余命3年。

風枝ちよ

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余命3年。

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7月19日。

あと3年。
俺の命は、あと3年で消えると宣告された。
3年。
もう少し、遠くだと思っていた。
未来だと思っていた。
なのに。
あと3年の命。
不治の病に侵されている、と言われた。
何故。
普通に生きてきたのに。
なぜ、なぜ。なぜ。
怖い。
死は気付いたらすぐ近くにいる。



家に帰る。
妻が、夕食を作っている。

「「いただきます」」

一緒に夕食を食べる。
無言。
沈黙が空間を支配している。
これはいつも通りだ。
だが、妻は俺の重い空気を察したようだ。

「……病院で何かあったの?」
「実は、」

俺は、妻に全てを話す。
包み隠さず。
さらけ出す。

「……そう」

話し終わったあと、妻はそれだけ言った。
気持ちを押し殺しているように聞こえる。
その気持ちが哀しみなのか、喜びなのかはわからない。



夜、何故か目が醒めた。
死への恐怖かもしれない。
起き上がると、リビングの電気がついていてそこから話し声が聞こえる。
そっと近付く。

「うん、そう…」

妻が誰かと電話で話しているようだ。

「私の旦那、あと3年の命だって…」

誰と話しているのだろうか。
少し声が弾んでいる。

「そうそう…」

誰と話しているんだ?
わからない。

「じゃあね…」

妻は電話を切る。
こっちへ歩いてくる。
とっさに動くことができない。

「あなた、なにしてるの?」

見つかってしまった。

「いや、別に…ちょっとトイレに」
「ふーん…?」

急いでトイレに逃げる。
妻にバレたかもしれない。


++++


7月20日。

俺はいつも通り仕事に行く。
今日くらいは休んだら、と妻に言われたけど休むわけにはいけない。
俺は警察官である。
今は連続殺人犯を追っているのだ。



「このアパートですね」

古びたアパートを、警察官が囲んでいる。
調査で、ここに連続殺人犯が潜伏しているとわかったのだ。

「突入しますか?」

部下が訊いてくる。

「いや待て、俺に考えがある。一人で行かせてくれ」
「でも、警部…」
「もしもの時は突入させろ。いいな」

無理矢理黙らせ、一人でアパートの一室へ向かう。
二階建ての二階、2つ目の部屋だ。

コンコン

「どちら様?」
「警察の者ですが」

少し怯む気配がする。

「どどどうしたのですか?」

明らかに動揺している。
後ろを見ると、下で部下が心配そうに見ている。

「話は中に入ってからでよろしいですか?」

有無を言わせぬ口調で俺は言う。
警察官になってから、相手を黙らせる方法をいくつも学んできた。

「は、はい…」

ガチャン

鍵が開く。

「失礼します」

警察官と言えども礼儀は大事だ。
1K。
家具もほぼない。
ガランとした部屋。
テーブルを挟み、向かい合わせで座る。

「お前、連続殺人の犯人だろう」
「いや、僕は違います…」
「証拠はあるんだぞ」
「ち、違います。僕じゃありません」
「まあお前が犯人だろうとそうでなかろうと、そんなことは今関係ない」
「え?」
「今日は、取引に来たのだ」
「……取引?」



「すまない、犯人は逃してしまった」

部屋から出て階段を降り、待っていた部下に話す。

「警部?」
「俺が説得しようとしたらな、窓から逃げ出したんだ。すまん」
「警部…」

部下の不満げな顔。
でも、これでよかったんだ。
俺は自分に言い聞かす。


++++


7月24日。

妻は家に帰ってこない。


++++


7月25日。

『昨夜午後10時頃、◯△公園で三十代の女性が亡くなっているのが見つかりました。女性は頸動脈を鋭利な刃物で切られ、ほぼ即死だったと見られています。当局は、犯行の手口から最近の連続殺人犯と同一ではないかと……』

仕事へ行く。



「また殺しだ、急げ、現場行くぞ!」
「◯△公園、車回せ!」
「連続殺人だぞ!」
「もうこれで5件目だ!」

刑事一課は、忙しく回っている。
心の中でほくそ笑む。
全てが計画通りにいっている。
警視総監に名前を呼ばれる。

「今回の事件、お前は……言わなくてもわかっているよな」

身内が事件に関わっている警察官は、私情を交えないようにするため捜査から外されるのだ。

「…はい」

残念でならない、といった表情をつくる。

「お前の気持ちもわかるが、決まりだからな」

口角が上がってしまうのを抑えるのに必死だ。
これでいいのだ。
今日は家に返される。


++++


7月26日。

『昨日午後8時頃、☆□広場で四十代の男性が亡くなっているのが見つかりました。男性は頸動脈を鋭利な刃物で切られ、ほぼ即死だったようです。昨日に引き続き、連続殺人犯と同一ではないかと……』

仕事へ行く。



同僚は皆慌ただしく動いている。
俺は相変わらず捜査から外されている。
仕事を途中で抜ける。



「待たせたな…」

俺は、待ち合わせの場所へ行く。
そこには、連続殺人犯がいる。

「おい、刑事さん、本当なんだろうな。あの事は」
「なんのことだ?」
「とぼける気か?言ったじゃないか、妻とその浮気相手を殺す代わりに僕の罪を見逃してくれる、と」
「ふっ」

俺は笑ってしまう。

「何がおかしい!」
「あははははははははは」

俺は、笑う。
心の底から。

「あはははははははははははははははははははははははははははははははは」
「何を笑ってやがる!」
「俺が手ぶらでくると思うか?」
「どういうことだ…?」
「ちゃんと、お前を捕まえる準備はできてるってことだよ!」

俺は叫ぶ。
叫びながら、懐に入れていた手錠を取り出す。
犯人へ向かって走り出す。

「うおおおおおおおお!!!!!」
「くっ……!」

あと少しのところで、避けられる。

「そっちがそのつもりなら、こっちだって!」
「何っ⁈」

犯人は、取り出す。
ナイフを。
血に染まった、ナイフを。
取り出し、俺に向けてくる。

「死ねええええええ!!!!」

今までなんどもそうやって来たように。
俺に向かってくる。
あと3年。
生きていてもどうせすぐ死ぬのなら。
もうここで人生を終えても。
いいのかもしれない。

左胸に、痛みを感じる。
血が噴き出す。
意識が、遠のいて行く。


                                                                                     完
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