prejudice

鳫葉あん

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 成瀬貴史(なるせ たかふみ)は美しい両親のもと、そうなるべくして美しく生まれてきた。
 すっきりとした目鼻立ち、シャープなラインの輪郭、母親譲りの薄い唇。父親譲りの恵まれた体躯。
 チャームポイントたっぷりの美男子に成長した貴史は多くの芸能人が言うように路上でスカウトされてモデルとして芸能界へ入った。
 何十年に一人の逸材だの何だのと持て囃され色んなファッション雑誌に引っ張りだこになる程、貴史の美貌は完成されていた。誌面で微笑むだけで想像妊娠してハッピーライフエブリディだと叫ぶファンもいた。
 事務所の方針により厳しいレッスンをこなし、ドラマデビューも果たした。
 放送前は話題性だけだの顔だけだの枕認定までされたが、そんなものを吹き飛ばす程度の演技を見せつけた貴史は三十を迎えた今、イケメン実力派俳優の筆頭となっていた。
 輝かしいスター街道を邁進し続けるシンデレラボーイだが、私生活には悩みがあった。

「何でオレこんなにモテないの……」

 行きつけの居酒屋の個室にて、長年世話になっているマネージャーを前にぼやく。
 その姿はとてもテレビの中で貴公子然として微笑む姿からは程遠い。やさぐれた兄ちゃんであった。

「恋に発展しないからだろ。お前の場合は女の子じゃないってだけで無理ゲーだろ。変な噂立つような真似するなよ」

 遠慮のない言葉にぐぅっと唸る。貴史を芸能界へ引っ張り上げた男の言葉は正しく、きつい。

 貴史は同性愛者であった。
 くびれた豊満なボディの美女相手のラブシーンよりも逞しい男性と取っ組み合いの喧嘩シーンを行う方が緊張して興奮する。勿論おくびにも出さないが。
 すっかり顔が売れ、老若男女問わず貴史を知る人の多くなった昨今、貴史の恋愛は行き詰まっていた。まず出会いがない。
 貴史と同じ同性愛者の集まる場所、ゲイバーなどは行けない。変装したくらいでは貴史の美貌を隠しきることは出来ないだろう。百点満点中千点の顔面はそこら辺にほいほいいないのだ。
 貴史がゲイバーに現れれば秒で拡散される。その日のうちに芸能リポーターが突撃してもおかしくはない。即座にネットニュースで成瀬貴史は同性愛者だったと記事にされるのだ。

「もうオレカミングアウトしたい。そしたらゲイバーとか行ってもおかしくないじゃん」
「あと十年は許さん。それに店の迷惑にはなるだろ。記者は来るぞ」
「酷い……オレ頑張って言うこと聞いて稼いでるのに……恋人どころかセックスもしたことないのに……」
「どうせオナりまくってんだろ。それで我慢しとけ」
「酷い。そんなにしてねぇよ」

 明け透けな会話が出来る程信頼出来るのは恩人でありカウンセラーに近い、口の悪いマネージャーくらいだ。クリーンイメージを徹底しゴシップを恐れる貴史に芸能界での友人は少ない。
 それを理解して愉快ではない話を聞き、掃き溜め役を担ってくれる彼にやはり頭が上がらなかった。

「明日は新作の顔合わせだから飲み過ぎるなよ」
「……わかってますよぉ」

 手にしたジョッキを飲み干しながら言われた仕事を思い出す。次のシーズンから放送が始まる学園ドラマの主人公である熱血教師役に貴史が選ばれ、出演者と台本の読み合わせが行われるのだ。
 男子校を舞台にしており、作品の性質上共演者の殆どは見知った男性俳優ばかりだったが見慣れぬ名前もいくつかあった。誰だっけと尋ねるとアイドル事務所の若手アイドルだと言われる。

