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59.女の陰
最近の久我のスケジュールは目まぐるしいほどだ。仕事の予定が深夜までになることも増えたし、予定変更も多くある。
「社長はどうして急に仕事量を増やしたんですか?」
秘書デスクで隣に座る、櫂堂に訊ねてみる。
久我はこの二週間、ほとんど家にいない。深夜に帰ってきて、早朝には出かけてしまうような生活が続いている。
出勤時間を冬麻に合わせてくれていたのにそれもなくなり、ふたりバラバラの時間に家を出ることが増えた。
夜も「冬麻と一緒に夕食を食べたい」とその時間には帰宅してきて、夕食を用意してくれていたのに、それもなくなった。
同じ家に住んでいるのに顔を合わせないまま終わってしまった日もあった。朝食だけは律儀に用意されているので、それを見て久我は帰宅したんだなと冬麻が確認するくらい。
「そうですね……。まずグラビティの関係者に会う仕事を増やしている、というのはありますね」
久我はM&Aにむけて積極的に動いているようだ。三島社長に会うのはもちろんのこと、M&Aの際の法律上の手続きをサポートしてくれる企業や、グラビティ幹部、三島の弟にも接触を試みているようだ。
「この、皆神さんと遠波さんって誰ですか?」
「遠波さまは存じ上げません。最近になって社長が頻繁に会っている方で、私は会ったことがありません。社長もいつもひとりで遠波さまに会いに行かれますから。皆神さまはRTGホテルの社長のご令嬢です」
「えっ?!」
もしかして皆神は、以前久我の結婚相手として噂されていた人物ではないのか。
「社長は皆神さまと一切の接触を避けていたのに、ここ最近、急接近しているんです。三日前なんて社長自ら皆神さまを車で迎えにいかれました。ホテルのエントランスで皆神さまが嬉しくて社長に抱きついたところを目撃され、SNSに——」
櫂堂はハッと冬麻の顔を見て「申し訳ありません。こんな話は聞きたくないですよね」と話を中断させ、謝罪した。
「いえ、聞かせてください。俺、なにも知らなくて……」
櫂堂の話を聞いて胸がザワザワする。あの久我に限って、他の人にうつつを抜かすなんてことは絶対にないと信じてはいるが、すごく怖い。
「どうせ調べればわかることなのでお話します。社長と皆神さまは結婚間近だと噂が流れています」
久我と結婚……。それは男の冬麻には一生叶わないものだ。
「皆神さまの誕生日は12月4日なのです。その日に社長がプロポーズするじゃないかなんて噂ですが、私はそんなことありえないと思っていますよ。社長は女性との噂が絶えませんので、どうかお気になさらず」
櫂堂に気にするなと言われてもそんな簡単に心は割り切れない。気になるものは気になる。
以前久我は「12月3日までは冬麻と一緒にいられる」と話していた。それは、そのあとの未来は一緒にいられないという意味だったのかもしれない。
好き合っていても男同士だ。一緒に暮らしていても婚姻関係があるわけでもなく、秘密裏に付き合っているので、他人はふたりの関係を知らない。
まさか12月3日に久我から別れ話を切り出されたらどうしよう。
そんなことはないと思いたい。久我のことは信じてはいるが。
でも久我にその気がないならどうして皆神に会いにいく……?
