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エピローグ

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僕たちの生活が始まった。


まずは掃除から。
いらないものは片っ端からゴミ袋に詰める。
冷蔵庫を見てみると、中のものは全て腐っていた。これもゴミ袋に詰める。
散乱している洋服は、畳んでタンスに入れる。
窓を全開にして空気を入れ替える。
床を拭く。


食事も大切。
冷蔵庫の中身は全部捨てたので、食材を買う。
料理は女の人に教えてもらう。
箸の使い方も教えてもらう。
キュウリは欠かせない。


服装にも気をつける。
僕は、着の身着のまま逃げてきたので服が一着しかない。
服屋で何着か買う。    
女の人はどこかで働いているようで、お金は全部出してくれた。感謝。


働かないと金はない。
女の人は、プールの清掃員をしていた。
申し込むときに戸籍などがいらないところらしい。
僕もそこで働くことにする。


「あのさ、」

生活がやっと軌道に乗り始めた頃、女の人が話しかけてきた。
向こうから話しかけてくるのは、毎日のことだった。
あったかい緑茶を啜りながら、次の言葉を待った。
たわいもない話をするんだろうな、と思った。
でも、

「結婚とか、してみらん?」

ブォホッガホッ!!!!

盛大に緑茶を吹き出した。                                                                        
畳だから掃除が大変なんだよな。
じゃなくて、
 
「ケホケホッ……えっ?」
「結婚」                                                               
「……ごめんもう1回」
「結婚せん?」
「……結婚って聞こえるのは気のせいだよね。うん、きっとそうだ。」
「いや、気のせいじゃないけん」
「…………」
「……………」
「……本気で?」
「うん」
「…………」
「……………」
「………………」
「…………………」
「……僕たち元河童だけど?」
「実は、こんな制度があるらしいっちゃんね♪」
 
自慢げに見せびらかしてきたのは、市役所のポスター。
『あなたの戸籍、ありますか?』
という文字が躍っている。
その下に、
『戸籍がなくてお困りの方、ご安心を!市役所窓口から、簡単な手続きで戸籍を申請できます!TEL:000-0000-0000』
と書かれている。
 
「………マジで?」
「マジです」
「本気と書いて?」
「ぽんけと読む」
「“マジ”な」

はっはっはっは。

いや違う違う違う違う違う違う!

「これで、戸籍を、とって、結婚、する、わけ?」
「うん」
「本当にできるの?」
「知らんけど、出来るっちゃない?」
  
適当だな……

「……じゃあ、やるだけやってみますか」
「うんっ!」

輝く笑顔で見つめられ、この人ってこんなに綺麗だったっけ、と思う時点で俺は負けている。何に負けているかはわからないけど、とにかく負けている。

2人は、市役所に向かって歩き始めた。
                                             


                                                                     完

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