優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々

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第六章 これから

第11話 代替行為

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「あいつらほんまに仲ええなぁ」
「ね、また何かやってるね」

 テーブルを囲んで攪真と弦はゆっくりとしていた。ココアを入れ、それを口にしながら今日手にした物を眺めていた。

 4人お揃いにしたアイオライトのピアスとネックレス。ピアスは攪真でネックレスが弦だった。

 テーブルに突っ伏しながら攪真はピアスを掲げる。同時に見える織理とお揃いの指輪にも目を向ける。――お揃い、なぁ。いざやるとなるとどれを買っていいのかも分からない、これで良かったのかも判断が付かない。弦と織理の会話を割ってまでして連れ添ったのに。

 4人でお揃い、と言うのはなんだか子供っぽいような、それでいて恋人的な甘さも感じる。既につけている赤い五芒星のピアスを外すのか、もしくはもう一箇所開けるかでもしてこの藍のピアスをつけようと思う。ただ暫くは眺めていたいから手元で遊ばせている。

「アンタと織理のお揃いは随分可愛らしいデザインやな」
「可愛いよね。織理にも似合うと思うよ」

 そう言って彼はピアスをその場で耳に通した。濃いオレンジ色の意匠を彼の薄い髪色が引き立てていた。

「色合いが甘っとろい感じがするわ。よう似合っとる」

 手を伸ばしてそのピアスに触れる。――織理の目の色、俺もそうやって織理と一緒に選べたら良かったのに。いつもそう、全てを決めて織理に押し付けてしまう。

「攪真、そんな顔しないの。織理が肯定してくれたんでしょ?」
「……せやな。どうも悪く考える癖がついてしもうて」

 今までこんなに自分は面倒臭い人間だっただろうか。いつからこうなったのか、攪真の自覚できる範囲では分からなかった。

 そもそもはこの同棲を強行した時点で織理の意志を無視してしまったのが始まりなのか。何をしても「これは本心なのか」と思ってしまうような自分勝手な考えが浮かぶ。

 ただ織理が嫌がってる様子はなかった。これがいいと言ってくれた。織理は以前のように頷くだけの人形では無い。

「少し考えすぎるところがあるね、攪真は……」

 困ったように笑い、弦は攪真の頭を撫でた。攪真は織理を引っ張っていける人だ、そう弦は思っていた。在琉が織理にとっての共感先になった以上、尚更そう思ってしまうのだろう。自分だけが織理の意志を尊重していない、と。

 ――そんなことはないのに。そう何度伝えても結局攪真の根底が変わることはなかった。織理から言われない限り受け止め切れないのか、もしくはそれでもなお「そう言わせている」と思ってしまうのか。現時点での弦には分からない。


 そうしてただ時間を過ごしていると、不意に攪真が口を開いた。

「弦、刺してもええ?」
「え、何俺殺されるの?」

 真面目な顔で急に物騒なことを言われた。弦は思い切り顔を顰めた。攪真の言い方はどこか思い詰めたような気迫があったのだ。

 だがその反応に攪真は慌てて訂正する。

「ちゃうって! 言い方間違えたわ……俺、アンタに何かをつけたいんやけど」

 攪真はどこか昏い目をして吐き出した。それはそれで思わぬ言葉に弦は体を反らせた。結局何か危害を加えられるような声色をしている。だが一応は好意寄りの感情でありそうだ、弦は小さく笑ってテーブルに両肘をつける。

「ふふ、……何それ。何をつけてくれるの?」

 顔を手に乗せ、上目遣いに攪真の顔を覗き込む彼に、攪真は唾を飲み込んだ。

 ――自分は本当に最低だ。そう思っても止められない物がある。織理にはできないことを、この人に受け止めてもらおうとしている。

「これ、買うて来たんよ」

 ポケットから取り出したのは小さな箱。今日行った店の名前が入った白くて綺麗な箱。いつの間に、弦はそう思いながら攪真に開けるよう目配せした。

 攪真はゆっくりとそれを開ける。中から濃いピンク色の宝石のついたピアスが現れた。シンプルに艶のある丸いピアス。

「赤い、……ルビーとか?」
「いや、ルベライトって書いてあった。よう分からんけど、俺の好きな色やなぁって思って」

 にへらと笑った攪真はそのピアスを箱から外し、弦に差し出す。

「で、どこにつけたいの? 片耳なら開けられるけど……」

 右目側には織理とのお揃いを飾っている。眼帯をつけている側は嫌でも目を引くから、と其方に華を添えているのだ。こうなると空いているのは左目側の耳になる。軟骨には開ける気がなかった。

