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過去 (マリアンヌside)
しおりを挟むあの頃の私は自分が世界で一番の幸せ者だと信じて疑わなかった。
子供の頃から大好きだった人が4年も待って、自分と結婚してくれた。
彼も自分のことが好きだったのではないかと思った。
いつもいつも彼は優しかった。
でもそれは全て、妹のような存在に対する愛情だった。
そのことにうっすら気がつきだしたのは結婚してから半年。
彼はねだれば手を繋いでくれたし、キスもしてくれた。
けれど決して自分からはしなかった。
義務的に頃合いに肌は重ねるが、彼に求められているという実感はなかった。
二人の絆を確かなものにするには子供が欲しい。
そう感じるようになっていた。
しかし、それなのに一向にできなかった。
そうしてさらに半年が過ぎた頃。
あの女に出会ってしまったのだ。
アドルフと同じ年ぐらいの、綺麗な女だった。
異国の人間の特徴である真っ黒で艶やかな髪をなびかせ、切れ長の瞳も黒曜石のように輝いていた。
まずい、と直感的に思った。
今まで女の勘なるものを自分で感じたことはなかったが、この時初めて感じた。
隣に座るアドルフの今まで見たことがなかった無表情に嫌な予感がした。
その後私の呼びかけも聞こえないかのように、いや、存在すらないかのように反応がなかった。
怖かった、何かが大きく変わってしまったと感じた。
それから彼は全く私に触れなくなった。
気が狂いそうだった。
隣にいるのは私なのに、彼は全く私を見ていない。
いないはずのあの女の面影が見えるようだった。
そしてついにアドルフはお腹が大きくなったあの女を連れて来たのだ。
世界が音を立てて崩れていくのを感じた。
あの女は私が欲しくて欲しくてたまらなかったアドルフの心だけではなく、子供まで手に入れたのだ。
アドルフは王だ。世継ぎが必ず必要だ。
しかし1年できなかったので、もしやするとアドルフの体に問題があるのではないかと思っていた。
そうなれば後に養子を迎え入れるか、ロルフが産んだ子が世継ぎとなるだろう。
けれどそれ自体は構わなかった。
二人の絆として子供は欲しかったが、玉座にこだわりがあったわけではなかった。
子ができぬ体質なら、仕方がなかったと現実を受け止め始めていた。
それなのに、アドルフの体にはなんの問題もなかった。
私だったのである。
絶望感でいっぱいだった。
あの女を殺そうと思った。腹の中の子もろとも私の目の前から消し去りたかった。
しかし、あの女の子供が、アドルフとは無関係である希望も捨て切れなかった。
どのみちもうすぐ生まれる。
それならば結果を見てからでも遅くはない。
なんとか踏み止まり、出産の時を吐き気をもよおしながら待っていた。
生まれた子供は間違いなくアドルフの子供だった。
世界で一番憎いあの女と同じ黒髪に、世界で一番愛していた男と同じ紫の瞳を持っていたのである。
あの女は、子の命と引き換えに息を引き取った。
アドルフの心を捉えたまま死んだのだ。
その日、私はロルフに抱いてくれとせがんだ。
一人ではとても立っていられなかった。
誰かに慰めて欲しかった、ぐちゃぐちゃにしてほしかった。
今ではもはや憎いぐらいに好きだったアドルフとよく似たロルフに抱かれ、悲しみと嬉しさが入り混じった。
それから何度も体を重ねたが、子はできなかった。
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