物書き機械の外側

理科

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物書き機械の外側

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 空が斜めな色に染まっていくのを、私はただただ眺めることしかできなかった。歯車に差された油が切れ始め社会からは滲んだ音が。少年少女は右足を軸に回る。赤い道。赤いビル。赤い鳥。電車が真横を通り過ぎたが、それはまるで小説のようだと思った。

 「小説ってどうやって書くか知っているかい?」

 「もちろん」

 「もちろん?」

 「もちろん知っている」

 どうやって書くの? こうやって書くのさ。会話文は? それは「」に入れれば良いね。 これは会話? これは思考だ。誰の思考だ? それこそが思考だ。

 行き止まり。思考は不連続で、故に試行は不完全で。道の脇には家が立ち並んでいた。住宅街。緑。その家々は森になった。青。海になった。黄。紫。そして私。家々は機械になった。そして機械。家々は文字になった。文字が並んだ。文字街。そこにベクトルはなかった。スカラーでもなかった。右でも良く上でも後ろでも良かった。でもどれかが良かった。そして文字。家々はあいらぶゆーと語った。

 ***

 カフェで油を飲んでいた時に機械は止まった。ジィーという音と共に吐き出された紙には意味が分からない文字列。意味ありげな文字列。愛がいる文字列。

 「失敗だな」

 「作家が機械に取って代わられるのにはもう少し時間がかかりそうですね」

 「まず以て機械が文章を作るという発想が過去にある時点でこの試みは終わっているのだ。メタ小説としては最低の部類だね。あるとすればその逆」

 「どういうことですか。どういうこともそういうこともない。というのは?コーヒーを飲もう。コーヒーを飲んだ。空は斜めになっていく」

 腕や脚、それに耳が錆びてきているな。そろそろ交換の時期だ。私はギィと音を出しながら伝票を手に取る。右手がコーヒーに溶けてしまう。金属がコーヒーに溶ける? 
 
 最近は物理的ではないことが起こる。空が斜めになる。それがどういうことだか私には分からない。ただそれこそが文学なのだと文字を踏みながら底に落ちた。
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