夫に欠陥品と吐き捨てられた妃は、魔法使いの手を取るか?

里見

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本編

54、宝剣

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十五で婚約して、十八で結婚した。それから四年、旧友が命を賭けた。

その日は、雨が降っていた。霧がけぶるような雨だ。

皇帝に剣を向けたカリナの遺体は、帝都の外に野晒しになった。あれから皇帝の怒りは凄まじく、ベルティ辺境伯は、公開処刑に決まった。

その勢いで、シクルの王女も処刑になりそうだったが、父や古参の貴族たちが、他国の王女に対してそれは無茶だととりなしてくれた。

代わりのように降伏したチェスティ王国の国王の処刑も決まった。その国王の一人娘だった王女も連れて来られるらしい。

リュシアーナは、自室から外を眺めていた。

「――リュシアーナ」

ルカの声がした。

「帰って。今日はあなたと話す気分じゃないわ」

今までルカが会いに来なかったのは、カリナが死ぬ計画を止めさせないためだろう。

だが、それが正解なのだ。シクルの王女が、首尾よく皇帝の手の中だ。

あとは皇帝が怒りを忘れた頃に、彼女を人質として後宮に送ればいい。彼女が後宮に入れば、カリナよりも暗殺する機会が多くなる。もっと確実に殺せる。

(最後にあんな無茶なとこまでして……)

リュシアーナが振り返ると、ルカはいなくなっていた。いつになく聞き分けがいい。

ただ寝台に手紙が一つ置かれている。手に取ると、第二皇子妃であるシェリルからの手紙だった。

一読すると、妙な噂が流れていることがわかった。第二皇子がその真相を確かめているが、進展がないらしい。しかも第一皇子のエヴァリストが、弟の動きに勘づいて、競い始めたという……。

それは、カヴァニス公爵家の宝剣が見つかったという噂だった。

(……宝剣?)

リュシアーナは、疑問に思い、カヴァニス公爵家の歴史を思い出す。

――カヴァニス公爵家は、建国初期より存在した。

ファリーナ帝国の初代皇帝は、元は別の国の王子であったものの、追放され、戦乱の世の中で、諸外国を彷徨っていた。

そうして彷徨う内に出会ったのが、武芸者の一族である。彼らは、蛇神の国に住む剣の一族だと名乗り、初代皇帝と行動を共にした。

初代皇帝は、安寧の地を作ろうと、様々な人々を受け入れていた。ブラド山岳地帯の複雑な地形を利用して、国を興したのだ。

剣の一族は、そんな初代皇帝に力を貸し、秘技を授けた。魔力を断ち切る破魔の秘技、破閃だ。その秘技のおかげで、ファリーナ帝国は、みるみると力をつけ、今の強国にのし上がった。

摩訶不思議な秘技を授けた剣の一族には、カヴァニス公爵位が与えられ、数年前に滅亡するその時まで、ファリーナ帝国に寄与し続けていたのだ。

「蛇神の国の、剣の一族」

リュシアーナは、蛇神の国についてはよく知らない。実在していたかもわからない伝説上の国なのだ。
その国の王は、神だと言われていた。その神のもとに九つの武芸者の一族が、集まって国を成した。神の加護の証として、その一族全員が、紫の瞳をしているという。

王が神やその末裔、御使いだと神格化するのは、どこの国でもよくあることだ。だが、その伝説で確実に事実なのは、紫の瞳だろう。
ルカを含め、カヴァニス公爵家の人々は、紫眼の持ち主だった。

(神の加護に、破閃。それに宝剣……)

歴史に埋もれてしまったものがあるのではないだろうかと、リュシアーナは予想した。

ずっと気になっていたこともある。破閃が使える騎士が減少の一途を辿っていること。それなのに、護身術程度しか剣の腕がないリュシアーナが、なぜ破閃を使えるのか。

そこにその理由が隠されているのではないだろうか。

ファリーナ帝国は、破閃という強力な秘技のおかげで、強国になった。しかし、その秘技が使える者が減っている。国の存続に関することではないだろうか。

(この噂を調査すれば何かわかるかもしれないわ)

リュシアーナは、シェリルからの手紙をよく読み込んでから、破棄した。



――翌朝。
リュシアーナは、執務室で仕事をしていた。

「六年前、カヴァニス公爵家の事件について、できる限りの資料を集めてくれるかしら」

一息ついたところで、執事に言付ける。

「承知しました」

執事は少し怪訝な顔をしたものの、すぐに取り掛かった。

(もう、六年が経つのね)

