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11.十年前
当時十歳の冬麻。重たいランドセルを背負っていつもの通学路を歩いていると、川を熱心にのぞき込んでいる男がいた。
冬麻の経験上、『川をのぞき込んでいる人がいる=そこに何か生き物がいる』だったので、冬麻は少しワクワクしながら男の隣で川をのぞき込んだ。川にいるのはなにかの魚か、カモか。もっと見たことのない生き物かもしれない。
でも川には何もいなかった。冬麻の見落としかもしれないとじっくり眺めてみたが何もいない。
男の目線はどこに向いているのか確認するためにチラッと男の顔を見た。その時バチッと目が合ってしまった。
「ねぇ君。これあげるよ」
不意に男が差し出してきたのは腕時計だった。
細かな装飾が施されている、子どもの目から見ても立派な腕時計だった。とても大切に扱われているのか、ピカピカと光り、新品みたいにキレイだ。
「いえっ、要りませんっ」
木の枝やそこらの花じゃない。そんな高価そうなものを知らない人からおいそれと受け取れるわけがない。
「いいから貰ってくれ。道連れにしようと思ったんだけど、この時計はまだ動いている。息をしているんだ。それに気がついてやっぱり惜しくなった。この世からいなくなるのは俺だけでいい。だから受け取ってもらえないか」
男の顔はひどく疲れている様子だった。冬麻には大人の事情なんてわからないが、男からは何か不穏なものを感じた。
「もう要らないの?」
「ああ、俺には必要ない。何もかもどうでもいい」
男は吐き捨てるように言った。なんだか怒っているみたいだった。
「じゃあ、貰ってもいい?」
何の事情があるのかわからないが、捨てるくらいなら貰ってもいいかな、と冬麻は思った。
早速腕に身につけてみる。バングルを外す必要もなく、それはするすると冬麻の腕に滑り降りていった。腕時計のずっしりとした重さに、少しだけ背伸びができたように思う。
「ありがとう!」
嬉しくなって男のほうを振り返る。そのとき男の異変に気がついた。
いや最初から何かおかしな雰囲気だった。よからぬことを考えているのではと、冬麻は思った。
「——やっぱりこれ、貰うんじゃなくて貸してくれませんか?」
「え?」
男は少しだけ驚いたようだ。
「明日返します。明日またおんなじ時間にここで会えますか?」
「明日……」
男は明らかに困惑している様子だった。
「明日が無理なら明後日でも、来週でもいいです」
「俺は未来の約束はできないんだよ」
「なんで?」
冬麻の素早い返しに男は言葉をつまらせた。
「お兄さん、また会おうよ」
冬麻は少しだけ意地悪を言っている。そう言えばこの男は、とりあえずは命を諦めるようなことはしないのではないかと思った。
「ほら、約束げんまん!」
冬麻は小指をぴっと立てて男に向けた。
男は「負けたな……」と呟き冬麻の指に自分の小指を絡めてきた。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーますっ!」
冬麻は男の指をぶんと振り回し「ゆびきぃたっ!」と約束させた。
「俺を許してくれるの?」
男は弱々しくも、何か懐かしそうに冬麻のほうを見ている。
「ゆるす?」
冬麻には男のいうことの意味がわからない。
「ごめん。なんでもないよ」
そう言って笑った男はとてもかっこよかった。
さっきは元気のない顔をしていたから暗い人だと感じたが、笑顔をみて実はそうではないんだなと思った。ちゃんと笑えばテレビに出てくるイケメン俳優並みにかっこいいんじゃないだろうか。
「じゃあね! さようなら!」
冬麻はそういえば家に帰ったらすぐに公園に行って友達と遊ぶ約束をしていたのを思い出し、男にそう別れを告げて歩き出す。
「あ!」
と、思ったが言い忘れていたことがあるとすぐに男のもとに戻る。
「お兄さんは笑ったらきっとステキだよ」
見知らぬ男の人だけど、これでちょっとは元気になればいいなと思った。それに笑顔が似合いそうだと思ったのは、嘘ではなかった。
「また明日ね!」
それから男は冬麻に会いに来ることはなかった。返したかった腕時計も結局そのままになり、今でもそれは冬麻の手元に大切に保管している。
「あの時の……!」
あの時の男は、もしかしたら久我だったのではないか。
今の今まですっかり忘れていたが、あの川の話を聞いて思い出した。
あのとき久我は入水自殺を考えていたのではないか——。
——でも、あの完璧男が失敗なんてするかな……。
