20 / 22
第五話「彼女達の理由」
3.突撃! 先輩のお宅訪問
しおりを挟む
「とゆ~ことで! 真白先輩! どうしてインチキ霊能力者をちぎっては投げちぎっては投げしてるんですか!?」
翌日の放課後。舞美は俺を引っ張り回すようにして奇術部部室へ駆け込むと、開口一番先輩にド直球の質問をぶつけていた。火の玉ストレートである。
それに対する先輩の反応がまた見ものだった。黒目がちな瞳が剥き出しになるくらいに目を見開いて、あんぐりと口を開けていた。後にも先にも、先輩のあんなユニークな表情は見たことがない。
「すみません真白先輩! このアホの言うことは無視していいですから」
「アホとはなんだよアホとは~!」
ぐぐぐっと先輩に詰め寄っていた舞美の頭を鷲掴みにして、無理矢理に引き剥がす。
舞美が抗議の声を上げていたようだが、無視した。
「まあ、察しは付くけれどね」
そんな俺達のやり取りを、呆れたような、それでいて眩しい物でも見るかのような表情で見つめる先輩。彼女も部室に来たばかりなのか、三つ編みおさげ瓶底眼鏡姿のままだった。マスクだけは既に取っているので、これから変装を解くところだったのかもしれない。
「大方、二階堂さんも『アトランティス』の記事のことを知って、色々と気になったのでしょう?」
「御明察です」
「ふふっ。昨日の今日で情報共有ばっちりだなんて、相変わらず二人は仲が良いのね」
「違いますヨー真白せんぱ~い! 貴教が舞美離れ出来ないだけですから~」
「おい、どの口が言う。俺の部屋に毎日押しかけてくるのは、お前の方だろ」
「またまた~、嬉しいクセに~」
等と、先輩の前だというのに、ついつい幼馴染トークを披露してしまう俺達。
そんな内輪ノリを見せ付けられた真白先輩はというと――何故か赤面していた。
「ええと……二階堂さんは、毎日のように藤本君の部屋に通っているの?」
「毎日のようにというか、他に予定のある時以外は毎日、ですね。お陰でプライベートな時間が夜寝る前くらいしかありませんよ」
「そんなこと言って~。もう晩御飯作ってあげないヨ~?」
「いや、そんないつも作ってるような顔されても……。たまにだろ、たまに。それに、お前が作れるのはカレーだけだ。しかも、俺が半分以上作ってるやつ」
「ちょっ、ソッコーでバラさないでよ~! せっかく先輩にいいカッコ出来ると思ったのに~!」
プクーッと威嚇するフグの様に頬を膨らませる舞美。そんな子供っぽさで、先輩にいい恰好を見せられると思った方が間違いだ。ガハハ。
……ところで、先輩の顔が先程よりも更に赤くなっている気がするのだが、気のせいだろうか。
「そう……。藤本君のご両親は共働きだと聞いていたけど、そうなのね。――二階堂さん」
「は、はいっ?」
何やら一人でぶつぶつ呟いてから、先輩はおもむろに舞美の手を握った。その表情は真剣そのものだ。
「何か困ったことがあったら、迷わず私に相談していいからね。一人で抱え込んじゃ、駄目よ」
「真白先輩? ナニ言って――あっ」
先輩の奇行に戸惑っていた舞美の表情が、次第に朱に染まっていく。
気のせいか、こちらをチラチラと盗み見ながら。
「ええと。なんか俺だけ置いてけぼりなんだけど。二人とも、何の話を」
「た、貴教はだまってて! 知らなくていーから!」
「な、なんだよ……」
「そ・ん・な・こ・と・よ・り! 真白センパーイ! なんでレーノーリョクシャを、『スケサン、カクサン、こらしめてやりなさい!』みたいにしてるのか、教えてくださ~い!」
と、ここで舞美は、話の流れを強引に最初の話題へと軌道修正した。全く訳が分からないが、どうやら先輩が言わんとしていることの意味を、よほど俺に知られたくないらしい。
真白先輩は先輩で、舞美の言葉に「キョトン」としたのも束の間、すぐに満面の笑顔になって、こう言った。
