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26.黙っていられない
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ゼインの標的はただひとり、リディアック王であるラインハルトだ。
ラインハルトはソファでくつろぎながら他の者と談笑している。年相応にシワのある顔でくしゃりと笑い、白髪混じりの金色の髪を後ろに撫で付けている。装飾の多い派手な服を着ているが、アルファらしく体格はいいようだ。
「ラインハルト陛下、夜会にもお招きいただきありがとうございます。昼間のパーティーも賑やかで評判もよく素晴らしかったです」
ゼインはラインハルトに近づき、自分から声を掛けた。
しかもそのセリフがいつものゼインからは想像もできない丁寧な言葉だ。ゼインにもこんな社交性があったのかとハルは密かに驚いた。
「おお、ゼインか。すっかり大きくなって。うちの息子の次くらいに男前だ」
ラインハルトは立ち上がりもしないし、わざわざ息子のことを言わなくても普通にゼインを褒めればいいのに余計なことを言う。
ハルは内心ムッとした。さっきパーティーのときにラインハルトの息子のドルートを見かけたが、ヘラヘラしていてすぐに女の肩を抱く軽そうな男だった。あんな男は全然かっこいいと思わない。ゼインのほうが何倍もいい男に決まっている。
「ドルートは留学時代から人気がありましたよ。そのせいか目移りばかりしていましたが、あれではひとりの相手に絞るのが難しそうですね」
ゼインが静かな反撃に出た。ドルートは軽い男だと揶揄しているのだ。表情を見れば若干笑顔が引きつっていることがわかる。ゼインは静かに怒っているようだ。
「ああ。息子の婚約者になりたい者が多すぎて困っているよ」
ラインハルトはゼインの心の裏には気づいていないようだ。息子を褒められたとでも思ったのか、気を良くして「あっちでゆっくり話そう」とソファから立ち上がった。
ラインハルトはふとハルに視線を向けてきた。
「お初にお目にかかります。ハルヴァードと申します」
ハルは慌ててにこやかに自己紹介をする。失敗はできない。ゼインを助けたいからここにきたのに、足を引っ張るわけにはいかない。
「ゼインの妃か。噂には聞いていたが、これはまた随分と可愛らしい男オメガだな……」
ラインハルトの舐めるような視線が値踏みされているようで気になったが、ハルは笑顔で耐える。
「国一番の美人オメガを妃にしたのか? 結局アルファも見た目に弱い生き物だな」
「いいえ、違います。王太子妃は最初から決まっていたのです。俺はそれに従いハルを迎えたまでです」
「へぇ。そうなのか。どおりで……。我が息子の妃にも、このくらいのオメガを選んでやらねばならないな」
ラインハルトはハルのうなじに視線を向けてきた。おそらく番っていないことに気付いたのだろう。
「ハルヴァードは俺にはもったいないほどの相手ですよ」
ゼインは体面を保つために言っているとハルは理解している。それでもゼインの嘘が嬉しい。人前ではきちんとハルを王太子妃扱いしてくれる。
「ふたりとも、こちらへ」
ラインハルトはおもむろに歩き出した。ゼインとハルもラインハルトに従う。
ふたりは三つ目の小部屋の隅にある、応接用の深紅のビロードの猫脚ソファに案内された。
ラインハルトはドカッとソファに座る。ひとりで長椅子を占有するような豪快な座り方だ。一方ゼインは静かにラインハルトの斜め向かいに座る。ハルもゼインの隣に並んで座った。
「ゼイン。お前が王太子になるとは思わなかったよ」
ラインハルトは高らかに笑う。別に何も面白くないのに、なにがそんなにおかしいのか。
ラインハルトの態度はさっきからずいぶんと横柄だ。いくら年下とはいえ、ゼインだって大国の王太子で国王代理だ。そんなゼインを「お前」呼ばわりするのは許せない。