「なかなかの男前だったな。若い分お前が霞んで見えるかもしれんぞ」
「ふっ。この美貌が? 霞む? マジで言ってる?」

 痛い発言に見えるが自分で言うだけあり貴史の顔面は恐ろしい程に整っている。

「まさか。俺が一番美しいと思う男はお前だよ」
「……はぁ。前原さんが結婚してなきゃアプローチするのにな」

 冗談をははは、と笑って流してくれる目の前のマネージャー、前原の左手薬指にはシンプルなリングが輝いている。十も年下の面倒なクソガキだろう貴史のメンタルをこまめにケアしてくれる彼には優しい奥さんと可愛い娘さんがいる。

「また遊びに来い。まほが貴史くんつれてきてってぐずるんだ」
「こないだ貰った何かのゲームの王子様のかっこして行くわ」
「どっちも喜ぶな」

 可愛い盛りの娘の話をされると貴史の心も優しくなる。恋愛対象にならないだけで女性に好意を持つし、前原の妻子には世話になっておりこちらにも頭が上がらない。
 結婚も恋人も、そういうものが出来なくても、前原一家と関わっていられたら充分なのではないかと。貴史の心は悟り、枯れ始めていた。


 若さというのは瑞々しい特権であり、場合によっては武器となり、立場によっては凶器となる。そう、実感してしまう出会いがあった。
 前原と飲んだ翌日、予定通り行われた顔合わせ兼台本の読み合わせにて、主演である貴史との絡みの多い相手役を務める園村基(そのむら もとい)というアイドルは、貴史とはタイプの違う美男子だった。
 どちらかと言えば中性的な美貌の貴史と違い男性らしさに溢れ、何かスポーツをしていたのか程よく鍛えられた体躯は思わず目を奪われうっとりしてしまう。前原に背中をつねられなければ見入ってしまったことだろう。
 見た目はオラオラ系だが物腰は柔らかく他の俳優達を立て、素直な反応を見せる。これは可愛がられることだろう。


「完敗っすわ」
「顔は負けてないだろ」

 無事に読み合わせを終えた帰りの車内で呟く。

「えぇー何あれ。めっちゃかっこい。あーあー女の子食いまくってんだろーなぁ」
「どうだかな」
「あんなん女の子が裸で抱き着いてくるでしょ」
「世間様にはお前もそう思われてるよ」
「オレは裸で抱き着きたい側だよ」

 疑われることなくノーマルだと思われている貴史は女性誌で行われる男性ランキングで常にトップにいる。
 上手く遊んでいそうだの遊ばれたいだのゴシップがないのは真剣な付き合いをしてるからだの好き勝手言われるが実際は遊ぶどころか恋人を作ったこともない。前原家のまほちゃんと動物達の町作りゲームで遊びまくっているくらいだ。
 恋愛観のインタビューは当たり障りのないことか漫画やゲームの知識、恋人がいたらという妄想等から適当に考えて答えている。経験がないから仕方ない。
 世間の形作る『成瀬貴史』はハリボテでしかない。超絶イケメンなのは間違いないが恋愛経験に富み遊び慣れた貴公子ではない。ただの出会いのない姪っ子(のような存在)を可愛がる同性愛者の三十男だ。

「はぁ。あーんな若いイケメンがさぁ、彼氏だったら最高なのにね。無理だけど」
「同業者は勘弁してくれ。何されるかわからん」
「しないよぉ。ってか相手にされないよぉ。俳優とかアイドルなんてみーんな女の子大好きなノンケしかいないでしょ」

 貴史唯一の出会いの場である芸能界は選択肢から除外されている。
 十代後半から始めた芸能活動中、心惹かれる相手がいなかったとは言わないが自制してきた。
 広いようで狭く、競争の激しい世界で貴史の性的指向は弱味にしかならない。どれだけ貴史の顔面力が桁外れだろうとも、庇いきれないこともある。
 対面すれば仲良くしてくれる俳優達だって、裏では何を思っているかわからない。貴史を知れば心変わりする可能性もある――ただの友達にすらなってくれないかもしれない。
 性的指向が人と違うということは、決して悪いことではない。それでも偏見の強い世界においては攻撃される理由となってしまう。
 華やかなだけではない世界だけど演技が好きだから続けていきたい。それを教えてくれた恩人達に恩返しがしたい。面倒な芸能界に残り続ける理由はそれだけだった。