「……せやなぁ、俺しか見えんところに」
「……そんなところある?」

 返ってきた答えに、耳に開ける気はないのだと察した。

 ――ボディピアスはあまり付けたいと思ったことがない。織理のピアスの様子を見ていると尚更だ、どこもかしこも痛そうで。

「この首の十字の線の中心とかどうや。いつもチョーカーで隠れとるやろ」

 攪真は手を伸ばし、弦の首筋に指を這わせる。くすぐったさに弦は小さく声を漏らした。

「ん……擽ったい、よ……攪真」
「エロい声ださんでください……ほらここ、ここに穴あけたるわ」

 喉仏のあたり、ぐり、と指で押されて苦しさに息が詰まる。
 ――喉の中心、聞くからに痛そうだ。ただ場所としては魅力的に映るのかもしれない。生命活動に関係する部位だし。

「……攪真のえっち……変態さんなんだから……」
「そなこと言わんといてや。ただ、アンタが可愛いからしたくなるだけやって」

 そのまま身を乗り出し、ぺろ、と首筋を舐めた。きゅっと弦の目が閉じられる。

「ん、んっ……! そ、れ、織理にやったら?」
「今は弦にしたい気分なんや。受け止めてくれるよなぁ」

 ――織理に言えない願望を向けている。その自覚はある。
 織理には向けられない願望、衝動。それを代わりとして弦に向けている。弦は意志が強いから、嫌なら嫌として逃げてくれる。織理のように自分の意思で捻じ曲げなくて済む。
 だからこうして甘えてしまう。そしてそれを恐らく弦も分かっている。

「……はぁ、仕方ないか。……攪真、いいよ……攪真の好きに飾って……」

 いつものように織理を真似て、少しと息を孕んだ声で体を開け渡す。どこか余裕すら感じさせる仕草に攪真は震えながら口の端を釣り上げた。

「なんでそう従順なフリしてしまうんやアンタは……」

 テーブルを回り込み、弦の首筋にキスをしてそのまま抱きしめた。その背をポンポンと叩く。

「これを織理にできれば良いのにね、そうしたら俺たちの入る隙間なんてなくなるのに」

 ――それは自分も思ってる。攪真は聞こえた言葉に心の中で頷いた。でもそれが出来ないから、こんなみっともない姿を晒している。弦にも織理にも失礼な行為、なのに弦が止めないから全てをぶつけてしまう。このまま自分の泥のような感情だけを弦と言う皿に乗せていたい。織理には明るくて頼れる陽の自分だけを向けていたい。

「ありがとなぁ、弦……分かっとるんよ、こんな事無意味だって」

 棚の上にある薬品箱から消毒液と脱脂綿をとりだす。弦の首筋を拭き、そしてピアスそのものの前にニードルを当てた。

 いざ首に針が当たると恐怖からか心拍数が上がっていくのを感じる。どくどくとうるさい鼓動に深く息を吐いた。

「攪真……怖いから、痛みだけでもなくして……」
「そうか、ちゃんと混乱させたるから安心せぇ。……受け入れてくれてありがとな」

 ぶち、と貫通した音が聞こえた。――本当に痛みはなかった、ただ頭が少しぼんやりとする。これ、解除したら痛いんだろうな。弦は思考の片隅でそんなことを思う。

 ――嬉しそうに目を輝かせる攪真を見ているとこれが本当に正しいのかは分からなくなる。ただ、仄暗い感情を織理に向けることができなくなってしまった同居人に、自分ができることなんてこれくらいしかない。

 そのまま弦に抱きついて攪真は床に膝をつく。興奮と罪悪感、自分勝手な行いでどちらにも不誠実な立場にいることを嘆くことはできない。――最低やな、本当に。

「織理……」

 泣きそうな声で呟く攪真の頭を撫でながら、弦は深くため息を吐いた。
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