6 / 54
閑話1 姪を売った女
しおりを挟む
王都から遠く離れた村落の多くはさびれている。
何故ならロクな作物も取れない寒村は、税でそのほとんどが持っていかれるからだ。
だから狩猟や木の実の採取が命綱なんて話も珍しくない。
ルナが住んでいた寒村も、そのひとつ。
今年は農作物が不作なので、冬越えの蓄えすらギリギリの貧しい世帯が多い。
しかし、村のはずれ……すきま風が吹き込むようなボロ家に住む醜い女は、身分に不釣り合いな大量の金貨を数えていた。
「いやー、まさかあのガキがこんな大金になるとはねぇ!」
女の名前はダリア。
ルナの叔母である。
彼女がご機嫌なのは、呪いの子だとばかり思っていた姪が奴隷商人に高値で売れたためだ。
「それにしても貴族ってのは物好きだねぇ。あんな赤眼が欲しいだなんて……」
赤き月ブラッディ・ムーンは不吉の象徴だ。
それと同じ色の瞳を持つ者は『ブラド』と呼ばれ、多くの地域で忌避されている。
現にこの村でもルナは不幸を呼び込む子供とされてきた。
「ま、どうでもいいか。最後の最後に青い月みたいな幸運をもたらしてくれたんだ。少しぐらいは感謝してやってもいいかもねぇ」
王都での豊かな暮らしを夢想しながら、ダリアは金貨を何度も数え直していた。
次の瞬間、幸せの絶頂から引きずり降ろされるとは夢にも思わずに。
「おいコラァ!」
ボロ家の扉が乱暴に開け放たれた。
風防すらないボロ家に寒風が一挙に吹き込んでくる。
「ひっ! な、なんだってんだいアンタたち!?」
ダリアの家にずかずかと乗り込んできたのは、ルナを買い取った奴隷商人の二人組だ。
森を彷徨っていた彼らは泥だらけで、あっという間に床が足跡だらけになる。
「そんな汚い格好であがってこないどくれよ!」
「フザけたこと抜かしてんじゃねぇぞ、このババァ!」
抗議を無視して奴隷商人はいきなりダリアの頬を張った。
「ギャッ!」
汚い悲鳴をあげながら女が床に倒れ込む。
しかし奴隷商人が胸ぐらを掴んで強引に起こした。
「金だけせしめてガキを取り戻そうったってそうはいかねえぞ!」
「バゾンドなんて雇いやがって! いったいどんな手を使いやがった!」
すごむ奴隷商人の言葉を聞いて、ダリアは痛む頬をおさえながら目を白黒させた。
「と、取り戻す? バゾンド? 何言ってんだい、アンタら……」
「まだトボけんのか!」
「ガキを出せ!」
奴隷商人たちはさらに殴る蹴るの暴行を加える。
「ひいい!」
やがて奴隷商人たちは家の中をしっちゃかめっちゃかにひっくり返し始めた。
「いねえ!」
「どこに隠しやがった!」
「ま、待っておくれよ。まさかあのクソガキが逃げたっていうのかい……?」
奴隷商人のひとりが真顔になって女の髪を引っ掴んだ。
「痛いよ、放しとくれぇ!」
「おい、ババァ。マジで知らねえのか?」
「なんであたしがあんな赤眼を連れ戻さなきゃいけないんだい。いなくなってせいせいしたってのに……!」
奴隷商人たちは、お互いうなずき合ってから女を解放した。
「よく聞けババァ。あのガキは、とあるお貴族様からの特別注文なんだ」
「それが納品できませんでしたとなりゃ、俺たちもタダじゃ済まねえ。もちろんお前もだ」
奴隷商人がまるでモノを見る目で女を見下す。
「三日だ。三日やる。本当に知らねえなら、死ぬ気で探せ。さもなきゃお前も奴隷として売り払ってやる」
ダリアをさんざんに脅すと、奴隷商人たちは足早に去っていった。
「あの……クソガキィ……!」
まるで嵐の後のように静かになったボロ家の床に這いつくばりながら、ダリアはギリギリと歯軋りする。
その表情はまるで老婆みたいにしわくちゃになっていた。
「育ててもらった恩を仇で返すなんて! 絶対に思い知らせてやるからねぇ!」
何故ならロクな作物も取れない寒村は、税でそのほとんどが持っていかれるからだ。