 まほちゃんとゲームで遊ぶ以外の遊びが出来ない貴史の生活はストイックだ。
 充分な睡眠時間の確保、バランスの良い食事とサプリメントによる美貌保持、適度な運動、バラエティ番組に出る時困らないよう世間の流行りを押さえておく。
 これだけ忙しいから恋愛してる暇なんてないなぁと自分のための言い訳にもなる。
 それらをこなしつつ、不規則な時間の多い俳優業も手を抜かずこなす。
 今日からドラマの本格的な撮影が始まり、現場入りした貴史を待っていたのは何とも気分の良い挨拶だった。

「あ、成瀬さん! お久しぶりです! おはようございます!」

 イケボと呼ばれるのだろう耳心地の良い声で元気に挨拶してくれるのは園村だった。
 日本人男性としては長身の部類に入る貴史よりも十センチは高い身長。手を差し出され「おはよう。元気そうだね」と握手をしてやると貴史の手が小さく見えた。
 手から視線を上げるとやたらキラキラした目が貴史を見ている。
 既に衣装を着ている彼は友人関係のもつれから人間不信になりやさぐれた不良生徒という役柄なので悪めな制服の着こなしをしているが、向けてくる顔が好意に満ちていてちょっとワイルドな高校生くらいにしか見えない。可愛いもんである。

「あの、俺、ドラマで、その……主役に近い役って始めてなんで…………あの、足引っ張るかもしれないですけど……」

 しどろもどろな台詞は聞いてる途中で何を言いたいかはわかる。貴史が言うべき言葉はもっとわかる。

「NG気にしてたら役者なんて出来ないよ。僕も初めはワンシーン取るのに一日かけて先輩に怒られてたから。気にせず君らしくやってみたらいい」

 一日は言い過ぎだが、俳優になりたての頃はNGの連続だった。緊張してどんどん演技が出来なくなっていく貴史を休憩に誘ったのは一回り以上年上の女優で、彼女は貴史を怒らず励ました。
 彼女の本意がどうであれ、掛けられた励ましに慰められたのには変わらない。嬉しかった気持ちを思い出し、後輩達から緊張を感じる度に貴史は励ましの言葉を贈っていた。

「……はいっ!」

 貴史の言葉に驚き、喜んだ顔で笑う。犬っころのように可愛いものである。

 園村が危惧するようなこともなく、撮影は順調に進んだ。NGが全くないわけではないが、失敗を次に活かしている。元々の演技力も悪くない。というか高い。
 彼はきっと良い俳優になる。貴史のカンがそう言っていた。
 貴史は俳優という職業が好きだ。演技が好きだ。先輩後輩関係なく、技量のある人は尊敬する。
 ドラマの撮影で絡むことの多い園村を、貴史は可愛がった。先輩俳優として自分なりの助言を与えたり、褒めるべき所は褒め直すべき所はさりげなく注意する。
 貴史の言葉を素直に受け止める園村は贔屓目なしに可愛い後輩だった。

 日に日に演技力が増し、他の俳優達からも褒められる姿の増えた園村を見て関係ない貴史が誇らしくなる。
 そう、彼はもっと良くなるのだとわかった顔をして、褒められている園村を見る。きっと犬っころのような笑顔を浮かべていると思ったのに、園村は照れたように笑っているがちょっと澄まし顔だった。

「……あれ?」

 貴史が見る園村はいつも貴史を真っ直ぐ見つめて、目を輝かせてニコニコしていた。演技中は怒った顔や今のような澄まし顔も見せるが、普段は常に笑っている。
 笑顔じゃなくてもかっこいいって何だよ、と思っていると園村の顔が貴史の方を向く。目が合った途端に笑みを浮かべる彼に、貴史も笑って返してやった。


