(ふたりぼっち)

風枝ちよ

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死にたい。
僕はひとりぼっちになった。
僕はひとりぼっちになってしまった。
君のいない世界で僕は、どう生きればいいのだろう。
もうふたりにはなれない。
僕は一生ひとりだ。
助けてくれる人もいなければ戦ってくれる人もおらず、一緒に笑う人もなく人も、砂場で三角錐をつくる人もいない。
この世界には美しさのかけらもない。
美は死んだ。
残ったのは汚さと醜さと、黒くなった僕だけだ。
僕の両腕は真っ黒になっていて、それは染み込んで心臓も黒くする。
黒い血液は全身を巡り、身体を黒くする。
脚が黒くなる。
腹が黒くなる。
内臓が黒くなる。
奥にしまっていた心も黒くなる。
殻に囲まれた僕のひとりの世界が黒くなる。
黒は殻に溜まって天井まで届いて、僕は息ができなくなる。
死のう。
そうしよう。
すべて終わりにしよう。
あの世でまた君に会って、ふたりぼっちをしよう。
消えない世界で君とふたりになろう。
ふたりぼっちになって壊れない殻で世界を覆おう。
ぴったり閉じて、僕と君で完璧な世界をつくろう。
さあ死のう。
僕は包丁を左手に添えた。
冷たさが伝わり、僕の心臓が軋む。
血液は見慣れている。
でも、怖かった。
こんな僕でも本能的に生きたがっていて、脳の裏側が死にたくないと叫ぶ。
それを抑え込もうとすると、さらに本能が暴れる。
僕は思考を捨てて、無理矢理に包丁を手首に刺す。
痛い。
信号が脳に走って痛みが認識される。
痛い痛い、痛い。
血液が噴き出すのは怖くない。
真っ黒な僕から出る血液はやっぱり赤いんだな、と思う。
綺麗だな、とも思う。
血液が流れ出して、左腕が痺れる。
痛さをこれ以上感じたくなくて、僕は左腕の感覚を遮断する。
もう一度、深く左腕を切る。
ゴリ、と骨に当たって止まる。
また血液が流れる。
左手がもう脳の命令を受け付けず、動かなくなる。
死んだ左手を切る。
皮が切れて肉が切れて、内側が見える。
内側は血に染められて真っ赤だった。
僕の黒はどこにいったのだろう。
僕は脚を切る。
痛みが襲ってきて感覚を遮断して、痛みは消える。
脚にも黒はなかった。
僕は黒くないのかもしれない。
僕は心臓を刺した。
血液が流れ出るのが薄まる視界の端で見えた、僕の黒は全部浄化されていたのかもしれない。
世界が薄くなって暗くなって、完全に黒になる。
ここが僕の世界だ、と思った。
僕の黒が滲み出て眼球を覆ったのかな、と思う。
僕はあと数分後には死ぬ。
もしかしたら数秒後かもしれない、数年後かもしれない。
でもいつかは必ず死ぬ。
今死ななくても100年後には絶対死んでいる。
僕は絶対に死ぬ。



なんで生きているのかな。
人はどうして生まれてくるのか、と訊かれる。
僕は答える。
人は死ぬために生まれてくるのだ、と。
綺麗に死ぬため、美しく死ぬために生まれてくるのではない。
ただ死ぬために生きるのだ。
死ぬことは人生における最大目標であり、それを成すためだけに生きているのだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
死ぬために、生きる。



僕は少しずつ死に向かう。
生と死との狭間に、僕は落ちる。
もう、生きたいとは思わなかった。
どうでもよかった。
どうでもよくなった。
死んでも、僕は君に会えない。
天国に行った君と、地獄に落ちる僕は会うことができない。
二度とふたりにはなれない。
僕は死んでも幸せになれない。
生きていても、幸せにならない。



でも僕は、生きたいと思った。
死にたいと思った。
生きようと思った。
死のうと思った。
僕は本当は、もっと生きたかった。
死ぬためじゃない人生を送りたかった。
そんなことはできるはずもなかった。
神様、どうか君とまたふたりぼっちになれますように。
ずっと、ふたりぼっちでいられますように。



僕は意識を失った。





僕は一生、君に会えない。







                   完
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