「親父にいいようにこき使われていただけのお前が下剋上か。よかったな。そうだよなぁ? 国のために働いていたのは兄、弟どちらだといえば、お前だ。その手で今までどれだけの数を殺めてきたかカーディン王も知るべきだ。しっかし、血塗られたお前はいつか呪われそうだな!」
ラインハルトはゼインの功績のことを笑い、貶しているのだ。ハルの中にふつふつと怒りの感情がこみ上げてきた。
「ゼインは運のいい男だ。お前は軟弱な兄を持って幸せだな。そのおかげで王太子になれた。ああ、そういえばオルフェウスはまだ存命か? 今日もベッドで病に伏しているのか?」
ラインハルトは最悪だ。ゼインだけでなくオルフェウスのことも侮辱した。病を抱えながら生きている人に対して「まだ存命か」とは、なんたる無礼だ。
「ゼインさまは王太子になられました。ですので、態度とお言葉を少し改めてくださいませんか?」
ハルはついにふたりの会話に口を出した。もう黙ってなどいられなかった。
「次期国王陛下に敬意を払ってください。それが当然というものです。なのにゼインさまのことを『お前』と呼び、敬称をつけることもしない。聞いていて非常に腹が立ちます!」
つい声を荒げてしまう。ハルの大好きなゼインとオルフェウスへの侮辱を聞き流すことなどできるはずがない。
「国のために働き、功績を上げた者に対して『血塗られた』などとよく言えますね! 陛下は自国のために戦う騎士に対してもそのような物言いをなさるのですか? 誰がために戦っていると思っておられるんですか? ゼインさまは戦いを好んでなどおられません、マイセラの無血開城の話をご存じないのですか? リディアックほどの大国の王が? ゼインさまは優しくていい人ですっ! そんな御方が呪われたりしません!」
ハルは止まらない。
「オルフェウスさまは元気に城で暮らしております。正しい心を持ち、民に慕われる素晴らしい御方です。アレドナールに対する侮辱は私が許さない。ですからゼインさまに対する態度を改めてください!」
言いたいことを全部ぶつけてしまってから、ハルは我に返る。ハルの様子にラインハルトだけでなくゼインも絶句している。
これは、やってしまったんじゃないだろうか。
ラインハルトはソファでくつろぎながら他の者と談笑している。年相応にシワのある顔でくしゃりと笑い、白髪混じりの金色の髪を後ろに撫で付けている。装飾の多い派手な服を着ているが、アルファらしく体格はいいようだ。
「ラインハルト陛下、夜会にもお招きいただきありがとうございます。昼間のパーティーも賑やかで評判もよく素晴らしかったです」
ゼインはラインハルトに近づき、自分から声を掛けた。
しかもそのセリフがいつものゼインからは想像もできない丁寧な言葉だ。ゼインにもこんな社交性があったのかとハルは密かに驚いた。
「おお、ゼインか。すっかり大きくなって。うちの息子の次くらいに男前だ」
ラインハルトは立ち上がりもしないし、わざわざ息子のことを言わなくても普通にゼインを褒めればいいのに余計なことを言う。
ハルは内心ムッとした。さっきパーティーのときにラインハルトの息子のドルートを見かけたが、ヘラヘラしていてすぐに女の肩を抱く軽そうな男だった。あんな男は全然かっこいいと思わない。ゼインのほうが何倍もいい男に決まっている。
「ドルートは留学時代から人気がありましたよ。そのせいか目移りばかりしていましたが、あれではひとりの相手に絞るのが難しそうですね」
ゼインが静かな反撃に出た。ドルートは軽い男だと揶揄しているのだ。表情を見れば若干笑顔が引きつっていることがわかる。ゼインは静かに怒っているようだ。
「ああ。息子の婚約者になりたい者が多すぎて困っているよ」
ラインハルトはゼインの心の裏には気づいていないようだ。息子を褒められたとでも思ったのか、気を良くして「あっちでゆっくり話そう」とソファから立ち上がった。
ラインハルトはふとハルに視線を向けてきた。
「お初にお目にかかります。ハルヴァードと申します」