「そうね。長い話になるかもだし、私の家の事情も話さないとだし。部室は暑いし、図書室は他の人がいるからNGとして……。二人とも、私の家に、来る?」
俺も舞美も、口で答えるより早くブンブンと首を縦に振ったのは、言うまでもない。
***
真白先輩の自宅――正確にはお祖父さんの家は、比企高から程近い場所にあった。
車一台がやっと通れる細い道沿いにある、思いの外こじんまりとした家だ。絵に描いたような豪邸を想像していたので、失礼ながら少し肩透かしだ。
尤も、道すがら見かけた他の家々も、お屋敷とは程遠い、庶民的な家が多かった印象だ。俺の中にある「大町イコール金持ちの住む町」というイメージが、そもそも間違いだったらしい。
とはいえ、趣のある古い木製の門と、敷地をぐるりと囲む生け垣は、きちんと手入れされている。門には有名な警備会社のステッカーが貼ってあり、インターホンも設置されている。
しかもインターホンは、この頃にはまだ珍しかったカメラ付きのものだ。そこそこ以上に、きちんとした家であることが窺えた。
家の外観自体は、和洋折衷と言った感じだ。
玄関はステンドグラスのように華美な小窓の付いた、丈夫そうな木製の開き戸。壁は赤レンガにも似たタイルが貼られており、それ以外の部分は白壁。どことなく、洋風の佇まいがある。
反面、屋根は和風の銅葺きで、すっかり緑青が浮いて見事な青緑色になっている。平屋ではなく、二階建てのようだ。
「ただいま帰りました。――さあ、二人も入って」
「お邪魔します」
「おじゃましまーす!」
先輩が僅かにキィキィ音のする扉を開けて、俺達を誘う。
玄関の中は家の小ささに反して大きく、その奥にはこじんまりとした吹き抜けのホールのような空間が広がっている。
入ってすぐ左手には、立派な木製の手すりを備えた階段が見える。やはり二階があるようだった。
ホールにはご丁寧に、古い振り子時計が置いてある。先輩の背丈くらいある、そこそこ大きいものだ。コチコチ、コチコチと、緩やかに時を刻んでいる。
「一階は祖父母のプライベートスペースなの。あまり物に触らないでね。私の部屋は二階よ。さ、こちらへ」
舞美が振り子時計を弄ろうとしていたのを優しく見咎め、先輩が階段を上がり始める。仕方ないので、俺達もそれに続く。
残念ながら――あるいは幸いにして、なのか――先輩のお祖父さんやお祖母さんは、顔を出さなかった。
そのまま、しっかりと清掃の行き届いた木製の階段を上がる。階段は程なく九十度に折れ曲がり、そこを更に上がると二階だ。
二階には扉が五つあった。先輩によれば、階段に一番近いものがトイレ、他がそれぞれ和室と洋室、納戸のもので、残り一つはバルコニーの出入り口だそうだ。恐らく、丈夫そうな掛け金が付いているのがバルコニーの出入り口だろう。
先輩の部屋は、階段側から見て一番奥のようだった。
「ちょっと散らかってるけど、笑わないでね」
少し困ったような顔をしながら、真白先輩が部屋の扉を開ける。
途端、飛び込んできたのは――思ったよりもファンシーな空間だった。
***
「お茶を淹れてくるから、ちょっと待っていてね」
「あ、どうぞお構いなく」
「長くなるかもだから、遠慮しないで。ね?」
それだけ言い残して、先輩が部屋を出ていく。
トットットッと軽快に階段を下りる音がしたから、一階へ行ったのだろう。
――それにしても。
「ほお~! なにこいつら、カワイイ~!」
「こら舞美。勝手に触るんじゃないぞ」
先輩の私室の中を見回しながら目を輝かせる舞美。その首根っこを掴んで、イタズラしないように先んじて釘を刺した。
まあ、気持ちは分かる。先輩の部屋は、なんというか、とてもファンシーだった。
広さは四畳半ほどの、エアコン付きの洋室。そこにやや背の高いベッドと、年季の入ったライティングディスク、本棚がコンパクトに収められている。……のだが、そこかしこに巨大なぬいぐるみが鎮座しているのだ。
