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第三話 デキシー・オーヴォレール再々爆誕! ~三度目の正直になり得るか~

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 次にキットの声で目が覚めた時、デキシーの新たな人生が始まっていた。
 これまでオーサナー、オージーと攻略して来たが、いずれも地雷だった。
 このゲームの攻略対象は三人。
 残るはあと一人である。
 デキシーは最後の一人に望みをかけて、オーサナーとオージーとの結婚話を蹴りに蹴りまくった。
 オーサナーはともかく、諦めの悪いオージーから距離を置く為に、デキシーは仮病を使って遠く離れた場所にある別荘へ療養と言う建前で、執事のキットを連れて避難した。
 オージーの雇ったパパラッチもどきも近寄れないよう、念入りに計画を立てて。

 デキシーの計画が功を奏したのか、今回の人生ではいまだに攻略対象である三人目との出会いもなく、平穏な日常を送る事が出来ていた。

 ―――このまま誰ともくっつかずに、平穏に生きるのも悪くないわ。

 デキシーは、過去の悲惨なバッドエンドを記憶から消し去るように、心からそう願った。
 
 しかし、この時デキシーは失念していたのである。
 ここはゲームの世界であり、ヒロインであるデキシーの行動にはフィルターがかかって周囲に見えてしまう事を……。

 デキシーがささやかな願いごとをしているその時、使用人たちにはデキシーが物憂げに見えてしまったのだ。
 もうすぐ二十歳になろうというのに、頑なに結婚を拒み続けている病弱な令嬢。
 病に侵され余命僅かであるせいで、そうせざるを得ないのだと勝手に解釈した使用人たちは、デキシーの兄であるエモン・オーヴォレールに手紙を書いたのだ。
「お嬢様の命が危ない」と。
 本当に厄介なヒロイン体質である。
 デキシーを目に入れても痛くないと溺愛しているエモンは、手紙を受け取るとすぐにデキシーの元へと訪れた。
 病を患っているデキシーの為に、腕の良い医者を連れて。

「デキシー! お兄様がお前の病を治すために腕の良い医者を連れて来たぞ! だから生きる事を諦めないでくれ!」
「初めまして、お嬢様。私はクールッタ・ヤンディーレと申します。お嬢様の病を治す為にやって参りました」

 クールッタ・ヤンディーレ。

 彼がまさに三人目の攻略対象であった。
 名前からして既にド直球ストレート。
 地雷臭がプンプン漂っている。

 ―――どうして私の家族は揃いも揃って人を見る目が無いの!?

 その日、デキシーはショックのあまりその場で意識を失い倒れた。





 クールッタが別荘へやって来てから、早一ヶ月が経った。
 幸い、デキシーの仮病はバレることはなく、クールッタは懸命に治療を続けている。
 本当に凄腕の医者なのだろうかと疑問に思う事もあったが、ここはあくまでもゲームの世界であり、ヒロインの行動にはフィルターがかかっている為、仮病を見抜けないのだろうと強引に納得した。
 来る日も来る日も、自分の為に治療法を探すクールッタを見ているうちに、本当は名前がアレなだけで真面目で良い人なのではないかとデキシーは思い始めていた。
 常に紳士的で善良なクールッタは、二度も悲劇を迎えたデキシーの心を解すには十分な人間であった。
 そしてクールッタもまた、慕って来るデキシーを溺愛した。
 やがてクールッタと愛を育んだデキシーは、彼と結婚することを決意した。


 そして今日はデキシーの門出の日。
 病も快方に向かっていると言うお墨付きをもらったデキシーは(元々仮病なのだが)、長らく一緒にいた執事キットとの別れを惜しんでいた。

「お嬢様、ヤンディーレ家へ行っても、どうかお元気で」
「ええ、あなたもね。……キット。私、今度こそ幸せになれそうな気がするの」

 デキシーはキットにそう言って微笑むと、いつも胸元につけていたブローチを彼の手に握らせた。

「キット、餞別よ。売ればいい値段になるはずだから」
「お嬢様……」
「今まで私の面倒を見てくれてありがとう。ヤンディーレ家に行ってもあなたはずっと、私にとって大切な人よ」
「お嬢様……、どうか、幸せになって下さいませ」

 深々とお辞儀するキットから名残惜しそうに視線を逸らしたデキシーは、クールッタの手を取り馬車に乗り込んだ。
 今度こそ幸せな人生を送れるだろうと信じて。

 しかし、それも僅か一ヶ月で幻想となってしまった。

 屋敷に連れて来るなり、クールッタはデキシーに近づく人間すべてに嫉妬し、時には怒り狂ってその人間に危害を加えた。
 やがてデキシーを誰の目にも触れないよう監禁したのである。
 出して欲しいと懇願すれば、クールッタはその身を傷つけ死をチラつかせながらデキシーを脅迫した。

「デキシー……、これも君の為なんだ。わかるだろう? 仮病を使っていただなんてバレては、君も君の実家も困るだろう? なんたって、その病気を建前に王家からの結婚の話を断っていたんだから」
「……知っていたの?」
「勿論、仮病のことは知っていたよ。だけど、私は知らないふりをして君の望むままに動いていた。どうしてかわかるかい? 一目見た時から、君が欲しくてたまらなかったからだ」

 ゲームのヒロイン補正のせいで、クールッタもデキシーを異常なまでに愛し壊れていた。

 こわい。
 こわすぎる。
 いや、もうこわすぎるを通り越して死にそうなくらいこわい。
 いっそのこと、ショックで今すぐにでも死んでしまいたいくらいだ。

「デキシー。君が私の傍にいてくれるなら、何でもしてあげるよ。だから、君も私を受け入れて欲しい」

 毎日甲斐甲斐しく世話をしてくれるクールッタから、呪いのような愛を囁かれ続けたデキシーも、少しずつ壊れて行った。

 しかし、転機は突然訪れたのである。
 クールッタの元にキットが訪ねて来たのだ。
 何故訪れたのかはわからなかったが、突然のキットの来訪に、クールッタは焦りを隠せなかった。
 更に彼は慌てて部屋を出て行った為、施錠を忘れていたのである。
 その隙をついて、デキシーはそこから逃げ出した。

 ―――今キットに助けを求めないと、最悪な結末を迎えてしまう!

 デキシーは唇をかみしめながら周囲に人がいないかを確認し、屋敷内を移動する。
 正面玄関から出ればクールッタと鉢合わせてしまう為、屋敷の裏口へ向かってデキシーは駆けだした。
 長い事運動らしい運動もしていなかったデキシーにはそれすらも辛かったが、早くキットの乗って来た馬車の元へ助けを求めなくてはならない。
 屋敷の裏口を出て裏門から抜け出し、畑の横道を走りキットの馬車のある正面へと向かったデキシーだったが、そこで躓き転倒した結果、すぐ傍にあった肥溜めへと頭からダイブして人生の幕を閉じたのであった。
 やはりここでも、肥溜めの表面から両足を突き出した状態で。

 もっとも令嬢らしからぬ最期であった。

 後に、デキシーの死を嘆いたクールッタは肥溜めを潰すとそこにデキシーの銅像を建てた。
 両足を突き出した状態のデキシーの銅像は、肥溜めの女神として祀られ、豊作祈願に訪れる農夫がいたとか、いないとか……。
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