サイバーパンクの日常

いのうえもろ

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ランナーズ・ハイ2

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 今日も仲良くハルとネルは追いかけっこ。
 超常現象ネルは箒も使わず空を逃げ、ハルが原付バイクくらいの速さで走って追いかけている。

 ここはアンダーグラウンドガーデンにある、通称フ○ッキンマーケットFマ
 何処にでもあるなんの変哲もない普通の闇市である。

 さすがのハルも人混みを吹き飛ばして走るわけには行かず、思ったようにスピードが出せない。それでも驚異的な体さばき武術アプリで人にぶつかる事なくネルを追い続けている。

「頑張るねぇ~ハルちゃん」

「この卑怯者! 落ちろ!」

 ニヤニヤと上空からネルがからかう。
 ハルは空に突き出た電波塔を見つけると、三角跳びの要領で塔を蹴ってネルの居る高さまで飛び上がり、高周波ハリセンを振るう。
 虚をつかれたネルは、魔法を一瞬解除し、落ちる事でハリセンを回避した。

「うぁ、あぶね」

「無駄な抵抗はやめろ! 痛みは一瞬だ!」

「だが断る!」

 くるりと一回転して電波塔の先に立つハルに、お尻ペンペンをかまして飛び去るネル。
 ハルもすぐ追いかけようとしたが、騒ぎで集まってできた人垣で降りるスペースがなかった。




「お~い、ハルさん」

「あ、あの時の黒服さん」

 どうやって降りるか悩んでいたハルが声の方を見ると、サイバー競馬場の黒服がいた。
 外にいる為サングラスをかけているが、いかつい体は人垣に隠れることなく、頭二つ分くらい飛び出ている。
 ハルは電波塔から黒服目掛けて飛び降りた。黒服は苦もなく受け止め、ハルはようやく地面に降りることができた。
 軍用義体はかなり重たいが、黒服も荒事対応可能なアンドロイド。このくらいは造作もない。

「ネルさん共々、お元気そうですな。ハルさん」

「元気だけが取り柄ですから」

「またまた、店長から聞きましたぜ。有名な凄腕義体操者だそうで」

「えへへー、それほどでもー」

 他愛のない世間話をしながら歩き出す。黒服のおかげで人の海が割れて、すこぶる歩きやすい。

「そうだ、うちの姉、そちらに飛んでってません?」

「え? あぁ、一応出禁なんでがね……、聞いてみますんでちょっとお待ちを」

 ネルはいつも、気がつくと店内にいる。入り口に立つ老練のガードマンにも気づかれず、各種センサー搭載の防犯カメラに映ったことすら一度もない。
 ある日、落ち込んだガードマンをリオウが「ネルアレは異常の塊だ。犬に噛まれたと思って忘れなさい」と慰めていたのを聞いたことがある。

 存在がバレるのは、ネルが従業員女性アンドロイドに手を出すからだ。

 黒服が脳内のアプリで店に連絡する。返答はすぐにきた。

「ハルさん、今日は来てないようですぜ」

「そうですかー」

「すいませんが、買い出しがあるので、俺はこれで」

「あ、ありがとうございました」

 そう言って、黒服は来た道を戻って行く。ひらけたところまでハルを送ってくれたらしい。
 細かい気配りができなければ黒服は務まらないのかもしれないとハルはぼんやり思った。

「さて、どう探そうか」

 つぶやいてキョロキョロ辺りを見回す。すぐに蛍光のピンクと緑というどぎつい色の看板を見つけた。アンダーグラウンドガーデンにも出店している数少ない大手コンビニチェーン店だ。

 ハルは店内に入ると、一番近くの従業員に質問する。

「すいません、お手洗い借してください」

「うちにトイレないです」

 真っ赤なアフロヘアの従業員が、作業したまま、目も合わさず即答する。

「またまた、そんなわけー」

 言いながらハルが従業員の顔を覗き込む。

「失礼しました、こちらをご使用ください」

 急に背筋をきっちり伸ばし、アフロが従業員専用のトイレにハルを案内した。

 このコンビニチェーン店のネットワークには、かなり昔からハルのバックドアが仕込んである。
 バックドアから本社ネットワークに接続し、住所から店舗を見つけ、店員名簿から顔認識で一致する店員コードを特定した。
 赤いアフロの店員が三人も居たので、顔を見る必要があった。よく見ると店長もアフロだ。変な店。

 店員がわかれば、後は店専用の連絡用チャットで『会社のお偉いさんの娘だから丁寧に扱え』というメッセージを店長コードからこのアフロに送ったのである。

「よし、ここは比較的安全」 

 そう言って便座に座ると、意識をネットワーク上に移す。

「まずはダメ元で衛星から」

 この時間、この辺を飛んでいるスパイ衛星の中から、バックドアのあるやつを探す。
 三つもあった。
 スパイ衛星の映像にネルが映っている記録ログがないかチェックする。

 ない。

「やっぱ、一切映ってない。赤外線センサーにもXレイにもない。これで他人に見えてなければ、私の妄想かおばけだわ」

 嫌な想像をしてしまいハルは頭を振る。ギャンブルやって、酒飲んで、見境なく女に手を出す幽霊など最悪がすぎる。

「ログが残るから嫌なんだけどなぁ」

 ポケットからプラスチックの四角い機器を取り出し、有線で首のポートとつなぐ。

 義体は脳があるから、神経系を脊髄に纏めてる為、首の後ろにポートを作ることが多い。
 ポートを手首に持って来ることもできなくはないが、何かで手が壊れたときに、ショートした電気などが神経通して脳に流れてきたらと思うとちょっと怖い。

 この四角い機器、大雑把に言えば増幅器アンプである。
 無線接続できる周辺機器の電波は弱く、使用者周辺でしか使えない。が、このアンプで電波を増幅すれば、半径約5キロの無線機器と繋げられる。
 もちろんこんな装置は電波法違反だ。
 一応、繋げた先に何か問題があった場合、一旦このアンプが防壁になる。
 アンプが問題を受け止めている間にケーブルを抜くことが出来れば、本体まで影響しない。
 
「さて、外部記憶装置を使っていてー、接続にパスワード使ってなくてー、ネルを見た人の記憶はー」

 各種機器に映らないネルでも人間の目はごまかせない……らしい。
 カメラアイの記録には一切映っていなくても、実際にネルを見た人は、みんなちゃんと見えているし見た記憶もある。
 透明になったわけじゃない。
 その気になれば、透明にもなれそうだが……。

 そうして見つけた幾人かの目撃情報を地図にマーキングしていく。マークを時系列で繋げれば行く方向がわかってくる。
 その結果は湖を指していた。
 その方向にある施設は……。

競艇ボートだ!」
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