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「絶対に引かないって約束してもらえます……?」
しつこくユーロムに頼み込んだオレは、ようやく譲歩の言葉を引き出した。
こんな辺境で、見られたくない事なんてあるか?
「では……開きますね」
ユーロムはこちらを伺う。
「ああ」
まだ躊躇いながら、しかしようやく彼は目の前に片手を上げる。
途端、白い半透明のウインドウが空中に浮かんだ。
現れたのはクエストリスト。
次の1文が見えた。
『エッチな装備を身につけてゴラントの屋敷へ向かおう』
「……………………」
確かに初めて見るレアクエストだが。何だこれ。
基本的にどんなクエストも、公式らしい顔をしていた。しかし、これは身も蓋もない……。
冒頭の単語で思わず生唾を飲み込んでしまった。
「……だから嫌だったんですってば……」
ユーロムがぼやく。
彼は男だし、そもそも、
「……そもそもそんな装備品ないよな」
装備品のウインドウを開いて最初に試したけれど、基本的に下着の類いは着用しても装備としてカウントされない。効能のないタトゥーやカラーリングと同じ扱いのはずだ。
「……あるんですよ」
「またまた」
「あるんですってば!」
「世界を巡ったが、そんな話は聞かなかった」
「ほらっ」
立ち上がったユーロムは、チラリとお腹のローブを摘み上げる。
「これ、が、そうですよ……」
そう言って頬を染めて俯くユーロム。
ローブからチラリと覗く彼の体には、細いベルトがいくつも絡んでいた。ご丁寧に片手で装備ウインドウまで掲げてくれているので疑う余地もない。
僧侶の格好な上にそんな顔で恥じらわれると、背徳感が増す。オレは何もしていないのに。
「……趣味ですか」
「ち、ちがいますっ……ツォルさんが疑うから……!」
「なんてクエストだよ。そういう趣味の貴族だろ」
「わ、わかりませんよっ。ただのドレスコードかも」
「……それこそ変態確定だろ」
「だって、気になるじゃないですか! キーアイテムを手に入れたからには消費したいですし! だいたいアイテム交換の時にはずっとこれがインベントリに入ってるんですよ……? 恥ずかしいです」
「じゃあ倉庫にでも……」
「断られましたっ」
「……どんまい」
ただ、そう言う当人は未だに裾を捲りあげたまま上目使いで見てくるので、早くそっちを恥じらってほしい。注意を向けるために、捲ってる手を軽くグータッチする。
「とりあえず、それしまえ」
「ひゃふっ……すみません」
驚いたのか、びくんと震えて声をあげるユーロム。
どうしてインベントリの視線は気にするのに、リアルは無防備なんだ。オレまで変な道に誘わないでほしい。
「それで、屋敷に行くつもりなんだな」
「ええ、体力を回復したら行ってきます。村の郊外にあるそうなので」
話してしまい、むしろスッキリしたのか、晴々とした顔で僧侶は言う。
逆にオレのほうは、さっき垣間見たユーロムの下着姿がチラついて仕方なかった。……知らなければ何でもなかったのに。
「ツォルさん……顔が怖いです」
「気のせいだ」
「僕、経験ないんですけど……その、これは、何をされるんですか」
「……知らずに言ってたのかよ」
からかう気持ちとお節介が半々で、立ち上がり、
「ツォルさん……?」
小首を傾げたユーロムの肩に手をかけ、パタンとベッドに押し倒す。
「こういうのだろ」
「ツォルさん……」
名前を呼ばれて見上げられ、心臓がキュッとなる。
形のいい唇にギリギリまで自分の唇を寄せて止める。
「変態貴族に、こういう事されていいのかよ」
「構わないです……。僕は……されても」
頬を染めて、ユーロム。
「……は?」
「そういうイベントだったら、仕方ないです……最後まで見ないと、気になるじゃないですか」
未消化のイベントでモヤモヤするのはわかるが、何もそこまでしなくても。
「いざとなったら殴りますから」
「だったら今ので殴れよ。なんで大人しく押し倒されてるんだ」
「あ、それも、そうですね……?」
まったく……と溜め息混じりに身を起こしかけた時、ユーロムがオレの腕を掴む。
「お、おい」
「だったらツォルさん……」
頬を染めたまま、天使みたいな顔で真っ直ぐにこちらを見上げてくる。
「僕に手解き……してくれますか?」
「は? え?」
「失敗したくないんです……」
何の手解きだよ、とも聞けなかった。どの道にしたって何かのラインを踏み越えそうだった。