 ドラマの第一話が放送されるとSNSで大きく話題になった。
 超絶イケメン俳優である貴史が主演というだけでなく、出演者が豪華な上に男性アイドルとしての人気が高いらしい園村が初の副主演とあっては話題にならない方がおかしい。
 話の流れは貴史演じる熱血教師が赴任した不良だらけの男子校で彼らと対話したり対話(物理)したりして絆を深め、彼らの進む道を探していく熱血学園ストーリーである。
 一番厄介で放っておけない生徒を園村が演じており、回が進む毎に彼の演技を褒める声も増えていた。
 撮影も佳境を迎え、数々の問題を乗り越えた園村の演じる生徒がついに教師に対し心を許す瞬間が来た。
 過去に友人に裏切られ人を信じられなくなった少年を、人を信じることしか出来ない教師が真っ向からぶつかる。愚かですらある教師の姿に、ひねくれた心はねじれて戻る。

『……バカな先生』

 生徒は決して教師を『先生』と呼ばなかった。
 お前。てめぇ。あんた。バリエーションは多彩ながら、先生とは呼んでくれなかった。認めてくれなかった。
 感謝の言葉と共に泣き、抱き着いてくる自分より大きくて小さな生徒を、呆然と抱き返す教師。すぐに呼び名に気付いて驚き、泣いて笑う。
 教師と生徒の間に絆が芽生えた感動的なシーンは放送されるやSNS上でひたすら尊いされたのは後の話。
 そんなことも知らず撮影は進み、無事にクランクアップを迎えると打ち上げが行われた。飲み会が大好きな貴史は勿論、園村も参加していた。


「あれ? 園村くんって飲んでいい歳?」
「俺こないだ二十になったんで大丈夫です」

 当然のように貴史の隣に座る男へ問いかけ、答えに驚く。十も違うのだから若いわけである。

「二十……わっか……僕その頃何やってたかな……」
「貴史くんはまだモデルじゃなかった? ドラマに出始めたの、二十一か二じゃないっけ」

 向かいに座る同年代の俳優が答えてくれる。そう言われればそんな気もした。

「よく覚えてるね」
「俺も同じくらいに出始めたから。貴史くんとはよく共演したよね」
「あーそうそう。端役でよく絡んだよね」

 懐かしい記憶が掘り起こされる。興味がわいたのか園村が当時の話を聞きたがるので思い出せる範囲で話す。
 聞いて楽しいものなのか、園村は相変わらず機嫌良さげに笑っていた。


 打ち上げも頃合いの時間となり、もうそろそろ終わろうかと各々帰り支度を始める中、園村がこっそりとした様子で声を掛けてきた。

「あの……成瀬さん、この後って用事ありますか?」
「いや? もうかなり遅いし帰って寝るだけだよ」

 終電はまだ先だが何か予定を入れるには遅い時間である。夜遊びなど出来ない貴史は大人しく帰宅するしかない。

「あの、俺、成瀬さんにお話があって……その、この後……俺の家、来てもらったりとか……」

 自分に懐いてくれているらしいイケメンに言われて頷かない程貴史の頭に理性はない。二つ返事で了承すれば園村の顔は不安そうだったものが光り輝くような笑顔に変わった。

(……演技のダメ出ししてくれとか? かな)

 若い頃。俳優としてまだまだよちよち歩きのひよこだった頃、貴史は先輩俳優に自分の演技について意見を聞いていた。バシバシ粗を探し叩きつけてくれる彼らによって貴史の演技は確実に伸びた。
 多分そういう方向だろうと思っていた貴史に待っていたのはそんな真面目な話ではない。真面目なことに変わりはないのだが。


「俺、成瀬さんが好きです。ガキの頃、初めてテレビで見た時からずっと……ずっと好きでした」

 園村の住まいだと案内されたセキュリティ完備で綺麗でお洒落なマンションの一室。通された部屋に入るなり、抱き締められて愛の告白を受けるとは思っていなかった。

「へ?」
「俺の人生滅茶苦茶にしたんですから責任取って付き合って下さい!」
「は?」

 勝手に自分語りを始めた園村いわくモデルデビューした当時の貴史の中性的な美貌は子供心にとても美しく感じられ、多感な時期も重なって恋になったらしい。貴史の性別を知ってもなお変わらなかった心のままにどうにか知り合おうと必死になり、芸能界デビューを目指したという。

