Love Butterfly

葉月零

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籠の蝶(1)

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 うちは、プリンセス。今日は、どのドレスにしようかな。
ピンクもいいし、水色もかわいい。うーん、でもやっぱり、今日はピンクにしよう。
「なあ、かわいい?」
うちは、スケッチブックの中に描いた、プリンセスのうちを、お友達に見せてあげた。
「ほら、上手に描けてるやろ?」
でも、お友達は、ちょっと笑ってるだけで、お返事はしてくれない。
「上手に描けたね」
きっと、そないおもてるから、うちが、代わりにお返事する。
「なでなで、して」
お友達の手は、ふわふわで、柔らかくて、うちはその手を取って、うちの頭をなでなでする。
「ありがとう」
うちは、お友達の体をギュってして、でも、お友達は、うちのことギュって、してくれへん。お友達は、ずーっと、笑ってるけど、うちのことは、全然見てなくて、うちのお話は聞いてくれるけど、お友達のお話はしてくれへん。
 だって、お友達は……お人形やもん。うちのたった一人のお友達は、おっきい、くまの、お人形。
「京子さん、お食事の時間です」
ああ、またこの時間が……
「お腹痛いから、食べたくない」
「まあ、またですか……お医者さんに行きましょうか」
「明日、行く」
ドアの外で、家政婦の和子さんが、ため息をついてる。
「お部屋で、食べはりますか?」
「そこ、おいといて」
和子さんの足音が遠くなって、うちはまた、プリンセスの絵を描き始めた。でも、なんか、もう、上手く描かれへん。
「おもんない」
しばらくして、階段を登ってくる足音が聞こえて、部屋のドアが開いた。
「仮病やろ!」
「ちがうし」
「早くしてよ! あんたのせいでご飯食べられへんやん!」
お姉ちゃんはそう言って、うちの手をおもいっきり、引張った。
「ほんま、ムカつくわ!」
お姉ちゃんは、うちを睨みつけて、うちのほっぺたを、叩いた。ばちっ、て音がして、これ以上叩かれるのは嫌やし、しかたなく、うちは、ご飯を食べに行くことにする。

 テーブルには、パパが、いつもの怖い顔で、時計を見てた。
「京子、食事の時間は七時と、決まっているやろう」
まだ、三分しか、過ぎてへんのに。
「ごめんなさい」
「ほんまに、お前は、あかん子や」
パパはため息をついて、
「ちょっとは由子を見習いなさい」
て、お姉ちゃんに、にっこり笑った。うちには、あんな風に、笑ってくれたことない。
「パパ、京子は、まだ時計よまれへんのよ。だって、この子、アホやから」
お姉ちゃんの言葉に、パパが笑って、ママも笑って、和子さんも笑って、みんな笑ってる。時計くらい、わかるもん。だって、うち、もう四年生やもん。
「由子、学校はどないや?」
「うん、すごく楽しいのよ。よく、勉強できるし、みんなちゃんとしたお家の子やし、やっぱり、パパの言う通り、あの学校にしてよかった」
お姉ちゃんは、府内でも、有名な私立の中学に、通ってる。めっちゃ、頭良くて、かわいくて、人気者で、うちとはまるで……正反対。
「でもやっぱり、いてるんよ。京子みたいな、ぼんやりした子。見てたら、イライラするねん」
「そういう子にも、優しいしたらんとあかんで。そやないと、由子の価値が下がる」
「わかってるよ。まあ、学校の中だけのお付き合いやし。私ね、二学期になったら、生徒会に推薦されるみたい」
「そうか、さすがは、由子やなあ!」
 みんな、楽しそう。でも、うちは、全然楽しくない。ご飯も、全然おいしくない。ご飯の時間、めっちゃ、嫌い。
 うちはとりあえず、黙ってご飯を食べて、スープで、おかずもご飯も流しこんで、そおっと、ごちそうさま、って言って、部屋に戻る。誰も、うちが、ごちそうさまって言っても、気つかへん。

 部屋に入っても、下からみんなの笑い声が聞こえる。
 パパは、有名な弁護士さんで、週に一回か二回、家に帰ってくる日は、こうして、七時にみんなでご飯食べる。
 でも、うちは、この時間が、すごく嫌い。だって、うちはいっつも怒られてばっかりで、お姉ちゃんは褒められてばっかりで、ママはパパのご機嫌ばっかりとって……
 しょうがないねん。うちは、お勉強もできへんし、顔もかわいくないし、お姉ちゃんみたいに、お友達もたくさんいてないし、学校も、おもしろくないし。
「あんたは、うちのお友達やんな?」
ふわふわのくまさんをギュってしたけど、やっぱり、何も言ってくれへん。うちはきっと、このお部屋から出られへん。大きくなっても、きっとうちは、このお部屋で、一人で……そんなん、イヤや!
「大きくなったら、こんなドレス着るねん」
部屋の隅っこには、ピアノがあるけど、ずっと、鍵がしまってて、もう、ずっと、弾いてない。
「大きくなったら、ピアノ、自由に弾くねん。大きくなったら、きれいになって、かっこいい男の人と、結婚するねん。大きくなったら……」
……うち、大きくなるんかな……うちほんまに、大人になれるんかな……
 また、ドアのノックが聞こえた。
「京子さん、お父様がお呼びです」
「何?」
「学校のことで、お話があるそうです」
「和子さん、代わりに聞いて」
「そんなことできません。さあ、下に降りて……」
どうせ、受験の話やん。そんなんもう、聞きたくない。
「お姉ちゃんと一緒の学校、がんばりますって、ゆうて」
和子さんは、また、ため息をついて、わかりました、って、下に降りて行った。
 お勉強は嫌いやないけど、やっぱりうちは、絵描いたり、ピアノ弾いたりするのが好き。でも、ピアノは、お姉ちゃんのお勉強の邪魔になるからって、弾いたらあかんようになって、絵も、描いてるとこ見られたら、怒られる。だからうちは、いっつも、こっそり、絵描くねん。誰にも見つからへんように、こっそり。色鉛筆も、スケッチブックも、すぐ隠せるように、してる。お小遣いは、全部、絵の道具を買う。パステルも、絵の具も、うちは、なんでも持ってて、でも、一生懸命描いても、上手に描けても、誰も見てくれへん。誰も褒めてくれへん。誰にも、見せられへん。
 それから、好きな服、着たい。クラスの子は、みんな、自分で服選ぶんやって。でも、うちの服は、全部ママが選んで、ママが決める。恥ずかしくない服なんやって。恥ずかしい服って、どんなん? うちは、こんな、襟にフリフリついたブラウス、恥ずかしいのに。みんなみたいに、かっこいい英語とか書いてある服とか、ジーンズとか、着たいのに。
 自由になりたい。
 自由に、なんでも、自分で決めて、自分でしたい。
 大きくなったら、うちは、自分で決めるんや。何もかも、自分で、決める。

 もう、誰の言うことも、聞かへん。
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