サイバーパンクの日常

いのうえもろ

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バイオミラクルカトウ リターンズ

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 サトウはサイボーグである。
 サイボーグは主に機械で構成されている為、定期的にメンテナンスが必要だった。
 しかし、サトウをサイボーグにしたテロ組織は、サトウ自身が壊滅させてしまった。
 そこでサトウは、メンテナンスをハザマに依頼した。

 ハザマは自他ともに認めるマッドサイエンティストあり、同時に史上稀な天才であった。
 瀕死のカトウにバイオ手術を行い、カトウを超人バイオソルジャーに生まれ変わらせたのもハザマだ。
 そして、術後の経過を観察する為、カトウはハザマの病院で定期検診を受けている。

 ハザマの元に通う以上、二人の再会はコーラを呑んだらゲップするくらい当たり前だった。




「あ」
「あ」

 診察室のドアを出たサトウは、検尿コップを持って廊下を歩くカトウと目が合ってしまい、思わず声が出た。
 目をそらし、逆再生のようにドアの向こうへ消えようとするサトウ。
 ガッとカトウがドアを掴む。コップの尿が揺れる。必要以上にたっぷり入ってた。
 サトウの目の前にカトウの顔とコップがあった。
 ほのかに漂うアンモニア臭。

「ス、スマン」

 自分のとった行動に気づいたカトウが、慌てて後ろに下がる。また大きく揺れるコップ。尿が今にもこぼれそうだ。

「元気……そうだな」

 そっとドアを閉めようとしたサトウに声をかける。コクンと小さくうなずいた。
 沈黙。
 フラッシュモブ失敗したプロポーズを思い出し、気まずい空気が流れる。コップの尿が小刻みに震え、小さな波紋をいくつも作っている。

「いつまでも何しとるサトウ。カトウはさっさと入ってこい」

 耐えきれなくなったサトウが静かにドアを閉めかけたとき、室内のハザマが困惑の声をあげた。
 ここは診察室の入り口。ハザマの言うことはもっともだ。
 二人の事情も知っているはずだが、特に気遣う様子はない。
 ハザマにとってはもう終わったことだ。
 あれからもう三週間経っている。

「終わるまで待っててくれ」

 すれ違いざまカトウが頼む。
 特に返事のないまま、サトウがドアの向こうに消えた。
 がっくりと肩とコップを落とす。ハザマの悲鳴が遠くに鳴り響いた。




「あ!」

 カトウの嬉しそうな声が辺りに響く。
 周りの患者や職員が一斉にこちらを振り向いた。

 この時点でサトウは後悔した。そうだった、この男はそういう奴だった……と。

 周りのことなどまるで気にする様子もなく嬉しそうにするカトウの顔が、幼い頃飼っていた犬とダブって見える。

「待っててくれたんだな」

「暇なだけよ。で、何の様?」

「え? あ、嫌。深い理由がある訳じゃなく……」

「じゃあ、帰るわね」

「え!? あっ、待ってくれ」

 ため息を飲み込んで立ち上がり、帰ろうとするサトウ。
 ついこの前まで命よやり取りをしていたサトウにとって、この男は能天気過ぎた。
 自力でやり遂げたと思っていたテロ組織の壊滅復讐も、カトウの手助けがあったとわかって、余計になんでフラッシュモブあんなことを平気でできるのか。
 アタシは人殺し。例えそいつらが犯罪を犯していたと言えど、サトウにとっては肉親を殺され、自分をサイボーグこんな体にした復讐をしただけだ。
 そこに正義感など欠片もない。その上、自分の裏切りでカトウの部下たちは皆死んだ。
 何故、アタシを許すのか……。その喜色満面の笑みはいったい何なのか。
 サトウにはまったく理解できなかった。

「スマン!」

 また大声。横目で見ればニヤニヤした女性看護師数名がさっと目を逸らす。
 そして、仲間内でケンカかしら別れ話かしらと楽しそうに小声で騒ぐ。
 高性能な機械の耳を持つサトウにははっきり聞こえているが。

「サトウの気持ちも考えず、迷惑をかけた。申し訳ないと思っている」

 カトウが腰を九〇度以上曲げて頭を下げたまま固まっている。
 バイオソルジャーとなったカトウなら、サトウが許すまで何時間でもこの姿勢のままでさして疲れないだろう。
 また、周りの目が集まってきた。ほらやっぱりーなどど小さな声が聞こえてくる。
 こういうところが無理なのよ。などと悪態ついていてもずっとカトウはこのままだろう。

「とりあえず、どこか場所を変えましょう」

 根負けしたサトウは、好機の目から逃げるためについそう言ってしまったのだった。
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