「……オレに会うために……?」
「はい。それだけです」
「……ああ、うん。いいよ。付き合う……」

 突拍子もない告白であるが目の前の男に愛を求められて嬉しくない筈がない。あっさりとした了承に園村の方が驚いている。

「いいんですか!?」
「いいよ。オレ男が好きだし」

 歓声が上がった。雄叫びに近かった。隣室から苦情が来やしないかと焦ったが防音がしっかりしているらしく特に怒られなかった。
 その日はもう遅いし付き合うんだしと色々言われるがままに園村の部屋に泊まった。柔らかいマットレスと広々としたキングサイズの寝やすいベッドで共に眠り、二人の交際は始まった。
 見えていなかった問題点もすぐに見つかることになる。


「あの、俺……恥ずかしながらそういうこと、したことなくて」

 愛し合う恋人達なら行って当然の行為の話になり、役割は貴史がネコ役で問題なく決まり本日行おうとなった時、頬を染めながら園村が告白する。精通する前に貴史に強烈な一目惚れをした園村が他人相手に勃つ筈がなかった。

「……業腹ですけど貴史さんはその、モテるし……そういうこと、慣れてるんだろうなって……」
「………………おうよ。あの、準備するから……マッテテネ」

 とりあえずバスルームへ逃げた。
 慣れてるなんてとんでもない。偏見であった。貴史は新品ピカピカの処女である(玩具含む)。

「……和物は勿論洋物も色々見たいけるいけるオレはやれるオレは天下の成瀬貴史だオッスお願いしま~す」

 意味不明な呪文で己を奮い立たせると、トイレへ向かった貴史は一生懸命ネットで調べたウォシュレット浣腸を決めた。
 ピッと軽快な音と共に新たな扉は今、開かれた。


 万能の利器たるスマホを駆使し、ネット知識を頼りに中の物を全部出してさらに孔を洗って体も洗ってどこもかしこも綺麗にした貴史が寝室へ向かうと、園村は俯いてベッドに腰掛けていた。
 貸してもらったバスローブ姿の貴史が部屋へ足を踏み入れると俯いていた顔が上げられる。血走った目が向けられた。

「シャワー浴びる?」

 どうしたらいいのかわからずとりあえずそう尋ねると、頷いた園村は立ち上がると足早に部屋を出ていった。帰ってくるまでに行為のハウツーをスマホで調べる。
 貴史の性経験はほぼない。使ったことのある玩具はオナホくらいで、後ろの孔は未開発だ。
 初めては愛する人と、という乙女チックな理由もあるが単純に怖かったのである。何かを挿入するのも、挿入にハマるのも怖かった。
 情報を見るにローションでほぐさないことには挿入など無理だ。園村が戻る前に済ませてしまおうと枕元に用意していたそれに手を取る。
 ごろりと背から寝転がり、尻が上がるような姿勢になると孔へ向けてローションを垂らす。体温より冷たい感覚に体が震える。
 たっぷりと垂らされたそれを指ですくい、纏わせながら恐る恐る孔の淵へ触れる。出すだけの器官に指を挿入るのに抵抗がないわけがなく、逡巡した後、覚悟を決めてつぷ、と指を差し込んでいく。

「ひっ」

 排泄器官に挿入する違和感に声が上がる。それでも指をゆっくりと進め、第二関節まで飲み込んだ。

「んんっ」

 半分まで来たのだからもう半分だと己を鼓舞し、指を進める。違和感に僅かに慣れてきた所で部屋の扉が勢いよく開き、バスローブ姿の園村が部屋に入ってくる。
 相変わらず血走った目が貴史を捉える。寝っ転がってこれから使う孔に指を挿入ている姿を。
 無言で近付いてくるのも、尻の前に座り込んで特等席からそこを覗き込んでくるのも怖かった。