失敗する久我などまるで思い描けない。古い記憶だし、間違ったり記憶が多少ねじ曲がっているかもしれない。
冬麻の経験上、『川をのぞき込んでいる人がいる=そこに何か生き物がいる』だったので、冬麻は少しワクワクしながら男の隣で川をのぞき込んだ。川にいるのはなにかの魚か、カモか。もっと見たことのない生き物かもしれない。
でも川には何もいなかった。冬麻の見落としかもしれないとじっくり眺めてみたが何もいない。
男の目線はどこに向いているのか確認するためにチラッと男の顔を見た。その時バチッと目が合ってしまった。
「ねぇ君。これあげるよ」
不意に男が差し出してきたのは腕時計だった。
細かな装飾が施されている、子どもの目から見ても立派な腕時計だった。とても大切に扱われているのか、ピカピカと光り、新品みたいにキレイだ。
「いえっ、要りませんっ」
木の枝やそこらの花じゃない。そんな高価そうなものを知らない人からおいそれと受け取れるわけがない。
「いいから貰ってくれ。道連れにしようと思ったんだけど、この時計はまだ動いている。息をしているんだ。それに気がついてやっぱり惜しくなった。この世からいなくなるのは俺だけでいい。だから受け取ってもらえないか」
男の顔はひどく疲れている様子だった。冬麻には大人の事情なんてわからないが、男からは何か不穏なものを感じた。
「もう要らないの?」
「ああ、俺には必要ない。何もかもどうでもいい」
男は吐き捨てるように言った。なんだか怒っているみたいだった。
「じゃあ、貰ってもいい?」
何の事情があるのかわからないが、捨てるくらいなら貰ってもいいかな、と冬麻は思った。
早速腕に身につけてみる。バングルを外す必要もなく、それはするすると冬麻の腕に滑り降りていった。腕時計のずっしりとした重さに、少しだけ背伸びができたように思う。
「ありがとう!」
嬉しくなって男のほうを振り返る。そのとき男の異変に気がついた。
いや最初から何かおかしな雰囲気だった。よからぬことを考えているのではと、冬麻は思った。
「——やっぱりこれ、貰うんじゃなくて貸してくれませんか?」
「え?」
男は少しだけ驚いたようだ。
「明日返します。明日またおんなじ時間にここで会えますか?」
「明日……」
男は明らかに困惑している様子だった。
「明日が無理なら明後日でも、来週でもいいです」
「俺は未来の約束はできないんだよ」
「なんで?」
冬麻の素早い返しに男は言葉をつまらせた。
「お兄さん、また会おうよ」
冬麻は少しだけ意地悪を言っている。そう言えばこの男は、とりあえずは命を諦めるようなことはしないのではないかと思った。
「ほら、約束げんまん!」
冬麻は小指をぴっと立てて男に向けた。
男は「負けたな……」と呟き冬麻の指に自分の小指を絡めてきた。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーますっ!」
冬麻は男の指をぶんと振り回し「ゆびきぃたっ!」と約束させた。
「俺を許してくれるの?」
男は弱々しくも、何か懐かしそうに冬麻のほうを見ている。
「ゆるす?」
冬麻には男のいうことの意味がわからない。
「ごめん。なんでもないよ」
そう言って笑った男はとてもかっこよかった。
さっきは元気のない顔をしていたから暗い人だと感じたが、笑顔をみて実はそうではないんだなと思った。ちゃんと笑えばテレビに出てくるイケメン俳優並みにかっこいいんじゃないだろうか。
「じゃあね! さようなら!」
冬麻はそういえば家に帰ったらすぐに公園に行って友達と遊ぶ約束をしていたのを思い出し、男にそう別れを告げて歩き出す。
「あ!」
と、思ったが言い忘れていたことがあるとすぐに男のもとに戻る。
「お兄さんは笑ったらきっとステキだよ」
見知らぬ男の人だけど、これでちょっとは元気になればいいなと思った。それに笑顔が似合いそうだと思ったのは、嘘ではなかった。
「また明日ね!」
それから男は冬麻に会いに来ることはなかった。返したかった腕時計も結局そのままになり、今でもそれは冬麻の手元に大切に保管している。
「あの時の……!」
あの時の男は、もしかしたら久我だったのではないか。
今の今まですっかり忘れていたが、あの川の話を聞いて思い出した。
あのとき久我は入水自殺を考えていたのではないか——。
——でも、あの完璧男が失敗なんてするかな……。
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