魔王様の異世界逃亡生活

鳫葉あん

文字の大きさ
8 / 14

魔王様の腹心

しおりを挟む
 それは獣を従え、嵐を侍らせ、新参者に同伴する形でバアルの前に現れた。手首に輝く黄金の力でバアルの部下を魅了する彼は、バアルの好みそのものだった。
 バアルより小柄で愛嬌のある顔立ち、控えめなようで大胆な性格、他者に依存しなければ生きられない種族としての性。
 そして何より、彼はバアルの国以外を手に入れていた。
 北の国を支配する若い獣は彼のおかげで王となった。それもあってか彼に懐き、逆らわない。
 西の国を支配するいけすかない悪魔も単純に彼を気に入った様子だった。恐らく目的はバアルと同じなのだろう。
 南の国を制圧したのは彼の信奉者だった。美しい顔は常に彼を見ているのに、彼は見向きもしない。

 均衡は崩れなかった。崩したくなかった。崩す気もなかった。バアルに大それた野心などなく、ただ穏やかな暮らしを好んだ。
 バアルは生まれもっての王だった。ベリアルに引けを取らない力を持ち、国を想う心が部下は勿論民を惹きつける。バアルを慕いバアルの力を信じる民達はバアルこそ魔界を統べる存在になるべきだと信じ、侵攻を献言する。
 魔界を分ける四つの国は過度な干渉を避け、争いを避け、保たれている。どこかが動けば他も動き、その一つを皆で喰い散らすだろう。
 優しさではなく、予想の出来ない賭けを嫌っている。特に西、ベリアルはどう動くかがわからない。あの男が争いを避けるのは美しい国と良く育った部下が損なわれるのを面倒に思っているからだ。
 均衡が崩れ、争いが始まれば魔界の大半は焦土と化し、多くが死ぬ。ベリアルの軍勢だけではなく、北と南も充分な脅威なのだから。
 現状の魔界を何の代償もなしに手に入れられるならともかく、荒廃しきった土地と疲れきった民だけの世界を欲しいとは思わなかった。
 そんな時に現れたのが、まさしく前者を可能とする存在だった。


「えーっと、この国以外は私の下に降りました」
「バアルもシュトリに従うといい。断るなら俺と全面戦争になるだけだ。ここを野原にしてやろう」
「……拒否権はないじゃないか。ああ、我が国も貴方に従いましょう」

 ベリアルの言葉に頭を抱え、バアルはシュトリへ臣下の礼を取った。一連の流れはバアルの城の謁見の間で行われ、その場は警備の兵も見守っていた。
 言葉には出さず、けれど狼狽える彼らにも聞こえるように宣言する。

「貴方こそが魔界全てを統べる偉大なる王。魔王と呼ぶに相応しいお方でしょう」

 言われた本人は何とも浮かない顔をして、曖昧に頷いていた。


 四つの国の中心地に新たな城が造られた。魔王の城、つまりシュトリの家である。
 バアル達は魔王から領土を賜り、それぞれの国の統治は変わらずにバアル達が行う、ということになっている。変わったのは他国からの干渉を過度に気にしなくなったことが大きい。
 シュトリは魔王など飾りだと、象徴でしかないと思っているが、象徴こそ大切なのだ。
 国々の長が崇める絶対的な頂点。世界の象徴。それこそがバアルの求める平穏なのだから。 

 シュトリを魔王と定め、臣下となったバアルを部下達は見限るのではないかという懸念は杞憂に終わった。
 魅了の影響なのか、彼らもシュトリという新しい主を受け入れている。バアルに対し魔王の一番の寵愛を勝ち取るべきだと発破をかける者すらいる。
 醜く争うつもりはないが、シュトリのことは気にかけていたつもりだった。それが足りないから失踪してしまったのだろうが。
 もう一度対話をすべきだと、改めて思い直していた。



「……ヴィネがシュトリを探しに行った?」
「ええ。彼の兄達がそう言っていました」

 シュトリの失踪から数日が経ち、国を離れても問題ないよう手回しを済ませた頃。バアルのもとを尋ねてきたセーレからの報告だった。

「魔界にヴィネの魔力はありません。恐らく……人間界に行ったのではないでしょうか。私も向かいますので、その報告に参りました」

 セーレの中では決定事項だ。バアルが何を言おうと、彼は人間界へ行く。シュトリを連れ戻すために。
 止めることなどせず、バアルも人間界へ向かう。その為に支度を済ませたのだから。

「……ベリアルが全く姿を見せないのは気になるが……」
「西の城も訪ねましたが、相変わらず何処へ行ったかは誰も知らない様子でした。ただ、あのお方は……シュトリの失踪を知っているし、傍にいるのではないでしょうか」
「まぁ、そうだろうな」

 ベリアルはシュトリを気に入っている。シュトリが正しく理解しているかは不明だが、ベリアルとの付き合いが長い者からしたらわかる程度にシュトリを気にかけ、構っていた。

「……本当に、邪魔な男です」

 呟く美しい顔に表情はなく、言葉には隠せない憎悪を滲ませていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます

ひなた翠
BL
目が覚めたら、やり込んだBLゲームの悪役公爵になっていた。 しかも手には鞭。目の前には涙を浮かべた美少年。 ——このままじゃ、王太子に処刑される。 前世は冴えない社畜サラリーマン。今世は冷徹な美貌を持つ高位貴族のアルファ。 中身と外見の落差に戸惑う暇もなく、エリオットは処刑回避のための「隠居計画」を立てる。 囚われのオメガ・レオンを王太子カイルに引き渡し、爵位も領地も全部手放して、ひっそり消える——はずだった。 ところが動くほど状況は悪化していく。 レオンを自由にしようとすれば「傍にいたい」と縋りつかれ、 カイルに会えば「お前の匂いは甘い」と迫られ、 隠居を申し出れば「逃げるな」と退路を塞がれる。 しかもなぜか、子供の頃から飲んでいた「ビタミン剤」を忘れるたび、身体がおかしくなる。 周囲のアルファたちの視線が絡みつき、カイルの目の色が変わり—— 自分でも知らなかった秘密が暴かれたとき、逃げ場はもう、どこにもなかった。 誰にも愛されなかった男が、異世界で「本当の自分」を知り、運命の番と出会う—— ギャップ萌え×じれったさ×匂いフェチ全開の、オメガバース転生BL。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

追放されたおまけの聖女♂は冷徹王太子の腕の中から離してもらえない〜今さら戻れと言われても、もうこの人の魔力しか受け付けません!〜

たら昆布
BL
聖女のおまけで召喚されたと思われて追放された不憫受けが拾われて愛される話

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...