「ツォルさん……」
潤んだ瞳に見つめられる。
「もちろん、タダでとは言いません。僕、何でもしますから……」
「くっ……」
オレはそっと彼の腕を掴み。
どうにか身を起こす。
そのまま手を離し、自分の初期位置である寝床へ逃亡した。
「それは、ダメだ」
しゅん、とユーロムが下を向く。
勘違いしそうだからやめてくれ。
「その代わりに、そのクエストに付いて行こう」
「えっ」
「心配だからな」
ユーロムの顔が、わかりやすくパッと明るくなる。
オレとしては単にレアクエストを埋めたいだけだ、うん。内容からして率先してやりたくないから、便乗できるのはおいしい。
「パーティ申請したらいいか?」
「は、はい!」
申請を送ると、すぐにウインドウを開いて許可を送ってくる。
「よろしくな」
「よろしくお願いします!」
こうして、オレとユーロムは村の一角で夕食をともにするのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
おまけトークin夕食の席にて
「ところで、"ツォル" って、どんな意味があるんですか?」
「あー、これ、デフォルトのままなんだよな」
「僕もです。いつも名前を考えるのに3日は迷っちゃって、結局デフォルトになるんですよね」
「3日はさすがにないが、わかるわー」
デフォルトネーム――この世界には、物心ついた時点で自分の名前を決めるための儀式が始まる。
デフォルトネームとは、自分の名前を入力する際、事前に神様から用意された名前である。信仰が許せば、本人が考えた名前に変更も可能。
親や代理人により、早くに名付けの儀式が行われていると、すでに儀式は完了していると見なされスキップされる。
「待て、いつも……ってことは、お前まさか」
「僕の家、犬をたくさん飼っていたんです。僕が名付けの儀式を5回したんですよ(ドヤ)」
「そうかすごいなー(転生組じゃないのかよ……)」
「ツォルさん、セリフに感情がこもっていません…(くぅん)」
天使の表情――ユーロムのユニークスキル。見た者を硬直、魅了、もしくは気絶させる。
「あ、ツォルさん!? しっかりしてください、ツォルさーん!!」
しつこくユーロムに頼み込んだオレは、ようやく譲歩の言葉を引き出した。
こんな辺境で、見られたくない事なんてあるか?
「では……開きますね」
ユーロムはこちらを伺う。
「ああ」
まだ躊躇いながら、しかしようやく彼は目の前に片手を上げる。
途端、白い半透明のウインドウが空中に浮かんだ。
現れたのはクエストリスト。
次の1文が見えた。
『エッチな装備を身につけてゴラントの屋敷へ向かおう』
「……………………」
確かに初めて見るレアクエストだが。何だこれ。
基本的にどんなクエストも、公式らしい顔をしていた。しかし、これは身も蓋もない……。
冒頭の単語で思わず生唾を飲み込んでしまった。
「……だから嫌だったんですってば……」
ユーロムがぼやく。
彼は男だし、そもそも、
「……そもそもそんな装備品ないよな」
装備品のウインドウを開いて最初に試したけれど、基本的に下着の類いは着用しても装備としてカウントされない。効能のないタトゥーやカラーリングと同じ扱いのはずだ。
「……あるんですよ」
「またまた」
「あるんですってば!」
「世界を巡ったが、そんな話は聞かなかった」
「ほらっ」
立ち上がったユーロムは、チラリとお腹のローブを摘み上げる。
「これ、が、そうですよ……」
そう言って頬を染めて俯くユーロム。
ローブからチラリと覗く彼の体には、細いベルトがいくつも絡んでいた。ご丁寧に片手で装備ウインドウまで掲げてくれているので疑う余地もない。
僧侶の格好な上にそんな顔で恥じらわれると、背徳感が増す。オレは何もしていないのに。
「……趣味ですか」
「ち、ちがいますっ……ツォルさんが疑うから……!」
「なんてクエストだよ。そういう趣味の貴族だろ」
「わ、わかりませんよっ。ただのドレスコードかも」
「……それこそ変態確定だろ」
「だって、気になるじゃないですか! キーアイテムを手に入れたからには消費したいですし! だいたいアイテム交換の時にはずっとこれがインベントリに入ってるんですよ……? 恥ずかしいです」
「じゃあ倉庫にでも……」
「断られましたっ」
「……どんまい」