有名なネズミのキャラクターとその仲間達。俺達が子供の頃に流行っていた魔法少女アニメのマスコットキャラ。某・有名なネコ型ロボットとその妹、等など。
他にも名前も知らない可愛らしいキャラクターの、大きめのぬいぐるみが部屋中に飾ってあるのだ。
「しかし意外だな。先輩の部屋はもっとこう、奇術グッズやら難しい本やらで溢れてると思ってたんだが」
「え~? 真白先輩だって女の子だよ? いいじゃん、こういう部屋」
「……悪いとは言ってないよ。意外なだけで」
俺の中の真白先輩のイメージは、クールで、博識で、それでいてちょっとお茶目な所のある、大人の女性だ。けれども、よく考えなくても先輩はたかだか俺達の一歳上でしかないのだ。
少女らしい趣味があったって、おかしくはない。
――まあ、ただ。小学生並みの身長を持つ先輩が、この可愛らしいぬいぐるみの群れに囲まれて暮らしている姿は、なんというか、どこか危うい光景にも見えてしまうが。
「それにさ、奇術のグッズとかはどこに仕舞ってるんだろうなって」
「あ~確かに。部の備品以外は、真白先輩の私物だもんね~」
そうなのだ。奇術部では、部室に山と積まれている奇術グッズ以外にも、実に様々なアイテムを使うことがある。それらは全て、真白先輩の私物なのだ。
部室に「人体切断マジックセット」を持ち込んでいた時は、驚かされたものだが。「一体どうやって運んだの?」と。
「奇術の道具は、隣の納戸に仕舞ってあるのよ」
「あ、先輩。お早いお帰りで」
「お茶、受け取りますね!」
気付けば、いつの間にやら先輩が戻ってきていた。その手には銀のトレイが、トレイの上には高そうな紅茶のカップと、クッキーが盛りつけられた皿が乗っている。
舞美が目ざとくそれに気付き、受け取ろうとする。
「ありがとう。じゃあ、藤本君は、ベッドの下にある折り畳みテーブルを出してくれるかしら」
「分かりました」
先輩の指示通り、ベッドの下から折り畳み式のテーブルを取り出し、組み立てる。一人用の小さなテーブルだが、三人分のお茶とお菓子がギリギリ置けるくらいのサイズだ。
そこに舞美が、そつなくカップとお皿を並べる。カップからは紅茶のかぐわしい薫りが漂っている。もしかすると、きちんとリーフで淹れたものかもしれない。
「あ~! このクッキー好き! ほら、砂糖漬けの、硬いゼリーみたいなやつが乗ってるやつ!」
「ゼリーではなく、アンゼリカとレモンピール、それにカレンズね」
「レモンピールは分かるけど、アンゼリカとかカレンズってなんですか? 外国人のナオンちゃん?」
「アンゼリカは、セイヨウトウキという植物を蜜煮して乾燥させたものよ。カレンズは干しブドウの一種」
「へえ~! ゼリーじゃなくて、全部植物なんですね~」
言いながら、「いただきます」も言わずにひょいひょいとクッキーを食べ始める舞美。
流石に何か言ってやろうかと思ったが、「おいしい~!」等と言いながら幸せそうな顔をされてしまっては、何も言えない。
何より、真白先輩がそんな舞美のことを妹を見守る姉のような表情で眺めていたので、良しとした。
「――さて。じゃあ、お茶を飲みながらゆっくり話しましょうか」
「あれ? なんの話でしたっけ」
「こら舞美。お前が聞きたいって言ったんだろ。先輩が霊能力者のインチキや、心霊現象のトリックを暴く理由だよ。すみません、先輩。せっかくお招きまでしてくれたのに」
「いいのよ、藤本君。そんなに深刻な話でもないから、こういう緩い空気の方が助かるわ」
先輩が紅茶を優雅に口に運ぶ。その所作があまりにも完璧すぎて、俺はなんだか、先輩が遠い存在であるように感じてしまった。
「そうね、まずは父の話からしようかしら。――全ての始まり、きっかけはね、父がある女の子に恋をしたことだったの」
そうして先輩は語り始めた。
