分が何したか分かっているの。女の子を殴るなんてどうかしてるわ」
香春は渋撥の肩をビシッと指で押さえた。そこまでしてようやく渋撥の目はゆっくりと香春のほうに向いた。
渋撥には香春の言うことが大体予想ができる。何度も同じことを言われてきた。
どうせ同じことの繰り返し。どうせ皆が口を揃えて同じことを言う。モンスターはモンスターらしく遠慮して生きろって。理解し合うことや共存することなんてできやしないんだから。
「これまでも何度か言ってきたけど、キミは自分の力を自覚しなさい。筋力も身体能力も通常の高校生のレベルではないの。ハッキリ言って、全力で殴ったりすれば子どものケンカで済まされるものじゃないのよ」
渋撥に向けられる閏子の視線は厳しかった。緊迫感に耐えかねた美作は、苦笑しながら「まあまあ」と割って入った。
「今日はそういう学校行事やし~、近江さんも仕方なかったちゅうことで」
「仕方なければ女の子に手を上げてもいいと? あの子の肋骨、もう少しで――」
「誰が好き好んで自分のオンナと殴り合いすんねん」
渋撥は眉間に皺を寄せて苦々しい表情で「はあーっ」と深い溜息を吐いた。
「したいて言うたのは禮や。禮がしたいて言うことを、どうしたら俺が嫌やて言えんねん」
渋撥は不覚にも愚痴るように言ってしまった。この男が学校行事だからといって素直に言うことなど聞くものか。禮が望んだから、その一点に尽きる。ならば如何ともしがたいこの苦悩は、禮に望まれれば振り払うことのできない自業自得による。
「ゴメンねぇハッちゃん」
禮の声がして、渋撥と美作は其方を振り返った。禮がカーテンを数センチだけ開けて顔を覗かせていた。
「禮ちゃん大丈夫か?」
「昔はようケガしたもん。これくらい何てことあれへんよ」
心配そうな美作に向かって、禮はニコッと微笑んで見せた。美作は内心ホッと安堵した。そこまで考えが及ばなかったとは言え、自分が渋撥を嗾けた所為で禮が大怪我をしたのでは罪悪感が。
椅子から立ち上がって禮に近づこうとした美作の隣を、渋撥が通過した。美作を追い抜いて禮の目の前に立った。
「何ともあれへんか」
「うん」
カーテンの隙間から見える渋撥の表情には憂虞と悔恨があった。だから禮は意識的に明るく笑うよう努めた。
「腹もか?」
渋撥は禮のジャージを掴んでぺろっと捲り上げた。
「~~……っ、ハッちゃん!」
禮は顔を赤くして慌ててジャージを引き下げた。
渋撥は言葉を失った。禮の白い肌の上に大きな青味。それは紛れもなく己の拳によるものだった。閏子は骨に異常は無いと大事ないように言っていたが、その青痣を見ただけで血の気が引いた。
絶句している渋撥を見て、禮はプッと笑った。
「変な顔」
お前が笑うとそれだけで罪が赦されたような気になって、少しだけ胸が軽くなった。俺を最悪の気分に突き落とすのも、そこから引き上げてくれるのも、きっと世界にお前だけなのだ。
渋撥は禮の頭を掴んで乱暴にガジガジと撫でた。
「ハッちゃん……ウチ、変わったよね?」
渋撥は唐突に何を言い出すのかと、禮の頭を撫でる手を停めて「あァ?」と聞き返した。
「最初にハッちゃんと会うたときとは変われた、よね?」
渋撥が手を退かすと、禮は大きな黒い瞳の中に渋撥を映しこんでいた。言ってほしい台詞は分かるが、何となくはぐらかしたい気もした。
「…………。サイズはあんま変わってへんで」
「そーやなくて。昔のウチ、ほんま性格最悪やったから」
禮は冗談みたいに笑いながら伏し目がちになった。
罪悪を知らず無邪気に残忍で、〝強さ〟という武器を振り回して陶酔していた。他人の痛みに鈍感で、誰彼構わず傷つけて悦に入る、まさに悪魔の化身。最悪で大嫌いなんだよ、あの頃の自分も今の自分も。
悪魔にトドメを刺せない自分が一番嫌い。
「禮が何にこだわってんのか知らんけど、俺には同じや。あん時も今も俺には同じ、禮や」
渋撥は一歩距離を詰め、禮を抱き締めた。禮が痛がらないようにできる限り加減をした。腕の中に囲った禮は、小さく柔らかく、何故かいい匂いがした。禮がどれほど自身を卑下しても、渋撥にとっては悪魔などとは決して思えなかった。初めて出逢った夕暮れも、鎬を削り合った直後でも、変わらず愛らしい。
そうだ、半年前のあの時から、目を奪われていたのだ。
シャーッ、と勢いよくカーテンが大きく開いた。
閏子が腰に手を当てて立っていた。
「ちょっと~~、保健室でイチャつかない。やるなら先生が見てないところでやんなさい」
禮はカーッと顔を赤くして慌てて「ごめんなさい」と言った。渋撥は腕の中から禮を離さず、忌々しそうに閏子を見る。
「オイ、手当が終わったら禮に近寄るな。禮がオマエみたいになったらどうすんねん」
「どーゆー意味かしら💢」
閏子は渋撥から好意的に思われていない自覚がある。三年以上もこの調子なのだから今更ショックなど受けない。渋撥の言葉など意にも介さず、禮のほうへ目を向けた。
「まさかキミのカノジョがこういう子とはね~」
「俺のオンナが禮やったら何か文句あるか」
「そうねえ。こんな見るからに純真無垢な女子生徒がケダモノな近江君のカノジョっていうのは、先生としてはよからぬ想像をしちゃうのよ。脅迫じゃないかしら、合意かしら、とかね」
閏子は頬に手を添えて禮に顔を近づけた。禮は大きな目をパチクリさせる。
「近江君からちゃんと優しくしてもらっているかしら。一年B組相模さん」
「は、はい。ハッちゃん優しいデス」
「へえ~。あの近江君が女の子に優しくできるとはね~」
「放っとけ」
閏子はフフッと笑い、禮の頬を指先でちょんと突いた。
「心配には違いないけど、幸せならまあいっか🩷」
5
あなたにおすすめの小説
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される
けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」
「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」
「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」
県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。
頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。
その名も『古羊姉妹』
本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。
――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。
そして『その日』は突然やってきた。
ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。
助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。
何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった!
――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。
そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ!
意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。
士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。
こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。
が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。
彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。
※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。
イラスト担当:さんさん
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
