(ふたりぼっち)

風枝ちよ

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「今日はひとりなの?」

恋人が教室で僕に話しかける。
五月蝿い。
僕の耳は汚い声を受け入れるようにはできていないんだ。

「風邪、らしいよ」

へぇ、とその話題を流して、恋人は僕の前に座る。
勝手に他人の椅子を使うな。

「ちゃんとした自己紹介まだだったね」

聞いてない。
聞きたくない。

「あなたの友達の恋人、です」

うん、と適当に流す。
恋人が僕に自己紹介を促す。

「あなたの恋人の友達、です」

そう、と恋人がまた流す。
会話は終わりなのだろう。

「暇だから何か話す?」

なんで?
僕は表面上は優しさの塊だから、それに乗ってあげる。

「いいよ」
「何、話そうか」

話題はないんだ。
んー、と恋人さんが視線を浮かせる。

「この前のデートの話、していい?」
「大丈夫だよ」

っていうか、駄目な理由ないし、と言う。
それもそうだね、恋人が言う。
駄目な理由しかないんだけど。

「私の恋人って、」

私の?
僕の友達が、いつから君のものになったのだろう。
君が告白した時からだろうか。
告白の返事をした時からだろうか。

「面白いね」

あのレベルのボケで面白いと思えるなんて、恋人の笑いのハードルはどれだけ低いのだろう。

「面白いよね」
「だよね!」

口だけで賛同しておけば、相手は勝手に仲間だと思ってくれる。
他人から心は見えない。
その人の言動が見えるだけだ。
だから表面だけ、表情筋と動作だけ偽ればいいのだと思う。
良い言動をしておけば、良い心の持ち主に見られる。
それでいいと思う。
それでいいのだと思う。

「嘘、ついてるよね」
「え?」
「嘘。ついてない?」

いきなり何を言い出すんだ。

「冗談とか結構言うからね」
「そういうことじゃないんだけど」

恋人さんは言葉を探す。
僕は恋人さんの目を見てみる。
白の中に茶色の丸と、その中に黒い円。
素敵、なのだろうか。
濁った目で見ているからか、素敵には見えなかった。

「自分に嘘、ついてる、みたいな」

恋人さんはまた言葉を探す。

「自分を、偽ってない?」

やっと合致する単語を見つけたらしい。

「そんなことないよ」

僕は否定してみる。

「例えばどんな時?」
「私の恋人と話してる時、とか」

私、の。

「無理してない?」
「無理とかしてないよ」

曖昧に笑う。

「本当の自分、みたいなのを出したほうがいいと思う」

恋人さんはまだ納得がいっていないようで、変なアドバイスをくれた。
本当の、自分。
本当の自分もいるとは思う。
外に出してないだけで、心の底の方にいるんだろう。
ひとりで夜を過ごしているときに出てくる、無味無臭で無感動な僕が、本当の僕だ。
でもそんな自分を出したら生きていけないから、人はキャラをつくるんだと思う。
そのうちに本当の自分はキャラに埋もれてしまう。
そしたら、キャラが本当の自分ってことでいいんじゃないかな。

「ありがと」

僕はアドバイスをもらった時の返しの言葉を言う。

「ほら、今嘘ついたでしょ」
「ついてないよ」
「心で思ってなくても、形だけしておけばいいと思ってない?」

そう思ってる。
そうとしか思ってない。

「心から行動するのが大事だと思うよ」

僕は頭で言葉を組み立てて言う。

「そっか」

恋人は上から目線で、何かを察する。
この嘘つき。
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