ただ、そう言う当人は未だに裾を捲りあげたまま上目使いで見てくるので、早くそっちを恥じらってほしい。注意を向けるために、捲ってる手を軽くグータッチする。
「とりあえず、それしまえ」
「ひゃふっ……すみません」
驚いたのか、びくんと震えて声をあげるユーロム。
どうしてインベントリの視線は気にするのに、リアルは無防備なんだ。オレまで変な道に誘わないでほしい。
「それで、屋敷に行くつもりなんだな」
「ええ、体力を回復したら行ってきます。村の郊外にあるそうなので」
話してしまい、むしろスッキリしたのか、晴々とした顔で僧侶は言う。
逆にオレのほうは、さっき垣間見たユーロムの下着姿がチラついて仕方なかった。……知らなければ何でもなかったのに。
「ツォルさん……顔が怖いです」
「気のせいだ」
「僕、経験ないんですけど……その、これは、何をされるんですか」
「……知らずに言ってたのかよ」
からかう気持ちとお節介が半々で、立ち上がり、
「ツォルさん……?」
小首を傾げたユーロムの肩に手をかけ、パタンとベッドに押し倒す。
「こういうのだろ」
「ツォルさん……」
名前を呼ばれて見上げられ、心臓がキュッとなる。
形のいい唇にギリギリまで自分の唇を寄せて止める。
「変態貴族に、こういう事されていいのかよ」
「構わないです……。僕は……されても」
頬を染めて、ユーロム。
「……は?」
「そういうイベントだったら、仕方ないです……最後まで見ないと、気になるじゃないですか」
未消化のイベントでモヤモヤするのはわかるが、何もそこまでしなくても。
「いざとなったら殴りますから」
「だったら今ので殴れよ。なんで大人しく押し倒されてるんだ」
「あ、それも、そうですね……?」
まったく……と溜め息混じりに身を起こしかけた時、ユーロムがオレの腕を掴む。
「お、おい」
「だったらツォルさん……」
頬を染めたまま、天使みたいな顔で真っ直ぐにこちらを見上げてくる。
「僕に手解き……してくれますか?」
「は? え?」
「失敗したくないんです……」
何の手解きだよ、とも聞けなかった。どの道にしたって何かのラインを踏み越えそうだった。
「ツォルさん……」
潤んだ瞳に見つめられる。
「もちろん、タダでとは言いません。僕、何でもしますから……」
「くっ……」
オレはそっと彼の腕を掴み。
どうにか身を起こす。
そのまま手を離し、自分の初期位置である寝床へ逃亡した。
「それは、ダメだ」
しゅん、とユーロムが下を向く。
勘違いしそうだからやめてくれ。
「その代わりに、そのクエストに付いて行こう」
「えっ」
「心配だからな」
ユーロムの顔が、わかりやすくパッと明るくなる。
オレとしては単にレアクエストを埋めたいだけだ、うん。内容からして率先してやりたくないから、便乗できるのはおいしい。
「パーティ申請したらいいか?」
「は、はい!」
申請を送ると、すぐにウインドウを開いて許可を送ってくる。
「よろしくな」
「よろしくお願いします!」
こうして、オレとユーロムは村の一角で夕食をともにするのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
おまけトークin夕食の席にて
「ところで、"ツォル" って、どんな意味があるんですか?」
「あー、これ、デフォルトのままなんだよな」
「僕もです。いつも名前を考えるのに3日は迷っちゃって、結局デフォルトになるんですよね」
「3日はさすがにないが、わかるわー」
デフォルトネーム――この世界には、物心ついた時点で自分の名前を決めるための儀式が始まる。
デフォルトネームとは、自分の名前を入力する際、事前に神様から用意された名前である。信仰が許せば、本人が考えた名前に変更も可能。
親や代理人により、早くに名付けの儀式が行われていると、すでに儀式は完了していると見なされスキップされる。
「待て、いつも……ってことは、お前まさか」
「僕の家、犬をたくさん飼っていたんです。僕が名付けの儀式を5回したんですよ(ドヤ)」
「そうかすごいなー(転生組じゃないのかよ……)」
「ツォルさん、セリフに感情がこもっていません…(くぅん)」
天使の表情――ユーロムのユニークスキル。見た者を硬直、魅了、もしくは気絶させる。
「あ、ツォルさん!? しっかりしてください、ツォルさーん!!」
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