風流先生

桜井雅志

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風流先生 4日目 中国の話

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    風流先生 4日目 中国の話

登場人物

風流先生(58)
自宅の一室で生徒に勉強を教えてる塾講師。

高木結(ゆい)(20)
風流先生のところでアルバイトしている女子大生。



1.
庭にはこいのぼりが泳いでいる。
もう、すっかり暖かくなり、春になった。
今日、先生はちまきを用意してくれていた。
口元に持ってくると、笹のすがすがしい香りが鼻を突いた。
「実は、母が亡くなったとき保険金が入って、僕はそのお金を何か人のために立つ使い方をしたいと思ったんだ」
「へえ、えらいっ」
「当時、週刊女性のフリーのライターをやっていた石飛仁さんって人がいて、その人が中国である活動をしてることを聞いたんだ」
「どんな活動ですか?」
「日中平和祈念堂建設プロジェクト」
「何ですか、それ」
「あまり知られていないんだけど、戦時中に全国の日本の炭鉱で多くの中国人が働いてたんだけど、過酷な行動と劣悪な環境が原因でたくさんの方が亡くなってしまったんだ。その遺骨が天津に返されたんだけど、それらが粗末な施設に安置されててね、もっとちゃんとした施設に移しましょうって活動を僕たちはやったんだ」
「りっぱな活動ですね。それで、その施設はできたんですか?」
「できた。天津市政府が何億円か出して、大きなな建物を建てたんだ」
「すごいじゃないですか」
「その活動に色々通訳とか手伝ってくれたのが徐超さんっていう北京の旅行代理店のガイドさんで、僕たちは付き合いだしたんだ」
「やりますねえw」
「毎月、中国へ行って僕たちは会ったんだ」
「めっちゃ、遠距離恋愛ですね。いつ頃の話ですか?」
「2000年から2004年ぐらいかなあ。ところがひどいんだよ、ある日彼女が『私、デンマークに留学に行きたいから、40万円かして』って言うんだよ」
「返ってこなそうですねw」
「まあ、それでもいいって、貸したんだ」
「やさしい」
「そしたら」
「そしたら?」
「デンマークで就職しちゃったんだよw」
「あははは」
私は、つい、笑ってしまった。
「僕としては、結婚して、日本に来てほしかったんだけどね。彼女にしてみれば、日本よりデンマークの方がよかったんだろうね。あれから、彼女はできてない」
先生はそう言うと、遠い目をして庭を眺めた。
私は、笑ったことを少し後悔した。
庭のこいのぼりは、力なく柱にもたれていた。

風流先生 4日目 中国の話 終わり
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