久我はきっと皆神から自分に向けられている好意に気がついているだろうに、誤解されるようなことをするなんて……。
しかも抱きつかれてるのか……。まさか抱き締め返したりしてないよな。なんだかすごくモヤモヤする。久我の腕の中は冬麻の特等席だと思っていたのに。
「……社長とケンカでもしたんですか?」
逆に櫂堂に質問され、冬麻は「いいえ」と首を横に振る。
「ケンカなんてしてません。ただ最近は仕事のせいでゆっくり話をできていないだけで……」
もちろん職場で久我を見かけることはある。仕事の話だってする。でもそれは他人の目もあるし、秘書と社長の域を超えないものばかりだ。久我は色目のひとつも冬麻に向けてこない。
「そうですか……。最近おふたりの様子が少しおかしいなと思っておりまして」
「おかしいですか……?」
櫂堂は鋭いし、ふたりの仲を最もよく知る男だ。冬麻だって平静を装っているつもりなのに何か勘づいているのだろうか。
「はい。まず社長ですが、二ノ坂さんの話をすることがなくなりました。以前は私にしつこいくらいに二ノ坂さんの話を聞かせてくださったのに、最近はまったくありません」
「そうなんですか?!」
そもそも久我がそんなに冬麻の話を櫂堂に話していたことすら知らなかった。いったい何をどこまで久我は櫂堂に話しているのだろうか……。
「はい。二ノ坂さんの話をするとき、社長はとても幸せそうなのですが、最近は厳しい顔のまま、仕事の話ばかりです」
「仕事に力を入れているのかもしれませんね……」
たしかに最近久我にあんまり構われていないような……。以前はうっとうしくなるくらいに冬麻を構ってきたのに。
もしかして梶ヶ谷の妨害のせいで仕事が上手くいってないから躍起になっているのだろうか。
以前は時間を無理矢理作ってまで夕食を用意してくれたり、夜は必ず一緒に寝ていた。久我の帰りが遅くて、冬麻が久我の部屋ではなく自分の部屋で先に寝ていると夜這いをかけてきたのに。
「二ノ坂さんは元気がないです。どうかされましたか?」
「へっ……?」
櫂堂はすごい。冬麻は平静を装っているのに、異変に気がつくなんて。
「社長が関係していますよね?」
「いっ、いえ……」
「二ノ坂さん。話してもらえませんか?」
「…………」
櫂堂は久我が企業する前からの知り合いで、おそらく久我のすることはなんでも横で見てきたのではないか。だとしたら、久我の過去のことも知っているのではないか。
「櫂堂さん。久我さんて、悪い人ですか」
櫂堂は一瞬、目を大きく見開いたが「どういうことでしょう」と冬麻の言葉を待っている。
「仕事のために女の人とそ、そういうことをしたり、悪い人の力を借りたり……なんてことはないですよね……?」
「はい。ありません」
櫂堂は断言した。櫂堂が断言するなら信用してもいいのか。でも櫂堂は久我の味方だ。冬麻が久我のことを嫌いにならないために嘘をついているかもしれない。
「社長の悪い噂でも聞きましたか? それは全部デタラメですよ」
「そうですよね……」
冬麻は深い溜め息をついた。
「社長はどうして急に仕事量を増やしたんですか?」
秘書デスクで隣に座る、櫂堂に訊ねてみる。
久我はこの二週間、ほとんど家にいない。深夜に帰ってきて、早朝には出かけてしまうような生活が続いている。
出勤時間を冬麻に合わせてくれていたのにそれもなくなり、ふたりバラバラの時間に家を出ることが増えた。
夜も「冬麻と一緒に夕食を食べたい」とその時間には帰宅してきて、夕食を用意してくれていたのに、それもなくなった。
同じ家に住んでいるのに顔を合わせないまま終わってしまった日もあった。朝食だけは律儀に用意されているので、それを見て久我は帰宅したんだなと冬麻が確認するくらい。
「そうですね……。まずグラビティの関係者に会う仕事を増やしている、というのはありますね」
久我はM&Aにむけて積極的に動いているようだ。三島社長に会うのはもちろんのこと、M&Aの際の法律上の手続きをサポートしてくれる企業や、グラビティ幹部、三島の弟にも接触を試みているようだ。
「この、皆神さんと遠波さんって誰ですか?」
「遠波さまは存じ上げません。最近になって社長が頻繁に会っている方で、私は会ったことがありません。社長もいつもひとりで遠波さまに会いに行かれますから。皆神さまはRTGホテルの社長のご令嬢です」
「えっ?!」
もしかして皆神は、以前久我の結婚相手として噂されていた人物ではないのか。
「社長は皆神さまと一切の接触を避けていたのに、ここ最近、急接近しているんです。三日前なんて社長自ら皆神さまを車で迎えにいかれました。ホテルのエントランスで皆神さまが嬉しくて社長に抱きついたところを目撃され、SNSに——」
櫂堂はハッと冬麻の顔を見て「申し訳ありません。こんな話は聞きたくないですよね」と話を中断させ、謝罪した。
「いえ、聞かせてください。俺、なにも知らなくて……」
櫂堂の話を聞いて胸がザワザワする。あの久我に限って、他の人にうつつを抜かすなんてことは絶対にないと信じてはいるが、すごく怖い。
「どうせ調べればわかることなのでお話します。社長と皆神さまは結婚間近だと噂が流れています」
久我と結婚……。それは男の冬麻には一生叶わないものだ。
「皆神さまの誕生日は12月4日なのです。その日に社長がプロポーズするじゃないかなんて噂ですが、私はそんなことありえないと思っていますよ。社長は女性との噂が絶えませんので、どうかお気になさらず」
櫂堂に気にするなと言われてもそんな簡単に心は割り切れない。気になるものは気になる。
以前久我は「12月3日までは冬麻と一緒にいられる」と話していた。それは、そのあとの未来は一緒にいられないという意味だったのかもしれない。
好き合っていても男同士だ。一緒に暮らしていても婚姻関係があるわけでもなく、秘密裏に付き合っているので、他人はふたりの関係を知らない。
まさか12月3日に久我から別れ話を切り出されたらどうしよう。
そんなことはないと思いたい。久我のことは信じてはいるが。
でも久我にその気がないならどうして皆神に会いにいく……?
