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プロローグ. 結婚
プロローグ-2
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『社会人バンド』。
その名の通り、社会人で形成されたバンドの事である。社会で働きながらバンドをする人達によるバンドの事を、世間ではそんな風に呼ぶ。
俺、優作、拓弥の3人は、かつてここに、もう1人の幼馴染を加えた4人でバンドをしていた。
いつかビックになろうと、そう約束し、本気でプロになるためにがむしゃらにバンドをしていたのである。
しかし、結局その夢は現実の厳しさを前に潰え、俺達3人は音楽を辞めてしまった。
残った1人は音楽の道を進んだが、俺達はその後を追えなかった。
それでも、音楽への憧れや好きといった気持ちそのものを消す事は、どうしてもできなくて……。
そんな俺達が最終的に行きついたもの、それが『社会人バンド』だった。
社会人として働きながらバンドをする。別にCDを出そうとか、ライブをしようとか、そんな考えは一切ない。たまーに動画投稿をしたりする事はあるけど、それもまぁ、ただ活動するよりは覇気があるからというだけで、売れたいという思惑はない。
ただただバンドがしたいからバンドをする。
それが、俺達が行きついたバンドの……、正確には社会人バンド・Herecのあり方であった。
「でもさ、確か今って春休み期間だったよね。長期休みなのに、学校に子どもって居るものなの?」
トゥーンと、歪みのないシンプルなストラトギターの音が、拓弥の質問と共に俺の耳に届いた。
ちらりと拓弥の方を見てみれば、ギターのヘッドにチューナー――楽器の音程を測る機械のこと――をつけて調整を開始している姿が目につく。どうやら、いつまでも拗ねてる俺にこれ以上いろいろ言っても無駄と判断し、話題をチェンジする事にしたようだ。
優作の方も、もうこの話題には飽きたというように、拓弥の後方でドラムの調整を始めている。
……君達、親しき仲にも礼儀ありって言葉、ご存知?
まぁ、俺も本気でいつまでも拗ねてようとは思ってないからいいけどさー。
「んー、まぁ、居る子は居るよ」と拓弥に返しながら立ち上がる。体育座りで凝り固まった体を伸ばし、これから始まる練習に向けて体を整えていく。
「学童の子とかはさ、学校がある日、長期休み関係なしに居るよ。実際、今日俺に話しかけてきた子達も学童の子だったし」
「あ。なるほど、学童さんか」
「そういえば、学童は長期休みでも運営されてるんだったね」と、拓弥が納得したように頷いた。
『学童』。正確には『学童保育』。
共働きなどの様々な事情で、放課後や春休みなどの長期休み期間に子どもを見ていられないご家庭が、子どもを一時的に預ける事ができる施設および保育事業である。
事業毎に運営の仕方は違うのだろうが、うちの小学校の場合は、校内の一室を使う形で事業が展開されている。そのため、こうした春休みなどの長期間中においても、学童に通う子は普段とほぼ変わりなく学校に来るのだ。校庭を遊び場として解放もいるので、時としては学童の子らで校庭が賑わう事もある。
件の質問をしてきた少女達は、そんな学童に通う新1年生達だった。
まだ入学前なので正式な1年生ではないのだが、学童では保護者からの申請さえあれば、入学式前から子どもを預かる事が可能らしい。
とはいえ、まったく名も知らない少女達に話しかけられた時は、さすがにちょっと驚いたけどね。
まぁ、普段よく見知ってるはずの校庭で、それも兎小屋なんてちょっと特殊な感じの小屋の中に知らない大人がいたら、小さい子どもとしては気になるものなのかもな。「なにしてるのー」って最初は尋ねられたし。
……にしても、まさか「兎小屋の掃除だよ~」と返したそこから、「どうして結婚しないの」って話にまで会話が発展するとは、夢にも思いませんでしたがね。
どうして子どもってのは、見知った大人の結婚・恋愛事情を知りたがるのかなぁ。永遠の謎だわ。
別に泣いてなんかないんだからねっ、ぐすんっ!
なお、この件については、この直後に学童の女性職員である井上さんが子ども達を回収していったので、結局俺から子どもへの返答はできずじまいで話は終了している。
井上さんにはあとで平謝りされたが、別に仕事の邪魔をされたわけでもないので、「大丈夫ですよ」とフォローしておいた。「そうですか?」と不安そうに返されたけど、それ以上は謝られなかったので、たぶん納得はしてくれたのだろう。
井上さん、ちょっと心配しぃなところあるからなぁ。
それだけ仕事に真面目なのだと思えば、とてもいい事なんだけどね。変に気にしてないといいなぁ。
(そういえば、井上さんとも俺達がバンドを結成した頃ぐらいから、よく話すようになったんだよな)
『よく』とは言っても、校内ですれ違った時に軽い雑談をするぐらいだけど。「今日は天気がいいですね」とか「子ども達、宿題ちゃんとやってました?」とか。それも大抵は俺の方から話しかける場合が多い。
井上さん、なぜか俺が話しかけると、途端目をそらすんだよね。
この間なんて、挨拶しただけなのに、「お、お疲れ様ですっ」て顔を赤くしながら足早で去られちゃったし……。あれは地味にショックだったぜ。
(俺としては、せっかく知り合えたのだから、もう少し仲良くしたいんだけど)
今日も別れ際に「ご結婚されないんですか」って訊かれたから、「相手も居ませんしね」と返したんだけど、途端なぜかホッとした顔をされたんだよな。
いや本当、俺、なんか嫌われるような事しましたかね……?