「……えと、な、慣らしてるの」

 指を進め、根元まで飲み込むとゆっくりと引き抜いていく。淵が僅かにめくれ、ローションで滑り光る指がゆっくりと出てくる。
 その光景を園村は無言で見つめていた。

 挿入した指を抜き一息つくと、次は本数を増やさねばならない。これから挿入するものは指一本とは太さが違う。
 二本の指を孔にあてがおうとした貴史に園村がようやく発声する。

「俺がやってもいいですか」

 感情をうかがえない平淡な声が怖かったが、自分で挿入する方が怖かった貴史は頷いてしまった。

「ゆっくり……あの、優しくしてね」

 いつもと違う園村にそう頼みながら、挿入やすいように股を開いて両手で尻の肉を引っ張り、少しでも孔が開くようにする。
 一連の行動を見ていた園村が唸った。童貞で貴史に夢を見続けてきた彼には刺激が強かった。

「ひぎゃっ」

 園村の男らしく筋ばった指が孔へ挿入っていく。ゆっくりではなく勢いよく。ぐちょ、と水音が聞こえた。
 手の大きさが違うように長さも違う園村の指は先程よりも深い部分へ押し入ってくる。指も増やされ、遠慮なしに出し入れされる。ぐっぽぐっぽと音を立てるローションがそれを物語っていた。

「うあっ……あんんんんっ♡♡♡」

 異物感だらけだった筈が、長い指が何かを掠めた途端快感を拾い上げた。明らかに性質の違う声で喘いだ貴史を見て察しの良い園村はそこを探す。

「ひぃ……♡ あーーーっ♡♡ だめ、だめ! そこいや……♡ やめてぇ♡♡♡♡」

 言葉とは反対に媚びっ媚びの声が悦びを教え、園村の指は本数も勢いも増していく。
 初めてだというのに親指以外飲み込み、速度を増す抜き差しに悦び、喘ぐ。

「ひっ♡♡♡」

 止まらない快感を受け入れた体が絶頂を迎え、弄られていない肉棒から白濁が飛び散る。

「うそっ♡」

 触りもせず後ろをいじめられただけで射精する筈がない。そう思っても貴史の腹を汚す精液は貴史のものだ。

「ごんにゃっ……こんなのちがう♡ やだぁ♡」
「……何も違わないでしょう。成瀬さんって後ろだけでイケちゃう淫乱なんですね……」

 頭の溶けた貴史は言葉の意味は理解出来るが声色までは察せない。憎々しげな声に違うと頭を振る。

「俺の指美味そうに咥えこんでたのに?」

 ぬぷ、と音を立てて指が出ていく。すぐには閉じず咥えた指の太さのままに開くそこから、入り込んでいたローションが流れ出てくる。
 淵が何かを求めるようにひくつくのを見て唸った園村がバスローブを脱ぎ捨てる。

「を゛っ」

 貴史のものより大きな肉棒が勃ち上がっていた。
 あれを挿入る。そう瞬時に理解して無理だと判断する。
 貴史の口が動くより先に園村が動いた。己を握り、太い亀頭を開いた孔へあてがう。

「いぎっ」

 指より太いものが挿入り込んでくる痛みに無様な声が出る。
 追い出そうと蠢く肉襞に抗い、凶器のような切っ先が奥深くへと侵入してくる不快に呻く。拒む貴史の腰を大きな手が掴み、躊躇なく押し付けられる。

「お゛っ――ぐぅぅううううぅっ!!!」

 指では届かない未知の領域まで貫かれ、野太い悲鳴が上がった。
 引き抜いて逃げようとしても腰を掴まれたままではろくな抵抗にならず、胎の中を刺激するだけになってしまう。肉襞の締め付けに園村が低く唸った。

