優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々

文字の大きさ
19 / 85
第二章 猫耳事変

第3話 それぞれの葛藤

しおりを挟む

 格闘を終え、お風呂から出た二人を待っていたのは在琉だった。脱衣所で静かに待って居た彼は、織理を見ると目を逸らす。
 弦がタオルを織理に被せると、漸く在琉も近づいてきた。その足取りはどこか重く見える。

「これ、着けて織さん」

 ちりん、と音が鳴る。差し出したのは鈴のついた黒い首輪だった。弦は在琉をついじっと見てしまう。

「在琉、やっぱりそっちいくんだ」
「鈴鳴ったらオレそこから離れる。ごめん無理、なんか、いつもより本当によくわからないから……」

 一瞬呆れたのと同時に返ってきた言葉に、それはそれで言葉を失う。まさか、避けるための合図として首輪を渡すなんてあるのか、と。

「織さんのこと、殺したくないから……お願い」

 いつもの在琉とは違う、弱々しい声。押し付けるようにそれを織理に渡して在琉はそばを離れた。
 受け取った織理は謎でいっぱいだった。きょとんとしながら在琉が去っていった方を見つめる。

「……在琉、?」

 ――これまで在琉から嫌がらせはされてきても、明確に殺すと言われたのは初めてだった。
 織理はタオルをギュッと掴みながら、弦を見上げる。

「髪の毛乾かしたら行っておいで。あれはね、初めて見る小動物を壊したくないだけの珍しい在琉だと思うから」
「しょ、う……どうぶつ? ……俺が?」
「猫は小動物だよ。でもあまり近寄りすぎない様に、あれも怯えてるから程々にね」

 まぁ正直在琉のところに行かせたくもないけど。弦の本音としてはそうだったが、下手に避けさせ続けるのも同棲している以上良くはない。それに織理が傷つく可能性だってある、今のうちに方向だけでも分からせないと。

 弦の横で納得いかない言葉に首を傾げる。そんな織理を撫でながら彼は苦笑を浮かべた。

「とりあえず髪の毛乾かそうか、やってあげるから」

 その優しい手つきに頭を押し付けながら織理は軽く頷く。


 だがそれは人間としての織理だけの話だ。ドライヤーの音が鳴り始めてから尻尾の膨らみが治らない。煩い、怖い、風が熱い。普段なら耐えられた温度すら火傷するのではないかと思うほどに熱い。

「にゃ、……! なぁ、ん!!」
「織理、逃げないの」

 いやいや、と体が逃げたがるのを弦にしがみついて耐える。耐えはするけれど口から上がる抗議の声だけは抑えきれなかった。耳がゾワゾワする、ペタンと閉じてもなお気持ち悪い感覚に織理は腕の力を強めた。

 弦は弦でそんな織理を宥めつつ、ゆっくりと髪を解かす。思ったよりも猫化の影響が生活に出ている事に懸念すら覚えるが、とはいえやっぱり可愛く見えるもので。
 尻尾が膨らんでなければ付け根でも撫でようかと思ったものの、今撫でると不快が勝つに違いない。目の前で揺れる太い尻尾は魅力的だった。
 とにかくこの強い締め付けに耐えながら、無心でドライヤーをかけ続けた。なるべく距離を離して、櫛で溶かしながら早く終わるように願うばかり。

「何しとるん、あんたら」

 そこに攪真が二階から降りてきた。その目は若干冷めている、と言うか冷めた目を向けないと爆発しそうなシチュエーションだった。
 タオルで体を隠しただけの二人、織理は弦に抱きついていて鳴いている。いくら髪を乾かす行為とわかっていても羨ましい……もとい腹立たしい。

「風呂入ったからドライヤーしてる。けどやっぱり怖いみたいね」

 織理の長い髪を乾かさないことには服だって着せられない。
 パチン、とスイッチを漸く切った弦に織理は腕の力を緩めた。

「にゃぁ……」

 申し訳なさそうに、そして疲弊した様に鳴く織理。尻尾はぱたんぱたんと不機嫌な様相だった。

「ほら織理、攪真が織理を撫でたいって。嫌ならちゃんと引っ掻きなね」
「アンタ織理のことほんまの猫扱いしとらん? そいつ人間やで」
「人間扱いしてて偉い、俺そのメンタルで耐えられないから」

 弦だって好き好んで猫扱いしてるわけでもない。ただそうしないと織理に性欲をぶつけかねないからそうしてるだけだ。
 弦は立ち上がり、織理の頭を撫でる。細められた目がどこか嬉しそうだ。弦は体をタオルで隠しながら階段に足をかける。

「じゃあね、攪真。後よろしく。織理も寝る時、来たかったら来てね~鍵開けとくから」

 ひょいひょいと手を振り弦は2階へと上がっていく。後に残された攪真は頭を抱えた。
 ――人間扱い、そう、それこそが攪真を苦しめている原因だった。まだ服も着て居ない織理に目を向けるだけで体が反応しそうだった。
 とりあえずソファに座ると織理が近づいてくる。

「にゃぁ」
「なんや、織理? 隣座るか?」

 タオルから覗く白い足に目が惹きつけられるのを誤魔化しながら攪真は声をかけた。隣にぽすんと織理は乗り上げる。

「かくま……ひざ、のりたい……」

 攪真の思考はまた止まる。あかんて、それは。そう口にしそうになるがすんでで飲み込む。
 耐えられるかといえば耐えられないだろう。だけど、据え膳だった。この織理を可愛がりたい欲が確実にある攪真にとっては断る術もない。
 織理の脇に手を入れて持ち上げる。そして膝の上に跨がせた。向かい合う様な体制は普段の織理となんてした事ない。ただとても尻尾の付け根が撫でやすいのは事実で、攪真の手はそこに伸びていた。

「ん、ん……! かく、ま……!」

 ぴくん、と震える身体が愛おしい。とろんと蕩けた顔で攪真を見下ろしてくる織理に背筋が栗立つ。
 ――実家の猫にもこうしてはいたけれど、もしかしてあいつらもこんな顔しとったんか……? と邪念を交えつつ気持ちを抑えようとはした。したけどやっぱり無理だった。

「攪真……、? 大丈夫……、っ? なにか、あたって……」
「気にせんといてや、……マジで」

 攪真は弦を尊敬した。――あんな事言ったけどあれが正しい。好きな奴がこんな猫みたいなことしてきて興奮しないわけない。辛い、早く満足させて部屋に戻ろう。どうにか思考を飛ばしてこの場を乗り切ろうとする攪真だったが。

「えへ……そこ、気持ちいい、……もっと」

 乗り切れるわけがないだろこんなん!! 攪真はすぐに席を立って逃げた。逃げるしかなかった。

 後に残された織理だけがポカンとその背を見ていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新するかもです。 BLoveさまのコンテストに応募するお話に、視点を追加して、倍くらいの字数増量(笑)でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

祖国に棄てられた少年は賢者に愛される

結衣可
BL
 祖国に棄てられた少年――ユリアン。  彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。  その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。  絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。  誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。   棄てられた少年と、孤独な賢者。  陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。

オメガだと隠して魔王討伐隊に入ったら、最強アルファ達に溺愛されています

水凪しおん
BL
前世は、どこにでもいる普通の大学生だった。車に轢かれ、次に目覚めた時、俺はミルクティー色の髪を持つ少年『サナ』として、剣と魔法の異世界にいた。 そこで知らされたのは、衝撃の事実。この世界には男女の他に『アルファ』『ベータ』『オメガ』という第二の性が存在し、俺はその中で最も希少で、男性でありながら子を宿すことができる『オメガ』だという。 アルファに守られ、番になるのが幸せ? そんな決められた道は歩きたくない。俺は、俺自身の力で生きていく。そう決意し、平凡な『ベータ』と身分を偽った俺の前に現れたのは、太陽のように眩しい聖騎士カイル。彼は俺のささやかな機転を「稀代の戦術眼」と絶賛し、半ば強引に魔王討伐隊へと引き入れた。 しかし、そこは最強のアルファたちの巣窟だった! リーダーのカイルに加え、皮肉屋の天才魔法使いリアム、寡黙な獣人暗殺者ジン。三人の強烈なアルファフェロモンに日々当てられ、俺の身体は甘く疼き始める。 隠し通したい秘密と、抗いがたい本能。偽りのベータとして、俺はこの英雄たちの中で生き残れるのか? これは運命に抗う一人のオメガが、本当の居場所と愛を見つけるまでの物語。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。

処理中です...