とある少女と少年の、数奇な出会いの物語を。
翌日の放課後。舞美は俺を引っ張り回すようにして奇術部部室へ駆け込むと、開口一番先輩にド直球の質問をぶつけていた。火の玉ストレートである。
それに対する先輩の反応がまた見ものだった。黒目がちな瞳が剥き出しになるくらいに目を見開いて、あんぐりと口を開けていた。後にも先にも、先輩のあんなユニークな表情は見たことがない。
「すみません真白先輩! このアホの言うことは無視していいですから」
「アホとはなんだよアホとは~!」
ぐぐぐっと先輩に詰め寄っていた舞美の頭を鷲掴みにして、無理矢理に引き剥がす。
舞美が抗議の声を上げていたようだが、無視した。
「まあ、察しは付くけれどね」
そんな俺達のやり取りを、呆れたような、それでいて眩しい物でも見るかのような表情で見つめる先輩。彼女も部室に来たばかりなのか、三つ編みおさげ瓶底眼鏡姿のままだった。マスクだけは既に取っているので、これから変装を解くところだったのかもしれない。
「大方、二階堂さんも『アトランティス』の記事のことを知って、色々と気になったのでしょう?」
「御明察です」
「ふふっ。昨日の今日で情報共有ばっちりだなんて、相変わらず二人は仲が良いのね」
「違いますヨー真白せんぱ~い! 貴教が舞美離れ出来ないだけですから~」
「おい、どの口が言う。俺の部屋に毎日押しかけてくるのは、お前の方だろ」
「またまた~、嬉しいクセに~」
等と、先輩の前だというのに、ついつい幼馴染トークを披露してしまう俺達。
そんな内輪ノリを見せ付けられた真白先輩はというと――何故か赤面していた。
「ええと……二階堂さんは、毎日のように藤本君の部屋に通っているの?」
「毎日のようにというか、他に予定のある時以外は毎日、ですね。お陰でプライベートな時間が夜寝る前くらいしかありませんよ」
「そんなこと言って~。もう晩御飯作ってあげないヨ~?」
「いや、そんないつも作ってるような顔されても……。たまにだろ、たまに。それに、お前が作れるのはカレーだけだ。しかも、俺が半分以上作ってるやつ」
「ちょっ、ソッコーでバラさないでよ~! せっかく先輩にいいカッコ出来ると思ったのに~!」
プクーッと威嚇するフグの様に頬を膨らませる舞美。そんな子供っぽさで、先輩にいい恰好を見せられると思った方が間違いだ。ガハハ。
……ところで、先輩の顔が先程よりも更に赤くなっている気がするのだが、気のせいだろうか。
「そう……。藤本君のご両親は共働きだと聞いていたけど、そうなのね。――二階堂さん」
「は、はいっ?」
何やら一人でぶつぶつ呟いてから、先輩はおもむろに舞美の手を握った。その表情は真剣そのものだ。
「何か困ったことがあったら、迷わず私に相談していいからね。一人で抱え込んじゃ、駄目よ」
「真白先輩? ナニ言って――あっ」
先輩の奇行に戸惑っていた舞美の表情が、次第に朱に染まっていく。
気のせいか、こちらをチラチラと盗み見ながら。
「ええと。なんか俺だけ置いてけぼりなんだけど。二人とも、何の話を」
「た、貴教はだまってて! 知らなくていーから!」
「な、なんだよ……」
「そ・ん・な・こ・と・よ・り! 真白センパーイ! なんでレーノーリョクシャを、『スケサン、カクサン、こらしめてやりなさい!』みたいにしてるのか、教えてくださ~い!」
と、ここで舞美は、話の流れを強引に最初の話題へと軌道修正した。全く訳が分からないが、どうやら先輩が言わんとしていることの意味を、よほど俺に知られたくないらしい。
真白先輩は先輩で、舞美の言葉に「キョトン」としたのも束の間、すぐに満面の笑顔になって、こう言った。
「そうね。長い話になるかもだし、私の家の事情も話さないとだし。部室は暑いし、図書室は他の人がいるからNGとして……。二人とも、私の家に、来る?」