「……くそ、何だこれっ……!」
「やぁっ! 抜いて! ぬいてぇ……抜けっ! 離せよっ……!」

 腰を掴む手を引き剥がそうとしてもびくともせず、喚く間に園村が腰を動かし始める。締め付けて拒む肉筒の中で何かを探すようにゴリゴリと擦っていく。

「うっ……ああ……んんんっ♡ いや♡ いやぁ♡♡」

 奥に隠された性感を暴き押し潰され、貴史の声が途端に甘さを滲ませ艶めく。引きずり出されていく快感と入れ代わるように痛みが薄れいく感覚に、貴史の頭が働く。気持ち良くなればいいのだと。
 園村の手に重ねていた手を下げていく。針金でも差し込まれたように緩やかに勃ち、ふらふらと揺れ動く自身へと。
 胴を掴んで擦り、亀頭を撫で鈴口を指の腹で潰す。甲高い声を上げて喜び、気付いた。
 園村の律動が止まっている。不思議に思い目線を上げると、じっとりとした目が貴史を見つめていた。


「……淫乱。そうやって何人食ってきたんですか?」

 園村の言葉は怒気に包まれていた。先程よりも力強く腰を打ち付けてくる。自分の快感を追うような乱暴さで、まるで道具として使われているような錯覚を生む。

「……いない、よぉ……」

 揺さぶられながら舌を動かす。取り繕う余裕もなかった。

「遊ぶ…ぁん……暇なんて、んんんんっ♡ ないよぉ♡♡」
「…………冗談だろ」
「オレのこと知らない♡ ああん♡ 日本人なんて、いないから……恋人探しなんてぇ♡ あん♡ 出来ないよぉ♡♡♡ おぉん♡ げーのーじんとなんて♡ もっとむりぃ♡♡ なるせはホモだって売られちゃうよぉ♡♡♡」
「……マジ?」

 貴史の告白を聞いた園村の顔から毒気が抜かれていく。ありありと発せられていた怒気も消え、代わるように頬が紅潮していく。

「しょじょま○こなの♡ だからぁ♡ いじめないで……もうやだぁ♡♡♡」
「……あ、ごめん、ごめんなさい。成瀬さんごめんなさい。無理」

 何への向けてなのか、園村は謝罪の言葉を吐きながら腰を動かし始める。貴史は再び隘路を抉られ最奥を穿たれ、頭の悪い悲鳴を上げ続ける――その声すら惜しむように園村が口を塞いでくる。口内に舌を捩じ込まれ舌同士も絡み合う。

「んぷーーーーっ!!! んんんっ! んー♡♡♡」

 いつの間にか腰から手が退かされているが、深く繋がりながら大きな体に覆い被さられては逃げ出すことは出来ない。それどころか園村に合わせるように貴史の尻が動いている。意識など全くしていなかった。

「ぎゃうっ♡」

 自由になった園村の手が貴史の乳首を摘まみ始めた。甘ったれた声を上げながら、貴史の両手は園村が動きやすいようにとその肩にのび、彼にすがり付いている。
 盛った獣のように腰を振られ、尻を振って、肉で締め付けて、二人はただ快感を追っていた。何も知らない彼らはただ、気持ち良いことに従順だった。

 貴史が再び白濁を撒き散らすのと園村が貴史の中へ吐精するのはほとんど同じタイミングだった。

「あつぅい♡」
「ああ……成瀬さんの中っ……! 成瀬さんに俺、中出ししてる♡」

 感極まった声が聞こえるが、貴史の中で主張する肉棒は全く衰えない。勃ち膨れたまま、園村が再び腰を振る。
 吐き出された精液は押し出されて孔の淵から溢れたり、貴史のもっともっと奥へ入り込もうとしている。

「あぁん♡ おくいい♡ あついのくるぅ♡♡」

 隠すことのなくなった貴史はただ、思うままに喘いだ。



 すっかり夜も更け、初めての性行為で精根尽きた貴史は深く寝入っていた。そんな貴史の体の後始末を簡単に済ませた園村も、重いが心地よい疲労に包まれている。

「……成瀬さんの初めて……ふふっ……」

 まだ短い人生の大半、恋し続けた男はその美貌同様穢れなく美しいままだった。そのことのなんと嬉しいことか。

「あぁ……成瀬さん大好き……愛してる……絶対に…………」

 成瀬の体を抱き締めて眠りにつく園村の心と顔は幸福に満ち、安らかだった。 
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