ハルは慌ててにこやかに自己紹介をする。失敗はできない。ゼインを助けたいからここにきたのに、足を引っ張るわけにはいかない。
「ゼインの妃か。噂には聞いていたが、これはまた随分と可愛らしい男オメガだな……」
ラインハルトの舐めるような視線が値踏みされているようで気になったが、ハルは笑顔で耐える。
「国一番の美人オメガを妃にしたのか? 結局アルファも見た目に弱い生き物だな」
「いいえ、違います。王太子妃は最初から決まっていたのです。俺はそれに従いハルを迎えたまでです」
「へぇ。そうなのか。どおりで……。我が息子の妃にも、このくらいのオメガを選んでやらねばならないな」
ラインハルトはハルのうなじに視線を向けてきた。おそらく番っていないことに気付いたのだろう。
「ハルヴァードは俺にはもったいないほどの相手ですよ」
ゼインは体面を保つために言っているとハルは理解している。それでもゼインの嘘が嬉しい。人前ではきちんとハルを王太子妃扱いしてくれる。
「ふたりとも、こちらへ」
ラインハルトはおもむろに歩き出した。ゼインとハルもラインハルトに従う。
ふたりは三つ目の小部屋の隅にある、応接用の深紅のビロードの猫脚ソファに案内された。
ラインハルトはドカッとソファに座る。ひとりで長椅子を占有するような豪快な座り方だ。一方ゼインは静かにラインハルトの斜め向かいに座る。ハルもゼインの隣に並んで座った。
「ゼイン。お前が王太子になるとは思わなかったよ」
ラインハルトは高らかに笑う。別に何も面白くないのに、なにがそんなにおかしいのか。
ラインハルトの態度はさっきからずいぶんと横柄だ。いくら年下とはいえ、ゼインだって大国の王太子で国王代理だ。そんなゼインを「お前」呼ばわりするのは許せない。
「親父にいいようにこき使われていただけのお前が下剋上か。よかったな。そうだよなぁ? 国のために働いていたのは兄、弟どちらだといえば、お前だ。その手で今までどれだけの数を殺めてきたかカーディン王も知るべきだ。しっかし、血塗られたお前はいつか呪われそうだな!」
ラインハルトはゼインの功績のことを笑い、貶しているのだ。ハルの中にふつふつと怒りの感情がこみ上げてきた。
「ゼインは運のいい男だ。お前は軟弱な兄を持って幸せだな。そのおかげで王太子になれた。ああ、そういえばオルフェウスはまだ存命か? 今日もベッドで病に伏しているのか?」
ラインハルトは最悪だ。ゼインだけでなくオルフェウスのことも侮辱した。病を抱えながら生きている人に対して「まだ存命か」とは、なんたる無礼だ。
「ゼインさまは王太子になられました。ですので、態度とお言葉を少し改めてくださいませんか?」
ハルはついにふたりの会話に口を出した。もう黙ってなどいられなかった。
「次期国王陛下に敬意を払ってください。それが当然というものです。なのにゼインさまのことを『お前』と呼び、敬称をつけることもしない。聞いていて非常に腹が立ちます!」
つい声を荒げてしまう。ハルの大好きなゼインとオルフェウスへの侮辱を聞き流すことなどできるはずがない。
「国のために働き、功績を上げた者に対して『血塗られた』などとよく言えますね! 陛下は自国のために戦う騎士に対してもそのような物言いをなさるのですか? 誰がために戦っていると思っておられるんですか? ゼインさまは戦いを好んでなどおられません、マイセラの無血開城の話をご存じないのですか? リディアックほどの大国の王が? ゼインさまは優しくていい人ですっ! そんな御方が呪われたりしません!」
ハルは止まらない。
「オルフェウスさまは元気に城で暮らしております。正しい心を持ち、民に慕われる素晴らしい御方です。アレドナールに対する侮辱は私が許さない。ですからゼインさまに対する態度を改めてください!」
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