ダブルス!

澤田慎梧

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第一話「新たな『ダブルス』」

一.入学式

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「おお、見ろよエイジ。桜がすげぇ咲いてるぜ」
「……奇麗なものだね」
 二〇三二年の春。須磨アツシと、その元相棒である渋沢エイジは、揃って地元の中学校へ入学していた。
 「鎌倉市立梶原かじわら中学校」。かつて源頼朝が幕府を開いた古都・鎌倉。その中心街から、バスでニ十分ほどの距離の山間に建つ古い学校だ。
 市立ながらも部活動、特に運動部に力を入れていて、毎年のように関東大会や全国大会への出場を果たしている部が多いらしかった。
 本当ならば、アツシ達もその仲間入りを果たしていたはずだったのだが――。
 傍らにいるエイジの姿を、そっと見下ろす。
 アツシよりも少し高かったエイジの目線は、今やアツシの胸の辺りにある。
 もちろん、アツシの背が急激に伸びたからではない。エイジが車イスに乗っている為だ。
 ――あの日、遅刻しそうになったエイジは、いつもの通学路を小走りに急いでいたそうだ。
 そこに、酔っ払い運転のミニバンが突っ込んできた。目撃者の話によると、ブレーキが踏まれた様子は一切なかったらしい。ミニバンはそのまま、法定速度を大きく超えたスピードでエイジに衝突した。
 二トン近い鉄の塊に跳ね飛ばされたエイジは、そのまま街路樹に激突。何度も地面をバウンドして、ようやく止まった。
 周囲の人がすぐに救急車を呼んでくれたが、全身を強く打っていて一時は命が危なかったそうだ。
 幸い、エイジは一命をとりとめて意識を取り戻した。
 けれども、両足は複雑に骨折していて、走ることはおろか普通に歩けるようになるかさえ分からない状態だという。
 更には、頭と顔の右半分を強く打ったせいか、右目の視力がほとんどなくなってしまったそうだ。
 バドミントンどころではない。エイジは今後一生、不自由な体を抱えて暮らしていくことになってしまったのだ。
 あれから数ヶ月が経ったが、エイジは未だにリハビリ中だった。今も、電動車イスに乗っての初登校だ。両足はちゃんと「足」の形をしているが、中身は金属やら何やらでガチガチに固められているらしい。歩くことさえ難しいそうだ。
 両目とも二.〇が自慢だった視力も、右目は失明同然、左目も視力が落ちてしまっている。まだかけ慣れていない黒縁メガネが、やけに似合っているのが皮肉だった。
 知り合いの女子達からは「エイジくん、メガネ似合う!」と好評だったが、理由が理由だけにエイジも苦笑いを返すので精いっぱいだった。
   ***
 正門から続く桜並木を抜けると、昇降口の前にクラス分けが掲示されているのが目に入った。
 アツシとエイジが自分達の名前を探すと……あった。二人とも一年一組だった。
「お、同じクラスだね。とりあえず一年間よろしく頼むよ、アツシ」
「おうよ! こちらこそよろしくだ」
 一緒のクラスになれた喜びを二人で分かち合う。
 ――けれども、これには実はカラクリがあった。
 入学式の数日前、アツシは両親に付き添ってもらって、いち早く梶原中学へと足を運んでいた。そして先生達に「渋沢エイジくんはまだリハビリ中で、色々と不自由な思いをするはずです。オレ、じゃなかったボクはそれをできるだけサポートしてあげたいんです!」と熱弁したのだ。
 先生達はアツシの熱い友情にいたく感激したらしく、同じクラスになるように調整してくれたらしかった――。
   ***
 校舎に入ると、そこら中の壁に所せましと「新入部員募集」のポスターが貼ってあった。
 公立校ながらスポーツに力を入れていることで有名な梶原中らしく、貼ってあるポスターのほとんどは、運動部のものだった。
 サッカー部、野球部、硬式テニス部、軟式テニス部、バレーボール部、バスケットボール部……当然、バドミントン部のものもある。
 梶原中学のバドミントン部は、県下でも有名な強豪だ。本当なら、アツシとエイジとで「期待の新人ペア」として、そこに殴り込みしていたはずだったのだが、その光景は儚く露と消えていた。
「お、見ろよエイジ。文芸部とか演劇部とか、小学校じゃ見なかった部活がいっぱいあるぜ」
 アツシは意識的に運動部のポスターから目を背け、隅っこの目立たない所に貼ってあった文化部のポスターを指さした。運動部に比べてあまりにも数が少なかったが、面白そうな部がいくつもあった。
 エイジと一緒なら、きっとどんな部に入っても楽しいはず。そう考えていたアツシだったが――。
「アツシ、君はバドミントン部に入るんだ」
「ほえっ……?」
 思いもよらぬエイジの言葉に、アツシの口から思わず間の抜けた声が漏れた。
「バドミントン部って……エイジが一緒じゃないのに、オレだけ入っても意味ないよ」
「そんなことないさ。アツシならシングルスでも十分に戦えるだろうし、ダブルスでだっていいパートナーが見付かるよ」
 ――目の前が真っ暗になった。
 アツシはずっと、バドミントンを始めた頃からエイジとのペアで頑張ってきた。今更シングルスに転向なんてしたくもないし、別の選手とペアを組むだなんてもってのほかだった。
 エイジと一緒じゃないバドミントンなんて意味がない。アツシがそう思っていることは、エイジにも理解してもらえていると思っていたのに。
『新入生の皆さんは、順次体育館へ移動して下さ~い』
 あまりのことに、アツシが何も答えられずにいると、体育館の方からそんな声が聞こえてきた。時計を見れば、もうすぐ入学式が始まる時間だった。
「ほら、行こうよ。入学式に遅刻なんて、シャレにならない」
「お、おう……」
 先に電動車イスで進みだしたエイジのあとを、仕方なく追う。
『たとえバドミントンじゃなくったって、エイジと二人でならきっと楽しいはず』
 そう思っていたのは、自分一人だけだったのだろうか?
 中学入学の晴れの日だというのに、アツシの心はどんよりと薄暗い靄のような不安に覆われようとしていた。
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