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【番外編】アドルフ②
しおりを挟むカレンの妊娠が発覚してから、7ヶ月が経っていた。
「産むよ」
カレンの言葉に唇を噛む。
子供なんて興味がないと思っていた。
しかし愛おしい人との子なら別なのだと初めて知った。
今は子供が生まれるのが待ち遠しかった。
けれどそれは愛おしい人の命と引き換えだった。
「私、あんまり体強くないんだ。だから死ぬかもしれない」
カレンの体が強くないことはうすうす感じていた。
何度か医者に見せようとしたが断られた。
第二王妃として迎えることもである。
「私は自由に生きて自由に死にたい」
それが彼女の口癖だった。
「なら子供のことは諦めろ。お前が生きてくれていればそれでいい」
「父親が馬鹿なこと言わないで。次言ったら許さない」
この子は私の希望なんだから、と彼女が自分のおなかを撫でた。
カレンが出会った時と変わらぬ、強い意志を持った瞳でこちらを射抜く。
「この子を、私とあなたの大切な子を誰より幸せにして」
マリアンヌを傷つけてまで手に入れた宝物だったはずなのに、あっけなくカレンはこの手からこぼれ落ちた。
しかしギルバートをこの手に抱いた時、そのぬくもりに涙が溢れた。
そしてたしかに俺とカレンの子である証でもある真っ黒の髪に紫の目をいつまでも眺めていたいと思った。
それなのに俺は息子との接し方がわからなかった。
誰より幸せにしたいと願っていたはずなのに、そう思えば思うほど、昔から自分の中に燻っている暗い感情がいつか息子を傷つけてしまうのではないかと恐ろしかった。
カレンがいなくなって、またこの世界での息の仕方を忘れた。
息子を大切にしたいのに、どうしていいかわからず顔には例の笑顔の仮面を貼り付けてしまう。
そうして距離感がどんどんわからなくなり、ギルバートはいつの間にか、笑顔のない悪魔の子と呼ばれるようになってしまった。
母親のぬくもりも父親の愛情もまともに知らなかったのだから、当たり前と言えば当たり前である。
今の自分はカレンが見たら切り捨てられそうな体たらくだった。
しかし今更自分に何ができるのだろう。
最愛の人をどうすることもできないまま死なせてしまい、その人が残してくれた息子すら上手に可愛がれない。
さらには自分が何もかも中途半端で身勝手だったせいで、マリアンヌやロルフまで狂わせてしまった。
絶望感でいっぱいだった。
自分に失望していた。
しかし自分のせいで闇に包まれた王宮に光が差した。
ギルバートの妻であった。
彼女はまさしく、ギルバートを、この王宮を変えてくれる精霊だった。
今はギルバートと彼女は三人の子宝に恵まれ、本当に幸せそうだった。
情けないことにギルバートの幸せそうな顔というのを俺は初めて見ていた。
そしてその幸せは俺にも分けてくれた。
「おじいさま!」
孫たちの元気な声が部屋の外から聞こえてくる。
カレン…
俺は身勝手で最低な人間だった。
それなのに今。
信じられないくらい満たされているよ。
~アドルフ編fin~
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