久我はきっと皆神から自分に向けられている好意に気がついているだろうに、誤解されるようなことをするなんて……。
しかも抱きつかれてるのか……。まさか抱き締め返したりしてないよな。なんだかすごくモヤモヤする。久我の腕の中は冬麻の特等席だと思っていたのに。
「……社長とケンカでもしたんですか?」
逆に櫂堂に質問され、冬麻は「いいえ」と首を横に振る。
「ケンカなんてしてません。ただ最近は仕事のせいでゆっくり話をできていないだけで……」
もちろん職場で久我を見かけることはある。仕事の話だってする。でもそれは他人の目もあるし、秘書と社長の域を超えないものばかりだ。久我は色目のひとつも冬麻に向けてこない。
「そうですか……。最近おふたりの様子が少しおかしいなと思っておりまして」
「おかしいですか……?」
櫂堂は鋭いし、ふたりの仲を最もよく知る男だ。冬麻だって平静を装っているつもりなのに何か勘づいているのだろうか。
「はい。まず社長ですが、二ノ坂さんの話をすることがなくなりました。以前は私にしつこいくらいに二ノ坂さんの話を聞かせてくださったのに、最近はまったくありません」
「そうなんですか?!」
そもそも久我がそんなに冬麻の話を櫂堂に話していたことすら知らなかった。いったい何をどこまで久我は櫂堂に話しているのだろうか……。
「はい。二ノ坂さんの話をするとき、社長はとても幸せそうなのですが、最近は厳しい顔のまま、仕事の話ばかりです」
「仕事に力を入れているのかもしれませんね……」
たしかに最近久我にあんまり構われていないような……。以前はうっとうしくなるくらいに冬麻を構ってきたのに。
もしかして梶ヶ谷の妨害のせいで仕事が上手くいってないから躍起になっているのだろうか。
以前は時間を無理矢理作ってまで夕食を用意してくれたり、夜は必ず一緒に寝ていた。久我の帰りが遅くて、冬麻が久我の部屋ではなく自分の部屋で先に寝ていると夜這いをかけてきたのに。
「二ノ坂さんは元気がないです。どうかされましたか?」
「へっ……?」
櫂堂はすごい。冬麻は平静を装っているのに、異変に気がつくなんて。
「社長が関係していますよね?」
「いっ、いえ……」
「二ノ坂さん。話してもらえませんか?」
「…………」
櫂堂は久我が企業する前からの知り合いで、おそらく久我のすることはなんでも横で見てきたのではないか。だとしたら、久我の過去のことも知っているのではないか。
「櫂堂さん。久我さんて、悪い人ですか」
櫂堂は一瞬、目を大きく見開いたが「どういうことでしょう」と冬麻の言葉を待っている。
「仕事のために女の人とそ、そういうことをしたり、悪い人の力を借りたり……なんてことはないですよね……?」
「はい。ありません」
櫂堂は断言した。櫂堂が断言するなら信用してもいいのか。でも櫂堂は久我の味方だ。冬麻が久我のことを嫌いにならないために嘘をついているかもしれない。
「社長の悪い噂でも聞きましたか? それは全部デタラメですよ」
「そうですよね……」
冬麻は深い溜め息をついた。
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