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第一章 行運流水、金花楼の夜
璟国からのお客様 2
しおりを挟む刺繍透かしの吊り灯籠が、蘭の間をぼんやりと照らしている。
「なっ、……これは」
贅沢にあたためられた個室に、立派な寝具が一式。一目でここがそういうことのための場所だとわかる存在感。
けれどいかがわしくなりすぎないのは、調度品から壁紙から、かの皇宮と同じ最高級のものを使っているからである。
金花楼の、夢の一夜。室代だけでも決して安くない。
入口で立ち止まってしまった公羊の背に手を置いて、中へと促す。
「外は寒いですから」
「いやしかし、俺は」
「大丈夫、飲み直すだけですわ」
寝室と衝立で区切られた側の卓子には、すでに茶器も酒器も用意されている。
あたしたちは夜の冷気から逃げるように身を縮めて戸の内側へと滑り込んだ。
「はぁぁ、寒かった。けれど、璟の冬はもっともっと寒いのですよね? 雪も積もるのだとか」
熱い茶をすすめると、観念したふうな公羊は椅子にどさりと腰を下ろした。
「たしかに、あちらは積雪も少なくない。だが俺にとっては洛清安のほうが、よっぽど冷えるな」
茶に口をつけて、公羊はほうっと息をついた。
「……うまいな。懐かしい味がする」
ぶすっとした感じに聞こえるのは、きっと照れ隠しだ。女性と二人きりという環境に、慣れていらっしゃらないのかも。
公羊の、男にしてはなめらかな頬は赤く染まっているが、まだ完全に酔っている風ではない。色々と聞き出すには、もう少し酒をすすめるべきだったかもしれない。
「普段は、南市ではなく清安にいらっしゃるの?」
「えっ? あ、ああ。……そうだ。あー、そのー、そう。洛へは、商売で」
「商いが成功していらっしゃるのね。すごいわ。どのような商品を扱っていらっしゃるの? 熊の毛皮や、織物とかかしら。璟産の毛皮は南市ではめったにお目にかかれないけど、運良く手に入れたお客様たちからは、良い評判を聞くわ。私もいつかは買い求めたいなぁって思っているの。今日はお持ちではないの? ぜひ見せてくださいな」
「ああ、毛皮、……って、熊!? 熊かぁ……いや、女性の持ち物であれば貂のほうが向いているのではないだろうか……」
「まぁ、そうでしたか。さすがですわ。でもきっと、お高いんでしょう?」
「い、いや……値段は……その、あ、商いは、親がやっていて、俺はふだんは、手伝いを」
すぐにわかる、嘘だ。目を泳がせて、必死に設定を思い出そうとしている感じ。
(ふーん、商人でないなら、一体何かしら。洛にお住まいなら、お役所関係者? 璟の人間も、役人になれたかしらね?)
しかし清安から南市まで、徒歩で1時間はかかる。坊はもう閉まってしまったし、ちょっと強引だったけど、今夜はここで過ごすしかないだろう。
仮に公羊が宮廷関係者だとしたら、夜明け前にはここを出て行かないと、出仕には間に合わない。けれど、過去にそういう客がいなかったわけではないし。
彼がどういう人であれ、あたしのすることはひとつだ。
(なんとしても常連になってもらわないとー! あたしの! 特別支給のためにも!)
「公羊様、朝が来たら、帰ってしまうのでしょう?名残惜しいわ。もっと璟のお話も聞きたいのに」
茶器を置いた手に、自分の手を重ね合わせる。
彼はそれを振りほどくでもなく、指を絡ませるでもなく、ただ困惑した様子であたしの目を見ている。
「……あなたは、秦青の人間にしては珍しく、璟族に興味があるようだが……」
「ええ、そうよ。……私も、この茶葉が好きだわ。お酒の後には、少し甘すぎるけど」
「やはりあなたは、璟の出身なのだな」
ぱっと公羊の表情が明るくなった。主人を見つけた子犬のように。
なんてわかりやすくて、可愛い人だろう。
「玉蘭よ。玉蘭って呼んで」
「玉、蘭」
公羊の胸によりかかって囁くと、彼の白い肌にさっと朱がさす。
この仕事、実はというと冬のほうがやりやすい。触れ合う人肌はあたたかく、心地が良いから。
「玉蘭……は、俺と、同郷なのだろう?」
公羊はあたしを膝に置いたまま、身を固くしている。あたしは彼の白く輝く髪を指でもてあそんで、絹のような手触りを楽しむことにした。
「残念。違うのよ、私は璟と秦青の、国境の村の出なの。瑞江沿いの、名前のない小さな村で、8つまで暮らしていた」
「……国境の……瑞江といえば、璟と秦青を結ぶ交通の要所だが」
「今は、ね。十年前は、焼け野原だった。ご存知?」
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