俺も舞美も、口で答えるより早くブンブンと首を縦に振ったのは、言うまでもない。
***
真白先輩の自宅――正確にはお祖父さんの家は、比企高から程近い場所にあった。
車一台がやっと通れる細い道沿いにある、思いの外こじんまりとした家だ。絵に描いたような豪邸を想像していたので、失礼ながら少し肩透かしだ。
尤も、道すがら見かけた他の家々も、お屋敷とは程遠い、庶民的な家が多かった印象だ。俺の中にある「大町イコール金持ちの住む町」というイメージが、そもそも間違いだったらしい。
とはいえ、趣のある古い木製の門と、敷地をぐるりと囲む生け垣は、きちんと手入れされている。門には有名な警備会社のステッカーが貼ってあり、インターホンも設置されている。
しかもインターホンは、この頃にはまだ珍しかったカメラ付きのものだ。そこそこ以上に、きちんとした家であることが窺えた。
家の外観自体は、和洋折衷と言った感じだ。
玄関はステンドグラスのように華美な小窓の付いた、丈夫そうな木製の開き戸。壁は赤レンガにも似たタイルが貼られており、それ以外の部分は白壁。どことなく、洋風の佇まいがある。
反面、屋根は和風の銅葺きで、すっかり緑青が浮いて見事な青緑色になっている。平屋ではなく、二階建てのようだ。
「ただいま帰りました。――さあ、二人も入って」
「お邪魔します」
「おじゃましまーす!」
先輩が僅かにキィキィ音のする扉を開けて、俺達を誘う。
玄関の中は家の小ささに反して大きく、その奥にはこじんまりとした吹き抜けのホールのような空間が広がっている。
入ってすぐ左手には、立派な木製の手すりを備えた階段が見える。やはり二階があるようだった。
ホールにはご丁寧に、古い振り子時計が置いてある。先輩の背丈くらいある、そこそこ大きいものだ。コチコチ、コチコチと、緩やかに時を刻んでいる。
「一階は祖父母のプライベートスペースなの。あまり物に触らないでね。私の部屋は二階よ。さ、こちらへ」
舞美が振り子時計を弄ろうとしていたのを優しく見咎め、先輩が階段を上がり始める。仕方ないので、俺達もそれに続く。
残念ながら――あるいは幸いにして、なのか――先輩のお祖父さんやお祖母さんは、顔を出さなかった。
そのまま、しっかりと清掃の行き届いた木製の階段を上がる。階段は程なく九十度に折れ曲がり、そこを更に上がると二階だ。
二階には扉が五つあった。先輩によれば、階段に一番近いものがトイレ、他がそれぞれ和室と洋室、納戸のもので、残り一つはバルコニーの出入り口だそうだ。恐らく、丈夫そうな掛け金が付いているのがバルコニーの出入り口だろう。
先輩の部屋は、階段側から見て一番奥のようだった。
「ちょっと散らかってるけど、笑わないでね」
少し困ったような顔をしながら、真白先輩が部屋の扉を開ける。
途端、飛び込んできたのは――思ったよりもファンシーな空間だった。
***
「お茶を淹れてくるから、ちょっと待っていてね」
「あ、どうぞお構いなく」
「長くなるかもだから、遠慮しないで。ね?」
それだけ言い残して、先輩が部屋を出ていく。
トットットッと軽快に階段を下りる音がしたから、一階へ行ったのだろう。
――それにしても。
「ほお~! なにこいつら、カワイイ~!」
「こら舞美。勝手に触るんじゃないぞ」
先輩の私室の中を見回しながら目を輝かせる舞美。その首根っこを掴んで、イタズラしないように先んじて釘を刺した。
まあ、気持ちは分かる。先輩の部屋は、なんというか、とてもファンシーだった。
広さは四畳半ほどの、エアコン付きの洋室。そこにやや背の高いベッドと、年季の入ったライティングディスク、本棚がコンパクトに収められている。……のだが、そこかしこに巨大なぬいぐるみが鎮座しているのだ。
有名なネズミのキャラクターとその仲間達。俺達が子供の頃に流行っていた魔法少女アニメのマスコットキャラ。某・有名なネコ型ロボットとその妹、等など。