だから狩猟や木の実の採取が命綱なんて話も珍しくない。
ルナが住んでいた寒村も、そのひとつ。
今年は農作物が不作なので、冬越えの蓄えすらギリギリの貧しい世帯が多い。
しかし、村のはずれ……すきま風が吹き込むようなボロ家に住む醜い女は、身分に不釣り合いな大量の金貨を数えていた。
「いやー、まさかあのガキがこんな大金になるとはねぇ!」
女の名前はダリア。
ルナの叔母である。
彼女がご機嫌なのは、呪いの子だとばかり思っていた姪が奴隷商人に高値で売れたためだ。
「それにしても貴族ってのは物好きだねぇ。あんな赤眼が欲しいだなんて……」
赤き月ブラッディ・ムーンは不吉の象徴だ。
それと同じ色の瞳を持つ者は『ブラド』と呼ばれ、多くの地域で忌避されている。
現にこの村でもルナは不幸を呼び込む子供とされてきた。
「ま、どうでもいいか。最後の最後に青い月みたいな幸運をもたらしてくれたんだ。少しぐらいは感謝してやってもいいかもねぇ」
王都での豊かな暮らしを夢想しながら、ダリアは金貨を何度も数え直していた。
次の瞬間、幸せの絶頂から引きずり降ろされるとは夢にも思わずに。
「おいコラァ!」
ボロ家の扉が乱暴に開け放たれた。
風防すらないボロ家に寒風が一挙に吹き込んでくる。
「ひっ! な、なんだってんだいアンタたち!?」
ダリアの家にずかずかと乗り込んできたのは、ルナを買い取った奴隷商人の二人組だ。
森を彷徨っていた彼らは泥だらけで、あっという間に床が足跡だらけになる。
「そんな汚い格好であがってこないどくれよ!」
「フザけたこと抜かしてんじゃねぇぞ、このババァ!」
抗議を無視して奴隷商人はいきなりダリアの頬を張った。
「ギャッ!」
汚い悲鳴をあげながら女が床に倒れ込む。
しかし奴隷商人が胸ぐらを掴んで強引に起こした。
「金だけせしめてガキを取り戻そうったってそうはいかねえぞ!」
「バゾンドなんて雇いやがって! いったいどんな手を使いやがった!」
すごむ奴隷商人の言葉を聞いて、ダリアは痛む頬をおさえながら目を白黒させた。
「と、取り戻す? バゾンド? 何言ってんだい、アンタら……」
「まだトボけんのか!」
「ガキを出せ!」
奴隷商人たちはさらに殴る蹴るの暴行を加える。
「ひいい!」
やがて奴隷商人たちは家の中をしっちゃかめっちゃかにひっくり返し始めた。
「いねえ!」
「どこに隠しやがった!」
「ま、待っておくれよ。まさかあのクソガキが逃げたっていうのかい……?」
奴隷商人のひとりが真顔になって女の髪を引っ掴んだ。
「痛いよ、放しとくれぇ!」
「おい、ババァ。マジで知らねえのか?」
「なんであたしがあんな赤眼を連れ戻さなきゃいけないんだい。いなくなってせいせいしたってのに……!」
奴隷商人たちは、お互いうなずき合ってから女を解放した。
「よく聞けババァ。あのガキは、とあるお貴族様からの特別注文なんだ」
「それが納品できませんでしたとなりゃ、俺たちもタダじゃ済まねえ。もちろんお前もだ」
奴隷商人がまるでモノを見る目で女を見下す。
「三日だ。三日やる。本当に知らねえなら、死ぬ気で探せ。さもなきゃお前も奴隷として売り払ってやる」
ダリアをさんざんに脅すと、奴隷商人たちは足早に去っていった。
「あの……クソガキィ……!」
まるで嵐の後のように静かになったボロ家の床に這いつくばりながら、ダリアはギリギリと歯軋りする。
その表情はまるで老婆みたいにしわくちゃになっていた。
「育ててもらった恩を仇で返すなんて! 絶対に思い知らせてやるからねぇ!」
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
434
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる