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35.愛情がなければあまりにも空虚

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城之内じょうのうち邸に到着し、見覚えのある城之内先輩の部屋に通された。ソファーに座るように促され、九頭谷くずたに先輩は私の隣に、ロン毛先輩は向かい側に座る。ふかふかのソファーには丁寧に豪華な刺繍が施されている。

正面の城之内先輩が静かに口を開いた。

「さて、本題に入ろう。」

無理難題を言ってきませんように。心の中で祈る。敵地に弱小ヤンキーと無力な私。心細さしかないが、もうこうなったら腹をくくるしかない。

「影山さん、僕を抱いてほしい」

い゛・・・?!

「でででできるわけねーだろっ!」と先に先輩が答える。
「だ、抱く?」抱かれるではなく?何言っているのか、このロン毛は。

「大したことじゃないんだよ。ただ抱きしめてほしいだけ。ハグ、だよ」

ハグ・・・。抱擁ほうようということか。先に大人な関係を想像してしまった自分が若干恥ずかしくなくもない。いやいや、ロン毛先輩と抱擁って・・・誰にメリットあんの?

「君が、意識が朦朧もうろうとしていたとき、僕を抱きしめてくれただろ?なんていうかただ慈愛に満ちた抱擁ていうか。」

九頭谷先輩はそんな事実知らないぜ!?と驚いた顔をしてこちらをバッと見てくる。
「・・キオクニゴザイマセン」
と言っておく。そんなこともあったような、なかったような・・・。

「なんだろうな。僕もすごく意外だったんだけど、あの時、すごく安心したんだよね。あれ、もう一回やってほしいんだよね。たぶん、影山さん僕のこと別に好きじゃないでしょ?」
「そうですね」
「ふふ、だからきっといいんだと思う。大抵の女性は僕のことを好きになってしまうからさ。触れ合っても見返りを求めてくる感じがうざいと思っちゃうというか」

聞いても意味わからん。絶対、ロン毛先輩のこと好きな人の方が、慈愛に満ちた抱擁できると思うけど?
首をかしげていると、
「まあ、不二君暴力男がいない今、無理やり君に言うとおりにさせることも簡単なんだけどね?」
とロン毛先輩がにっこり笑いながら脅してくる。こっわ。ちらっと部屋を見渡すと護衛の屈強な男たちは見える位置に待機している。

「・・・やりますよ、それぐらい」

「おいっ!いいのか?!」と九頭谷先輩が慌てている。
「いーんですよ。減るもんでもないし」

「いつでもどーぞ」と、両手を前に出して先輩を受け入れる態勢を作る。なんか、変に構えてもったいぶってやったところでいい方向に行く気がしない。さっさとやって一回やれば目が覚めるでしょ。
「では失礼」と城之内先輩が近づいてくる。「ほんっとキメーなあ」と九頭谷先輩がつぶやいている。

ロン毛先輩が私の胸に顔を埋める。
「相変わらず、硬い胸だね」とロン毛先輩。ちっ、うるさいなー・・・。わかってたでしょ?私が貧乳なのはっ!

しばらく、ただ私が先輩を抱えるだけの時間が過ぎた。なんて、無駄な時間なんだ。
「もしかして、緊張してる?」とロン毛先輩は私の胸の上で話し出すので、唇の動きが胸に伝わって妙にくすぐったい。
「心臓の音よく聞こえる」等と不要な実況をしだすので、「はい、終わりでーす」と私は先輩の頭をもって引きはがした。

役目を果たしたのでさっさと帰ろうとすると
「また来てよ、今日緊張してたでしょ?今日はあまり癒されなかったな。恐らくリラックスしないとあの安らぎはでないんだよね。」

と図々しくも言ってくる。「いいだろう?」と微笑みながらも有無を言わせない眼力で圧をかける。はあ・・・。半分脅しなんだよな、この人・・・。

「・・・いいですけど」
すると、
「なら今度は俺だっ!俺が友子ちゃんの代わりにお前を抱くっ!!つまり、お前を好きじゃなかったら誰でもいいんだろ?!じゃあ俺がっ!」と九頭谷先輩が言い出す。
「いや、それは遠慮しておくよ・・・」と即座にロン毛先輩が答えた。

なぜだろう。ハグという素敵な愛情表現の話をしているはずなのに、すごく空虚な空気が私たちの間に流れているのは・・・。





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