いかん、なんかまた落ち込んできた――、ははっ、と、空笑いと共に遠いところを見始めたその時だった。
「すみません、遅くなりました」
ガチャりと、スタジオの扉が開いた。
その名の通り、社会人で形成されたバンドの事である。社会で働きながらバンドをする人達によるバンドの事を、世間ではそんな風に呼ぶ。
俺、優作、拓弥の3人は、かつてここに、もう1人の幼馴染を加えた4人でバンドをしていた。
いつかビックになろうと、そう約束し、本気でプロになるためにがむしゃらにバンドをしていたのである。
しかし、結局その夢は現実の厳しさを前に潰え、俺達3人は音楽を辞めてしまった。
残った1人は音楽の道を進んだが、俺達はその後を追えなかった。
それでも、音楽への憧れや好きといった気持ちそのものを消す事は、どうしてもできなくて……。
そんな俺達が最終的に行きついたもの、それが『社会人バンド』だった。
社会人として働きながらバンドをする。別にCDを出そうとか、ライブをしようとか、そんな考えは一切ない。たまーに動画投稿をしたりする事はあるけど、それもまぁ、ただ活動するよりは覇気があるからというだけで、売れたいという思惑はない。
ただただバンドがしたいからバンドをする。
それが、俺達が行きついたバンドの……、正確には社会人バンド・Herecのあり方であった。
「でもさ、確か今って春休み期間だったよね。長期休みなのに、学校に子どもって居るものなの?」
トゥーンと、歪みのないシンプルなストラトギターの音が、拓弥の質問と共に俺の耳に届いた。
ちらりと拓弥の方を見てみれば、ギターのヘッドにチューナー――楽器の音程を測る機械のこと――をつけて調整を開始している姿が目につく。どうやら、いつまでも拗ねてる俺にこれ以上いろいろ言っても無駄と判断し、話題をチェンジする事にしたようだ。
優作の方も、もうこの話題には飽きたというように、拓弥の後方でドラムの調整を始めている。
……君達、親しき仲にも礼儀ありって言葉、ご存知?
まぁ、俺も本気でいつまでも拗ねてようとは思ってないからいいけどさー。
「んー、まぁ、居る子は居るよ」と拓弥に返しながら立ち上がる。体育座りで凝り固まった体を伸ばし、これから始まる練習に向けて体を整えていく。
「学童の子とかはさ、学校がある日、長期休み関係なしに居るよ。実際、今日俺に話しかけてきた子達も学童の子だったし」
「あ。なるほど、学童さんか」
「そういえば、学童は長期休みでも運営されてるんだったね」と、拓弥が納得したように頷いた。
『学童』。正確には『学童保育』。
共働きなどの様々な事情で、放課後や春休みなどの長期休み期間に子どもを見ていられないご家庭が、子どもを一時的に預ける事ができる施設および保育事業である。
事業毎に運営の仕方は違うのだろうが、うちの小学校の場合は、校内の一室を使う形で事業が展開されている。そのため、こうした春休みなどの長期間中においても、学童に通う子は普段とほぼ変わりなく学校に来るのだ。校庭を遊び場として解放もいるので、時としては学童の子らで校庭が賑わう事もある。
件の質問をしてきた少女達は、そんな学童に通う新1年生達だった。
まだ入学前なので正式な1年生ではないのだが、学童では保護者からの申請さえあれば、入学式前から子どもを預かる事が可能らしい。
とはいえ、まったく名も知らない少女達に話しかけられた時は、さすがにちょっと驚いたけどね。
まぁ、普段よく見知ってるはずの校庭で、それも兎小屋なんてちょっと特殊な感じの小屋の中に知らない大人がいたら、小さい子どもとしては気になるものなのかもな。「なにしてるのー」って最初は尋ねられたし。
……にしても、まさか「兎小屋の掃除だよ~」と返したそこから、「どうして結婚しないの」って話にまで会話が発展するとは、夢にも思いませんでしたがね。
どうして子どもってのは、見知った大人の結婚・恋愛事情を知りたがるのかなぁ。永遠の謎だわ。
別に泣いてなんかないんだからねっ、ぐすんっ!
なお、この件については、この直後に学童の女性職員である井上さんが子ども達を回収していったので、結局俺から子どもへの返答はできずじまいで話は終了している。
井上さんにはあとで平謝りされたが、別に仕事の邪魔をされたわけでもないので、「大丈夫ですよ」とフォローしておいた。「そうですか?」と不安そうに返されたけど、それ以上は謝られなかったので、たぶん納得はしてくれたのだろう。
井上さん、ちょっと心配しぃなところあるからなぁ。
それだけ仕事に真面目なのだと思えば、とてもいい事なんだけどね。変に気にしてないといいなぁ。
(そういえば、井上さんとも俺達がバンドを結成した頃ぐらいから、よく話すようになったんだよな)
『よく』とは言っても、校内ですれ違った時に軽い雑談をするぐらいだけど。「今日は天気がいいですね」とか「子ども達、宿題ちゃんとやってました?」とか。それも大抵は俺の方から話しかける場合が多い。
井上さん、なぜか俺が話しかけると、途端目をそらすんだよね。
この間なんて、挨拶しただけなのに、「お、お疲れ様ですっ」て顔を赤くしながら足早で去られちゃったし……。あれは地味にショックだったぜ。
(俺としては、せっかく知り合えたのだから、もう少し仲良くしたいんだけど)
今日も別れ際に「ご結婚されないんですか」って訊かれたから、「相手も居ませんしね」と返したんだけど、途端なぜかホッとした顔をされたんだよな。
いや本当、俺、なんか嫌われるような事しましたかね……?
いかん、なんかまた落ち込んできた――、ははっ、と、空笑いと共に遠いところを見始めたその時だった。
「すみません、遅くなりました」
ガチャりと、スタジオの扉が開いた。
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