他にも名前も知らない可愛らしいキャラクターの、大きめのぬいぐるみが部屋中に飾ってあるのだ。
「しかし意外だな。先輩の部屋はもっとこう、奇術グッズやら難しい本やらで溢れてると思ってたんだが」
「え~? 真白先輩だって女の子だよ? いいじゃん、こういう部屋」
「……悪いとは言ってないよ。意外なだけで」
俺の中の真白先輩のイメージは、クールで、博識で、それでいてちょっとお茶目な所のある、大人の女性だ。けれども、よく考えなくても先輩はたかだか俺達の一歳上でしかないのだ。
少女らしい趣味があったって、おかしくはない。
――まあ、ただ。小学生並みの身長を持つ先輩が、この可愛らしいぬいぐるみの群れに囲まれて暮らしている姿は、なんというか、どこか危うい光景にも見えてしまうが。
「それにさ、奇術のグッズとかはどこに仕舞ってるんだろうなって」
「あ~確かに。部の備品以外は、真白先輩の私物だもんね~」
そうなのだ。奇術部では、部室に山と積まれている奇術グッズ以外にも、実に様々なアイテムを使うことがある。それらは全て、真白先輩の私物なのだ。
部室に「人体切断マジックセット」を持ち込んでいた時は、驚かされたものだが。「一体どうやって運んだの?」と。
「奇術の道具は、隣の納戸に仕舞ってあるのよ」
「あ、先輩。お早いお帰りで」
「お茶、受け取りますね!」
気付けば、いつの間にやら先輩が戻ってきていた。その手には銀のトレイが、トレイの上には高そうな紅茶のカップと、クッキーが盛りつけられた皿が乗っている。
舞美が目ざとくそれに気付き、受け取ろうとする。
「ありがとう。じゃあ、藤本君は、ベッドの下にある折り畳みテーブルを出してくれるかしら」
「分かりました」
先輩の指示通り、ベッドの下から折り畳み式のテーブルを取り出し、組み立てる。一人用の小さなテーブルだが、三人分のお茶とお菓子がギリギリ置けるくらいのサイズだ。
そこに舞美が、そつなくカップとお皿を並べる。カップからは紅茶のかぐわしい薫りが漂っている。もしかすると、きちんとリーフで淹れたものかもしれない。
「あ~! このクッキー好き! ほら、砂糖漬けの、硬いゼリーみたいなやつが乗ってるやつ!」
「ゼリーではなく、アンゼリカとレモンピール、それにカレンズね」
「レモンピールは分かるけど、アンゼリカとかカレンズってなんですか? 外国人のナオンちゃん?」
「アンゼリカは、セイヨウトウキという植物を蜜煮して乾燥させたものよ。カレンズは干しブドウの一種」
「へえ~! ゼリーじゃなくて、全部植物なんですね~」
言いながら、「いただきます」も言わずにひょいひょいとクッキーを食べ始める舞美。
流石に何か言ってやろうかと思ったが、「おいしい~!」等と言いながら幸せそうな顔をされてしまっては、何も言えない。
何より、真白先輩がそんな舞美のことを妹を見守る姉のような表情で眺めていたので、良しとした。
「――さて。じゃあ、お茶を飲みながらゆっくり話しましょうか」
「あれ? なんの話でしたっけ」
「こら舞美。お前が聞きたいって言ったんだろ。先輩が霊能力者のインチキや、心霊現象のトリックを暴く理由だよ。すみません、先輩。せっかくお招きまでしてくれたのに」
「いいのよ、藤本君。そんなに深刻な話でもないから、こういう緩い空気の方が助かるわ」
先輩が紅茶を優雅に口に運ぶ。その所作があまりにも完璧すぎて、俺はなんだか、先輩が遠い存在であるように感じてしまった。
「そうね、まずは父の話からしようかしら。――全ての始まり、きっかけはね、父がある女の子に恋をしたことだったの」
そうして先輩は語り始めた。
とある少女と少年の、数奇な出会いの物語を。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる