生きとし生ける魔女たち より。

榛葉 涼

文字の大きさ
7 / 7

日常の魔女 イブ

しおりを挟む

 4限目の終わりを知らせるチャイムの音が学校中に鳴り響きました。チョークを走らせていた田辺先生の動きがピタッと止まると、終業を呼びかける声が1年B組内に呼びかけられます。今日の日直である松井さんが号令を行い、昼休みを迎えました。

 前から数えて4列目、窓際から数えて3列目という何とも言えないポジションの席に座る唯舞いぶは、クラスメイトのガヤガヤとした雑談の声に合わせて「ふぅ」と息を吐きました。世界史の教科書と板書したノート、そしてもう1冊のノートの端を揃えて机の中にスッと入れました。

 ちょうどそこで唯舞は快活な声色にて呼びかけられました。

「唯舞~!」

 唯舞の前の席の男子生徒は昼休みに入ると同時に食堂へと行ってしまいました。その空席にドカッと腰を下ろしたのは、唯舞の幼なじみである飯田いいだ さくらでした。

 桜は席に座るや否や、唯舞に対して両手を合わせました。

「……何?」
「お願いっ! さっきの世界史の授業の板書見せて!」

 大方予想通りの内容だったものですから、唯舞はその目を細めました。

「桜、寝てたよね。さっきの時間」
「しょうがないじゃ~ん! 陸上が朝練だったからさ? 4時間目にクるんだよね睡魔が~」
「……夜に早く寝たらいい」
「ネトフリ ドラマ」
「理由になってない。 ……ほらこれ。明日返して」

 母が作った卵焼き(ちりめんじゃこ入り)をかじりながら、唯舞は机の中のノートをぶっきらぼうに渡しました。

「さすが唯舞様! 知恵のリンゴを食べただけのことはあるね!」
「面白くない。それ」
「美術館を迷った方?」
「それもいいから」
「えへへ~」

 ニヤけるように笑った桜は、パラパラとノートをめくりました。すると桜の表情が目に見えるように変わります。

「……どしたの? 別に読める字でしょ」
「ん? んー、わたし的にはもうちょっとオチを考えた方がいいと思うけどな~」
「……オチ? ――あ!」

 あまりにも重大すぎる事態に気付いてしまった唯舞は、思わずガタンと椅子を鳴らして勢いよく立ち上がりました。目にも止まらぬ速さで桜が読むノートを奪い取ります。

「めっちゃ焦るじゃん」
「う、うるさい!」

 周りを見ると何人かのクラスメイトがこちらに視線を向けていることに気がつきました。唯舞の顔がカァっと赤らみます。

 その様子を見て桜がニヨニヨとした表情で囁くように言いました。

「相変わらず自作小説ですか。『黒猫ノワールの夢散歩』だっけ?」
「こ、ここでは言わないでよ!」
「ごめん、ごめん。マック奢るから許してって」
「……次からは気付いても勝手に読まないで」

 不機嫌な表情を浮かべながら唯舞はふりかけ(のりたま)がかかったご飯を口の中に頬張りました。

 唯舞の趣味の1つは小説を書くことでした。お風呂を上がった後の時間、通学中、板書がメインの授業時間などにスマホや小説専用ノートに書いているのです。

 しかしながらそれは唯舞が隠している秘密でした。周りに絵を描いているクラスメイトは居ましたが、小説を書いている生徒はいませんでした。引っ込み思案な性格も相まって、公言することが出来なかったのです。

 なお高校2年生になる現在、唯舞が書いている小説『黒猫ノワールの夢散歩』は、人の夢の中に入ることができる黒猫のノワールが、色んな人の夢の中に入り冒険するという現代ファンタジー小説でした。web小説サイトに掲載しており、数件のブックマークをもらったりしています。

 そんな秘密の小説は唯一、幼なじみの桜には知られていました。血迷った唯舞が小説を見せた時があったのです。

「はい、これ!」

 今度はしっかりと世界史のノートを確認した後に唯舞はノートを桜に渡しました。近いうちに小説ノートを目立つ色に変えたことは言うまでもありません。



※※※※※




 桜が陸上部に所属している一方で、唯舞は帰宅部でした。しかし授業が終わってもすぐには下校しません。普段は部活終わりの桜と合流して2人で帰っているのです。

 桜の部活が終わるまでの2時間程度の時間を、唯舞は図書室にて小説を書くか宿題をするかで過ごします。今日は前者の方でした。世界史の時間にノートへと書いた小説を、スマートフォンへと打ちます。それが終わり次第、スマートフォンにて小説の続きを書き記していました。

「ファイト! オ~! ファイトオ~ファイトオ~!」

 2階の図書室からはグラウンドを一望することができました。陸上部、サッカー部、野球部が練習に励んでいます。ひと段落するところまで夢散歩(唯舞の自作小説『黒猫ノワールの夢散歩』の略称)を書き終え、彼らが部活をする姿をボーッと眺めていた唯舞でしたが、そこにある光景を目にしたのです。唯舞にとっては何とも興味深い光景でした。

 図書室という空間でしたが、思わず口に出してしまいます。

「あれって桜と……北見くん?」

 ちょうどグラウンドを出たところには校舎の外周道があります。そこで発見した桜の姿を見て唯舞の口元が思わず吊り上がりました。

「へぇ……」

 まるで三日月のような形をした口元は「魔女のようだ」と言われても仕方のないほどに不気味なものだと、唯舞本人は全く気がついていません。



※※※※※



「ねぇ桜。一つ訊きたい」
「ん? どしたの?」

 唯舞は、バンズ2倍とピクルス抜きのオプションを加えたダブチを口一杯に頬張っていた桜へと唐突に声をかけました。

「C組の北見くんのこと、好き?」
「ん!? ……ゴホッゴホッ!!!」

 単刀直入に唯舞が尋ねると、目に見えて桜の表情が変わりました。危うく口の中のものをぶち撒けてテーブルの上が地獄絵図に変わってしまいそうになりましたが、寸のところで桜はこらえました。

 何回か咳こんだ後に桜は大きな声で言いました。

「な、何のこと!?」
「やっぱり図星。分かりやすい」
「クッ…………あぁぁぁ~~~~~」

 まあまあの声量にて桜は項垂うなだれましたが、それほど大きな問題ではありません。唯舞と桜が訪れたマックは立地上の問題で客の多くはドライブスルーがメインでした。ゆえに2F席の端っこを陣取る彼女たちでしたが、周りの席には誰も座っていません。ここは適当に雑談をしたい彼女たちが集まる穴場なのです。

 どこか悔しそうな声で桜が言います。

「な、何で知ってるの? わたしそーゆーのって結構隠してる方だったんだけどさぁ~」

 程よく溶けてきたシェイク(バニラ味)を吸った唯舞が淡々と答えました。

「……図書室から、桜が北見くんと話をしているの観えたから。すごい楽しそうに喋ってた」
「そういうことかぁ~」

 再び項垂れた桜はダブチと同時にもらった水入りの紙コップを一気に飲み干しました。そして、唯舞の小説を指摘したときのように小声で話すのです。

「唯舞! この際知られちゃったことは仕方ないから、折り入ってお願いがあるの!」
「……どしたの藪から棒に」
「そのさぁ、唯舞の“力”を使って……その……わたしと北見くんの距離を近づけて欲しいっていうか……」
「…………」

 歯切れが悪く言葉を紡ぐ桜は、普段の桜らしくありませんでした。それは表情からもうかがえます。申し訳なさそうに唯舞のことを見ているのです。

 そして、なぜ桜がこのような態度をとっているのか唯舞には容易に察することが出来たのです。それは決して幼なじみゆえの以心伝心ではありません。桜が口にした“力”という言葉のことです。



 そう、唯舞は――



「桜。悪いけど、私のは使わない」



 ――魔女なのですから。



 唯舞には先天的に持っている能力がありました。それは他人の心の中の声を聴くことが出来るというものです。

 その方法は心を読み取りたい対象の目を5秒間見るだけなのですからとても簡単です。たったそれだけで唯舞は他人がひた隠しにする秘密も、本音も、本性も何もかもを理解できてしまうのです。

 しかし、唯舞はこの魔法をほとんどの場合使おうとはしませんでした。たとえそれが大好きな幼なじみからの頼みでも、です。

 唯舞に断られた桜は、その表情に笑みを浮かべました。

「……そっか。ごめんね、唯舞。ちょっとズルしようとしちゃった」

 柄にもなく謝罪の言葉を口にする桜を見て、唯舞の中で一つの感情が膨れ上がります……罪悪感です。

 唯舞はシェイクを吸い切った後に、出来る限り淡々と答えました。

「……別に、桜のためにならないからなんてそういう思いやりで断ったわけじゃない。桜が北見くんのことが好きならほんとに付き合って欲しいと思うし、私に出来ることなら何でもしたい……とか、そう思う」
「うん」

 桜は全く茶化すことなくただただ頷きました。

「これは、私の問題なの。無闇に魔法を使いたくないっていう私の問題。 ……もし簡単に魔法を使っちゃったら、きっと私は桜に嫌われてしまうから」
「……え。ど、どうして?」

 当然のようにそう訊き返した桜に対して、唯舞はずっと胸の内に秘めていた思いをポロポロとこぼすように伝えます。

「もし私が普段から魔法を使っていたら、私が魔法を使えると知っている人はきっと、“もしかして魔法を使ったのかな”なんて疑うと思うの。そしたらね? たぶん私の周りからは人が居なくなる。 ……それが、私は嫌」

 唯舞はストローに付いていた紙製のカバーをくしゃっと丸めました。

「私は、私の“日常”が好き。学校に行って、小説を書いて、幼なじみと他愛のない話をする日常が好き。魔法なんて非日常が無い日常が、好き」

 唯舞はけっこう大きな勇気と共にその言葉を口にしました。内気な少女、唯舞が幼なじみにだけ語ることが出来る精一杯でした。

 唯舞はまともに桜の顔を見ることが出来ませんでした。曲がりなりにも唯舞は魔女です。普通の人間とは少し異なる自覚がありました。ですから唯舞の本音が否定されることはつまり、唯舞が“非日常”であることを突きつけられることに相違ないと考えたのです。

 永遠とほど近い数秒が過ぎた後に桜は口を開きました。

「……唯舞」

 おそるおそる唯舞は顔を上げました。そこに居たのは……満面の笑みの桜です。

「ありがと!」

 全てを認めてくれる幼なじみしんゆうの笑みに、唯舞は極めて日常的と言えるささやかな幸せを覚えたのです。決して魔法では叶えることが出来ないささやかな幸せです。



 ――魔女矢平やだいら 唯舞いぶが送った日常の1ページでした。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

処理中です...