俺の上司で、先輩で、

これっとここれっと

文字の大きさ
21 / 78

20.新しい先輩と古い先輩

しおりを挟む
 
 いつもと変わらない日曜日だった。いつの間に寝たのかも憶えてない。目覚めると、いつものようにベッドの上で、俺は目覚めの心地よさに浸りながら寝返りを打った。ベッドサイドに敷いた布団には、先輩が横たわっている。しばらく見下ろしていると、その背中がくるっとこっちを向いた。目が合うと先輩も横たわったまま『おはよう』と言った。

 「あ、おはようございます…なんか俺、いつの間に寝たんだろ」

 部屋を見渡して状況を確認する。程々に雑然とした部屋。多分、最後の方は片付けもそこそこに寝たんだろう。部屋の隅に押しやったテーブルの上に空になったペットボトルが並んでいた。俺は寝ぼけた頭で、昨晩のことを思い出していた。いつものように先輩と…?

 先輩が起き上がって、布団を片付け始めた。

 「いい天気だね、少し太陽に当てておこうかな」

 先輩はベランダに繋がる掃き出し窓の前まで布団を持って行くとカーテンを開け、くるりと巻いた布団をそのまま窓越しに立て掛けた。何度も見たいつもの朝の変わらない光景。その背中をボンヤリと目で追っていた俺は、あることに気がついた。

 『いや、オカシイ。いつもと一緒じゃダメなんだ』

 それはにわかには信じられない光景だった。

 「…先輩、髪が戻ってる?」

 俺の声に先輩が振り返った。起き抜けだと言うのに相変わらずの爽やかな笑顔だ。

 「そうなんだ、せっかく切って貰ったのにゴメンね」

   そう言って、先輩はフサフサの前髪を掻き上げた。

   俺はすぐさまゴミ箱を漁った。

 『夢じゃなかった…』

 ゴミ箱の中には、誤魔化しきれないほどの量の髪の毛がゴッソリと残っていた。紛うことなき天然毛。昨日、俺が切った先輩の髪の毛だった。

 「…どういうことですか?」

 俺は多分、冷や汗をかいていたと思う。掌が猛烈に湿っていた。

 「昨日言った通りだよ」

 先輩は、照れくさそうに笑った。

 「どうやって伸ばしたんですか?」

 「伸びたわけじゃないんだ」

 「ちょっと待ってください。っていうか、触ってもいいですか?」

 俺が言い終わる前に、先輩は俺に頭を差し出してきた。触ってみる。昨日触ったのと変わらない、柔らかい先輩の髪だった。軽く引っ張ってみても、頭皮にくっついている。どこにも不自然なところがない。間違いなく頭皮から生えている毛だった。

 「…なんで?!」

 何が起きているのか全くわからない。

 「なんでなんですか???なんで?!」

 「持ってきたんだよ」

 「っ?!髪の毛を?え?どこから?」

 「髪の毛だけじゃない。体まるごと全部だよ」

 先輩は言った。

 「はい?」



 先輩の話を聞いても、俺は全く理解できなかった。

 「髪を切るよりずっと前の僕の体を持ってきたんだ。持ってきた、っていうのは、感覚的な話だけどね」

 先輩が言うには、” ある特殊な感染症 ”に感染して以降、時々、体が過去のものと入れ替わるのだという。最初の頃は、無意識下に入れ替わっていたらしいが、最近になって意識してコントロール出来るようになったのだと言った。『僕も本当のところは、よくはわからないんだけど』と、先輩は言った。

 「以前の僕やユキちゃん、みんなが居る世界が、『A』だとすると、僕は、感染以降『A’』とでもいうか、元あった世界と、微妙にズレた世界に居るような状態になってしまったんだ」

「ユキちゃん達に僕の姿は見えているし、僕も同じようにユキちゃん達が見えるんだけれど、僕の側からは、以前見えていたような世界とは違って見えるとでもいうのかな、…ガラス越しや、3D映画の映像の中に立っているような状態に近いのかもしれない。存在はしているけれど、スクリーンと現実世界を、丁度、跨いでいるような…」

 「…それって、先輩が異次元みたいな所に居て…、あっちとこっちみたいに行き来できる?てことですか?」

俺は心の窓を目一杯に開いてみたが、それでも話に付いていける自信がない。

 「…うーん、行き来は出来ないんだ。僕自体は今も少しズレて少し重なった別の世界に居る。お互いに見えている部分は干渉は出来るけど、僕はユキちゃんのいる世界に完全に存在しているわけじゃない。僕がユキちゃんの世界に居たならば、端から僕の側の世界は存在しないということになるんだ」

「僕の側には時間の観念がないっていうか、その代わりに、無数に現象と可能性が増え続ける世界というか、上手くは言えないんだけれど、過去の僕がいくつもあって、僕は、ユキちゃん達の世界の時間の観念を無視して、それ・・を持ってくることが出来るんだ。だけどそれも『A’』の世界でのこと。でも、それが可能になったのはつい最近なんだけどね」

 ヤバイ。全然わからない。
だが、どこがどうわからないのかもわからないから、質問のしようもない。俺はただ、先輩の話を聞きながら、口をパクパクと動かすことしか出来なかった。そんな状態の俺を横目に先輩は続けた。

 「少し前までは知らない間に勝手に入れ替わっていたみたいで、僕も気付いてなかったんだけど、三年くらい前に交通事故にあってね、全身の骨を折ったんだ。病院に運び込まれた時は重症だったよ」

 「だけど、次の日には傷一つない状態になってたんだ。でも回復したわけじゃなかった。最近になってわかったことだけど、事故に巻き込まれるよりもずっと前の体に入れ替わってたんだ。それで気付いたんだ。それまでも頻繁に入れ替わっていたんだっていうことに」

 そう言って、先輩は俺の顔を見て、困った顔で笑った。俺の困惑が伝わったみたいだ。だが、どうフォローしていいのかわからない。

 「…例えば、新品の靴を下ろしてしばらく履いていると、傷が付いたり、底がすり減ったりしてくるでしょ?で、ある程度履いてなんとなく熟れてくると、ある朝突然、それが新品の頃の靴に戻ってる…そんな感じなんだ」

 「……って、ことは、ちょっと、話、戻っていいですか?」

 「うん?」

 「…あの、昨日、俺が髪切った先輩・・・・・・は、どこに行ったんですか?」

 「もう、ユキちゃんの見える世界にはいないんだ」

 「先輩の世界には居るんですか?」

 「…どこ、とは言えないけど、多分そうなるね。どこかには現象として存在している筈だと思う」

 「じゃあ、事故にあって怪我をした先輩も?」

 「そうだね」

 「じゃあ先輩、明日は、昨日の髪切った先輩・・・・・・・・・を持ってくることも出来るんですか?」

 自分で何を言っているのかわからなくなってきた。

 「それは出来ないんだ。…やりようによっては出来るかもしれないけれど、今の僕では出来ない」

 「じゃあ、どうやって今の先輩・・・・は、どこから持ってきたんですか?」

 「僕が出来るのは、喩えて言うなら、しばらく使って” すり減った僕 ”と、“それより比較的新しい僕 ”を入れ替えることだけなんだ。” 比較的新しい僕 ”っていうのは、感染直後、今の僕側の世界の始点となっている僕…。つまり、今ユキちゃんの目の前に居る僕は、体だけは感染直後の七年くらい前。二十歳の頃の僕なんだ」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

お兄ちゃんができた!!

くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話

あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ハンター ライト(17) ???? アル(20) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 後半のキャラ崩壊は許してください;;

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

処理中です...