カヴァニス公爵家の人々の顔は、今も鮮明に思い出せる。

皇弟だった最後のカヴァニス公爵が婿入りするまで、カヴァニス公爵家は政治に関わらない家だった。本家と分家の垣根が低く、使用人も含めて一つの家族のようだった。

普通の貴族では考えられないことはまだまだある。男女関係なく剣を握り、それが当たり前の家だったのだ。

「妃殿下、こちらを」

考え事をしていると、比較的リュシアーナに好意的な侍従が、ある書簡を差し出した。この侍従は執事の甥で、セインという名だ。

「これは……」

ブラド山岳地帯を包括するファエナ地方が、第三皇子ゼノンの領地になったとの知らせだった。

ファエナ地方は元はカヴァニス公爵家の領地で、壊滅後は、皇帝の直轄領なっていた。

日付は、半年も前のこと。チェスティ王国が降伏した頃だ。単独で王宮に乗り込み、チェスティ国王に膝をつかせた青剣騎士団への報酬だろうか。

「なぜ半年前のものを?」

そう問うと、セインは声を潜めた。

「……未整理の資料に紛れておりました」

セインの視線が後ろに移動する。彼の後ろでは他の侍従たちが、仕事をしており、こちらの話を気にした様子はない。

「誰の仕業かしら?」

リュシアーナはにこりと微笑んだ。仕事を放棄した愚か者がいるらしい。

「そこまでは、わかりませんでした」

困惑した顔でセインが答えた。リュシアーナには敵が多いようだ。

「ありがとう。わたくしが探します」

今までなら、邪魔する者を裏で首にしただろう。だが、今のままではだめだ。

「――聞いてくださるかしら?」

リュシアーナは椅子から立ち上がり、侍従たちを見まわした。三人の侍従は、緊張する者、面倒そうな顔をする者、無関心な者と三者三様の様子を見せた。

「ここに半年前の知らせがありますわ。第三皇子殿下がファエナ領を統治するとの知らせです。なぜわたくしに報告しなかったのでしょうか?」

「…………」

問うが、答えはない。

「あなた方には口がないのでしょうか」

にこりと微笑むと、侍従たちは意外そうな顔をした。

「存じません」

「わ、私もです」

無関心だったアロイスが答え、緊張していたベルナルトが追随する。リュシアーナは最後の一人、エリアスに視線を移す。

「そのようなこと、妃殿下が気にされることではないのでは?」

「エリアス!」

セインが肩をすくめたエリアスを咎める。

「あら、エヴァリスト様に仕える侍従が、この情報の重要性も判断できないのかしら?」

リュシアーナが言い返せば、エリアスは少し驚いた顔をした。

「無能は不要です。執事に言って解雇しましょう」

そう続けると、彼はがたんと椅子から立ち上がった。

「ふざっ、冗談じゃない! 私のせいにされては困ります」

エリアスは、罵りかけながらも抗議する。リュシアーナが見下されていることだけは、よくわかった。

「これは知らないと?」

「そうです!」

「では、第三皇子の領地と聞いて、わたくしに気にすることではないと言った理由はなんでしょう?」

リュシアーナは、エリアスの前に書簡を突き出した。

「それは妃殿下だからです!」

「まぁ、全く理由になっておりませんわ。わたくし、エヴァリスト様に認められた領主代行ですのに」

エリアスはぎりっと歯を食いしばる。リュシアーナに口答えされたことが気に障るのだろう。ここまで真っ向から反抗してくるのなら、書簡を隠した犯人は彼ではなさそうだ。

リュシアーナは興味が失せたようにエリアスから離れる。

「アロイス、この書簡をわたくしが知らなくてもいい理由を教えてくださるかしら?」

次に隣にいたアロイスに問う。彼は無関心を貫いているようだが、どうだろうか。

「……殿下は青剣の第一騎士についての情報を集めております。そのため、殿下や妃殿下にその書簡を伝える以外の選択肢はないかと」

まともな回答だ。リュシアーナはひとまずアロイスを放置する。

「ベルナルト、あなたはいかがですか?」

「わ、私も隠してはだめだと思います」

吃りながら答えるベルナルトに引っかかった。

「隠す?」

「あ、いえ、伝えないという意味で……」

「まぁ、そうでしたか。ベルナルト、そちらの資料を整理してくださる? 伝え損なってそうな書簡はすべてわたくしに報告してください」

未整理の資料の方を指差すと、ベルナルトはガタガタと震え出した。

(呆れた。確信はなかったけど、小心者ゆえに疑われていることには耐えられないのね)

女であるリュシアーナに従いたくはないが、真っ向から反抗する度胸はない。だからこそこそと書簡を隠していたのだろう。

「も、申し訳ございません! その、疲れててっ、間違ってお伝えできなかったかもしれません!」

ベルナルトは、勢いよく頭を下げた。故意ではないと言いたいらしい。

「まぁ、そうでしたの。正直に申し出てくれてありがとうございます」

リュシアーナは優しげな言葉を吐いた。ほっとしたようにベルナルトが頭を上げる。

「――が、勝手に書簡を隠す侍従など不要ですから、解雇します」

一転して、笑みを消し、冷たく見下ろすと、ベルナルトは愕然と目を見開く。

これは見せしめでもある。他の侍従も態度が変わらないようなら、正当な理由を持ってすげ替えるつもりだ。

「セイン」

「はい。仰せの通りに」

セインがベルナルトを連れ出そうとする。ベルナルトが抵抗しようとしたところで、声がした。

「――何をしているんだ?」

執務室の扉を開けたエヴァリストが、そこに立っていたのだ。

すぐさまエヴァリストの足元に這いつくばって許しを乞うベルナルトを見て、リュシアーナはため息を堪えたのだった。

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